第15話 仲間の実力は信頼している。
サルーグス大陸。
この星の緯度0℃に、その大陸の先端がある。
赤道の南側で、球形に広がっている。
極端な雨季と乾季があり、砂漠地帯と密林地帯に分かれている。
密林地帯には、火山が多い。
米と綿花の栽培が盛んで、砂糖や香辛料も作られている。
僕達は飛空船で、この大陸へと渡って来た。
今は大陸の北部にある『交易都市サラーグ』を、空の上から見下ろしている。
洗練された装いの、落ち着いた感じの港町だ。
町の中心は、大商会が店や倉庫を構える区域で、小綺麗な外観だ。
高級リゾートと言っても、通用する装いをしている。
町の外に向かうほど、建物は薄汚れていき、スラムも広がっていく。
サルーグス大陸には、国が無い。
広域を管轄する、統治機関が無いのだ。
いくつもの部族が、それぞれの縄張りを管理している。
それ以外で力を持っているのは、外から入ってきた商人と、昔からいる盗賊や海賊といった無法者たちだ。
一番力を持っているのは商会連合で、事実上この大陸を管理している。
海運業を生業としているデルドセフ商会も、交易都市サラーグでは存在感がある。
ライル商隊はサラーグの外れの砂漠に船を下ろし、デルドセフ商会と連絡を取る。
まずは現地の商人と面会して、商品の販売と購入計画を立てる。
この大陸の次は、旅のスタート地点だったフォーン大陸のフリュードル王国へと戻る予定だ。
フリュードルは、麦の産地で価格も安い。
ライドロース地方で仕入れた小麦は、ここで売ることにする。
この大陸でも麦は作られているが、米の栽培の方が盛んだ。
北国で買った麦のほうがずっと安い、最高値でなくても十分な利益が出る。
麦を売れば、貨物スペースにかなりの余裕が生まれる。
綿を大量に購入し、運ぶことにする。
この地で作られている、絨毯も買いたい。
岩塩や砂糖などの調味料や、胡椒などの香辛料の産地でもあり、安値で購入できるので、買えるだけ買っていきたい。
火や乾燥の魔石も安く買えるので、購入しておく。
聖ガルドルム帝国のライドロース領で、購入してきた銀細工や毛皮製品を、ここである程度売って、購入資金を作る。
ここで売るよりも、フリュードル王国やヤト皇国で売った方が、高値で売れそうなので販売量を調整する。
南国なので毛皮製品の需要は無さそうなイメージだが、ここではなく、ここから西にある、乾燥と寒冷の『シナーズ大陸』で販売する為に、買い取りたいそうだ。
サルーグス大陸の西には、シナーズ大陸がある。
シナーズはサルーグスのお隣で、面積も大きく人口も多い。
出来ればそちらも飛空船で回りたいが、シナーズ大陸の国々は鎖国政策を取っている。接近するだけでも危険なので、入国は最初から諦めている。
そこまでの危険を、冒す気はない。
ここでも、間接的に取引は行える。
シナーズが鎖国政策を取っていて、貿易が禁止されているといっても、様々な抜け道はある。
蛇の道は蛇と言われているように、この地の商人には独自の交易ルートがいくつもあり、シナーズの特産品は、こちらにも出回っている。
この町の商品も、向こうへと運ばれる。
高品質の毛皮製品は、寒冷地で求められている。
思った以上の高値が付いた。
シナーズ特産の陶磁器やお茶、それに絹織物もここで買える。
現地に行って購入するよりも割高になるが、それでもフォーン大陸で買うよりも、はるかに安く手に入る。
火の魔石は火山の多い、この大陸で買うのが一番安い。
陶磁器は目利きの人に選んでもらって、いくつか買おう……。
絹は買っていけば、間違いはなく買値よりも上がる。
お茶も味が珍しいから、良いものを買っていけば高く売れるだろう。
売買方針が固まって来た。
ドッ!
「……んお?」
ドッ!! ドガッ!! どぉおんん!!!
――交易都市サラーグのデルドセフ商会の担当者と商談を進めていると、外から攻撃魔法が炸裂する音が響いて来た。
「おやおや、手洗い歓迎ですな」
この船が、攻撃を受けている。
…………。
攻撃を受けているというのに、担当者は落ち着いたものである。
「……治安が悪いとは聞いていましたが、この辺りはいつもこうですか?」
僕が落ち着いて聞き返すと、担当者は少し意外そうな顔をする。
すぐに、ポーカーフェイスに戻り――
「行商に出れば、基本一度は襲われますな。ただ、陸に上がったこの船は珍しく、目立ちますから――より、狙われやすくはなるでしょう」
なるほど……。
ここ以外でも、ちょっかいを掛けられたことは何度かあった。
盗賊に襲われたこともある。
けれど、いきなり魔法攻撃というのは初めてだ。
この来客用の船室には、相手方の交渉担当と、そのお付き二名が訪れている。
こちらは僕と、二人の交渉担当の従業員。
二人は僕の後ろで、部下のように立っている。
見た目を整えるのも、大事な交渉の一環だ。
「――となると、ここに停泊して荷下ろしや、荷物の積み込みをするのは悪手ですね。わざわざ賊をおびき寄せるようなものだ……」
「でしたら、サラーグの港か、商会の敷地内に移動させて下さい。そこで取引を行いましょう」
この地には、初めて来た。
いきなり空から乗り込むのもどうかと、町外れに船を泊めていたのだが、町に入れるのならそちらの方が良い。
港は無理だが、敷地内に停めさせてくれるのなら、お言葉に甘えよう。
サラーグのデルドセフ商会は、あの町でかなりの権力があるようだ。
彼らが保護してくれるのなら、こちらとしても心強い。
「この船は、空を飛ぶのでしょう。――私も、乗船させて貰えませんか?」
僕は担当者の頼みを快諾した。
興味本位か、それとも戦力の把握か――
これからも商売で、付き合っていくことになる。
こちらの能力を確かめておきたいのだろう。
彼らもデルドセフ商会の従業員だが、僕とは初対面だ。
生まれた大陸も、国も違う。
信頼関係の構築から、始めなければならない。
いきなり船で乗り付ける訳にもいかないので、担当者のお付きの二人には、商会への先触れを頼んだ。
外での戦闘が終結すれば、馬に乗って一足先に商会に戻って貰う。
「では、外に参りましょうか?」
僕は担当者を促す。
「ええ、そうしましょう。――ところで、賊に襲われていますが……外が心配では無いのですか?」
……。
心配に決まっている。
だが責任者の僕が、狼狽える姿を見せるわけにはいかない。
だから、虚勢を張って、何でもない振りをしているだけだ。
――いや、仲間の実力は信頼している。
ただ僕は、自分に戦闘能力がほとんどないので、荒事が起きると不必要に肝を冷やしてしまう。
それが表に出ない様に、注意しながら――
僕は交渉担当者を伴い、船の甲板に上がる。
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