第16話 家に帰るまでが、遠足だ。

 外は砂漠が広がり、日陰から出ると熱気が一段と上がる。


 船内も暑かったが、外はもっと熱い。



 熱で揺らめく、遠方から――

 この船に向かって、攻撃魔法が撃ち込まれてくる。

 


 そこに居たのは、五人の魔法使い。


 五人の術者から発射される魔法は、巨大な岩石。

 中級の土魔法使い達による攻撃だ。


 岩石は綺麗な放物線を描き、この船を目がけて近づいてくる。






 こちらの冒険者チームが、敵の魔法を破壊する。あるいは、軌道を逸らして、船をガードする。


 こちらの戦力も、中級魔法の使い手が揃っている。

 力比べなら、引けを取らない。




 敵は魔法使いだけではない。


 馬に乗った騎兵が、二つに分かれて部隊を編成している。


 敵部隊は馬を走らせて、二方向からこちらに接近しようと、隙を窺っている。



 敵の部隊編成は、この船の右舷前方にいる五人の魔法使いと、馬に乗った機動部隊が二組。


 五人の魔法使いが固定砲台となり、機動部隊がこの船への接近を試みている。


 機動部隊の中にも魔法使いがいるらしく、時折魔法を放ってくる。


 盗賊というより、軍隊と言った方がいい戦力だ。






 

 こちらの空中戦力のワイバーン二騎は、それぞれ、敵の機動部隊の後ろについてプレッシャーをかけているが、相手の魔法使いの牽制もあり、迂闊に近づけないでいる。



 最大戦力の、風竜のシャーリとシャリーシャは上空にいた。

 上空で敵の魔法攻撃を誘発させて、避けながら、相手の魔力の消耗を待っているのだろう。



 

 ――こちらには、風竜がいる。

 それでも襲ってきたということは、この盗賊達は、竜を相手にしても勝算があると踏んでいるのか?



 それまで上空を飛び回っていたシャーリが、五人組の魔法使いへと接近を開始する。



 ドラゴンは、高度な魔法の使い手だ。

 魔力の視認も出来る。


 相手の魔力の減り具合を見て、いけると判断したのだろう。


 戦いの嗅覚も、鋭く正確だ。




 だが、敵の五人の魔法使いは――

 それぞれの杖を合わせて、協力し、一つの魔法を作り出す。


 彼らの周囲の空間に、直径二メートルから五センチほどの岩石が無数に出現する。


 土属性の大魔法。

 『ストーン・レイン』


 二メートル級の岩が五十以上、五センチから三十センチ級の石つぶてが五百前後――


 魔法で作り出したそれらの岩石を、敵に向かって高速で撃ち出す。

 千の軍隊を一発で壊滅に追い込める、広範囲殲滅魔法。

 



 大量に降り注ぐ岩石の雨……。

 あれを喰らえば、シャーリもただでは済まないだろう。


 撃ち出された岩の雨が放物線を描き、この船へと降り注ぐことになれば――

 ガードは困難だ。


 どちらが狙われても、損害は甚大なものになる。



 あれが、盗賊団のとっておきか……。

 



 風竜のシャーリに乗ったシャリーシャが、杖を構える。

 ――杖に魔力が集まり、イメージがこの世界に出現する。


 彼女は竜のシャーリと協力して、盗賊に対抗する魔法を完成させた。




 彼女達がデザインした、自然現象が具現化される。


 空中に作られた目に見えない不可視の盾と、上空から振り下ろされるように落ちてくる竜巻――



 どぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!


 反転の風魔法で固定し、固めた空気の盾を――

 上空から落ちてくる風の奔流が、地面に向かって叩きつける。



 上級魔法を操る天才少女と、生物の中で最も魔力の扱いに長けた竜による共同魔法。極大魔法に分類される『魔人の足撃』が、展開中の土魔法ごと敵を粉砕し、大地へと押し潰した。



 極大魔法は地面を抉り、砂漠に大きな穴を開ける。


 砂ぼこりが、大量に舞い上がり――

 魔法攻撃の余波で、この船にも突風が押し寄せる。



 船には風を魔力へと変換する魔法陣を、多数仕込んでいる。

 それでもかなりの強風が、ここを通り抜けていった。



 魔法陣による風力軽減効果のない、周囲への余波はこんなものでは無い。

 こちらの隙を窺っていた盗賊の機動部隊は、暴風に吹き飛ばされて横転している。

 

 味方のワイバーンも騎乗者共々、かなり飛ばされていた。

 もっとも彼らは、空中で体勢を立て直し、怪我無く空を飛んでいる。


 ――無事でよかった。






 僕たちは、襲撃してきた盗賊団を殲滅した。

 戦利品を回収し、船を空へと浮かべ、交易都市サラーグへの移動を開始する。


 戦利品を回収している間に、商会のお付きの人は手筈通りに、一足先に町へと戻っていった。


 僕たちが赴くことを、知らせてくれることだろう。



「それにしても、驚きました」


 サルーグス大陸のデルドセフ商会の担当者の人が、先ほどの戦闘を見学した感想を素直に言ってきた。


 シャリーシャとシャーリが協力して使った、極大魔法のことだろう。


 商人が腹芸を見せずに、率直にものを言うのは珍しい――

 それだけ驚いて、圧倒されたのだろう。





「――やはり、竜というのは、敵に回すべきではありませんね」


 …………? 

 状況次第で、僕たちを敵に回す、選択肢もあったってことか?


 ――いや、違う。

 彼の発言の意図は、そうじゃない。




 このサルグース大陸は、シナーズ大陸と隣り合っている。


 そして、シナーズ大陸の国家は全て、天主創世教を国教としている。

 国全体で、熱心に教義を信仰している。


 竜を人類の敵と見做し、殲滅するように教えられている。




 シナーズの国は鎖国をしているが、外部の商人が接触できるチャンネルは、いくつかある。


 彼らとの取引を行う上で、要請されることがあるのかもしれない――


 お前たちも、天主創世教を信仰し、布教に協力しろ。

 そして、竜と戦えと……。




 今回、盗賊に襲われたことは、長い目で見れば良かったかもしれない。

 シャリーシャとシャーリの実力を披露できた。


 大魔法を遥かに凌駕する、極大魔法……。

 自然災害そのものを、武器として操るような魔法の威力を見たのだ。


 これで、もう――

 竜を敵に回すような、選択をする商人はいないだろう。


 将来起こり得た、無用な争いを回避できた。



 警戒すべきは、損得勘定の通用しない狂信者だ。

 

 




 僕たちはデルドセフ商会の敷地に降り立ち、商品の売買を行う。


 白金貨三百八十枚分の商品を販売して、白金貨五百六十枚を得る。

 白金貨五百六十枚でこの地の商品を購入して、僕たちの船の積み荷の購入金額はは、白金貨六百六十枚分となった。

 




 二週間ほどかけて、荷物の積み下ろしが完了し、フォーン大陸へと出発した。


 フリュードル王国に辿り着けば、今回の試験飛行を兼ねた交易の旅は終了する。


 

 家に帰るまでが、遠足だ。

 最後まで、気を抜かずに行こう。


 

 飛空船は飛び立ち、大海原を超えていく――

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