第14話 彼らにとっては、神敵だ。

 勝算はあった。


 敵の数は十数人で、それぞれが中級魔術を操る。

 エリート空戦騎士だ。


 聖ガルドルム帝国の中央騎士団は、人類の最高戦力と言っても良いだろう。

 彼らの実力は相当なものだった。


 だがそれでも、戦えば勝てる。





 彼らはシャーリを追い回しながら、かなり魔法を無駄撃ちしている。


 『神敵』である竜を見つけて、狂信的に攻撃している。

 空を高速で飛び回る相手を的にして、闇雲に撃っても当たるものでは無い。


 当たりそうな攻撃は、シャリーシャが魔法で防いでいる。


 騎士団はすでに、魔力を相当消耗している。



 こちらの戦力は新米冒険者が十人程度とはいえ、ルーセント魔法学院で高い評価を得た実力者が揃っている。 







 こちらのワイバーン乗り二人が、空を飛び敵部隊の最後尾に付ける。


 ペガサスに乗った騎士団は、『神敵』を追うことに気を取られて、周りが見えていない。風竜のシャーリと騎乗しているシャリーシャは、相手の魔法攻撃の狙いを外す為に、不規則に空を飛び回る。


 敵の攻撃は外れ、魔力を消耗し続ける。


 攻めれば攻めるほど、自身が不利になる盤面だ。

 彼らはそれに、気付いていない。

 





 敵の背後を取ったこちらの空戦騎士二人が、ペガサスを魔法で攻撃し敵の機動力を削いでいく。


 背後からの攻撃で、天馬を五頭落とした。


 相手も後ろから攻撃されて、数が減っていることに気付き対応する。

 隊長らしき騎士の指示で、部隊が二つに分かれた。



 五人の騎士が、後方からの襲撃者を迎撃しようと向き直り――

 

 そこで、戦いは終わった。


 …………。

 ……。






 それまで逃げ回っていた風竜のシャーリが、踵を返して攻撃に転じたのだ。


 反転したシャーリは、敵部隊の隊長の乗る天馬の頭を一齧りで屠る。


 隊長の乗る天馬は、即死して地上へと墜落。



 その後、後方の敵に対応する為に、自分に背を向けている五匹の天馬に突っ込み、体当たりを喰らわせて地上へと落とす。


 体当たり受けたペガサス五匹もほぼ即死、騎乗していた騎士たちも重傷を負い地面に追突して死んだ。



 

 シャリーシャが残りの敵に、広範囲の風魔法攻撃を放つ。

 竜巻の風の刃が、ペガサスの羽や身体を切り刻む……。






 傷の浅い個体は空中を走っていたが、やがて魔力が尽きて地上へと降り立つ。


 ペガサスは羽だけで、空中を飛んでいる訳ではない。


 天馬が空中を走れるのは、『特殊な風魔法』を使っているからだ。

 魔法の才能に恵まれた、風魔法使いが扱える『空気を固める』魔法――



 ペガサスはそれで足場を作り、空を走ることが出来る。


 魔力が無ければ、空は走れない。





 





 墜落した敵の騎士達と、こちらの冒険者との戦闘が始まる。


 相手は多かれ少なかれ、手傷を負っている。

 魔力も消耗している。



 負けることは無いだろうが、討ち漏らしは避けなければならない。


 万が一逃げられて、この戦闘を報告されれば、かなり厄介なことになるだろう。

 確実に全滅させる必要がある。



 僕は船の甲板から、戦場を見渡して確認を行う。

 遠方にも視線を送り、人のいないことを確かめる。

 

 伏兵、偵察、予備――

 本体以外に、人影は見えない。


 敵部隊は、この戦場で戦っている騎士で全部のようだ。






 ……。

 …………。


 戦闘は終了して、敵はすべて倒れ伏している。


 僕は甲板から地面に降りて、敵部隊の隊長の前に立つ。

 彼のペガサスは、シャーリに頭を丸齧りされて即死し、騎乗していた彼はバランスを崩して地面へと激突した。

 

 まだ生きてはいる。

 地面にぶつかる寸前に、浮遊か反重力の魔法を使っていたのかもしれない。


  





 敵の隊長は、近づく僕に向かって――

 捨て台詞を吐きだした。


「神敵よ!! ……邪竜を操る異教徒共! 貴様らには必ずや、天主様の神罰が下るだろ、うがっ!!」


 僕はその途中で、彼に止めを刺した。



 僕が使えるのは、初級の風魔法だけだ。

 それでも至近距離から撃てば、人を殺せる。


 ましてや、彼は瀕死の重傷だった。



 放っておけば死んだだろうが、わざわざ近づいて止めを刺した。


 この戦いは、僕が決断し始めたものだ。


  

 戦闘能力の低い僕は、戦いの役には立てない。


 だが、最後くらいはこうして――

 罪を背負おうと、思ったのだ。


 

 それから僕たちは、戦利品を回収して、敵の死体は土に埋める。


 ペガサスはシャーリと、ワイバーンのご飯になった。



 


 

 最初にシャーリが逃げ回っていたのは、敵が強かったからではない。


 ペガサスの上に、人が乗っていたからだ。

 ――敵は野生の魔物ではない。


 だとすると、自分たちが勝手に、戦いを始める訳にはいかない。


 だから、まずは逃げていた。







 攻撃を仕掛けられたからといって、条件反射で反撃をするのは早計だ。


 交渉して、事態を収めるのか……。

 戦って、身を護るのか――


 シャリーシャは、味方が戦闘を開始したのを見てから反撃に出た。


 僕の決断を待ってくれていた。

 



 ――そして僕は、戦うことにした。

 最初から交渉の余地は無かったようだ。


 交渉して事態を収めようとすれば、中央騎士団はまず間違いなく、風竜のシャーリの身柄を要求しただろう。


 彼らにとっては、神敵だ。

 見逃すようには見えなかった。


 


 それに『商人』という存在も、天主創世教の教義では『悪』とされている。

 こちらが商隊だと分かれば、積み荷をすべて『寄進』しろと、言ってくることが予想される。

 


 実際に『行商人』と、『盗賊』との境界は曖昧ではある。

 行商人は、武力を有した余所者だ。


 金にがめつく、欲にまみれている。

 元々、嫌われる要素は多い。



 天主総主教の教義で、強欲は罪だ。


 欲を捨てろ。

 財産を寄付すれば救われる。


 そう教え込んでいる。

 ――商人は、悪人となる。



 ただ、人の社会には必要な存在で、無くすことは出来ない。

 そこで教会は商人に寄付を促し、金を巻き上げてその存在を許す。


 ――というシステムが、帝国で生まれた。




 

 まあ、結局――


 僕達と天馬騎士団。

 今回の戦闘は、どっちが正しいというものではない。


 聖ガルドルム帝国も周辺国を武力で併合して、他者から土地と財産を奪い、宗教を押し付けている。



 負ければ奪われ、強ければ奪える。


 行商人は旅する。

 法律も警察もない、むき出しの弱肉強食の世界に、その身を晒すことになる。


 海に沈む夕日は、とても綺麗だ。

 世界を旅して見た景色は、美しいけれど残酷だった。




 翌朝……。


 僕たちの船は空を飛び――

 海を越えて、次の大陸へと渡る。


 次の目的地は、砂漠と密林と火山の大地。

 サルーグス大陸……。

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