第13話 僕は戦うことに決めた。
聖ガルドルム帝国北部、ライドロース地方。
この地での交易も、現地のデルドセフ商会と行う。
こちらが売りたい商品を買い取って貰い、買いたい商品を揃えて貰う。
最大利益を追求するなら、帝国内の複数の取引先と交渉するべきなのだが、効率とメリットを重視して、取引はデルドセフ商会とのみ行う。
大陸の東と西とでは使用されている言語が違うが、海運業を営むデルドセフ商会の従業員は、両方の言語を習得している者が多い。
使用されている通貨も違うが、商会内の取引であれば両替の必要もない。
なにより時間の節約になる。
まずはここに来る途中で、格安で購入した毛皮を買い取って貰う。
この地域でも毛皮は取れるので、あまり需要は無いかと思ったが、外国産は珍しいと言って喜ばれた。
寒冷地帯だと毛皮も入手しやすいので、それほど高値は付かないだろうと思っていたが、盲点だった。
白金貨二十枚相当の毛皮を、白金貨一枚で購入したが、それが白金貨三十枚で売れた。二千万円分の毛皮を百万円で購入し、三千万で売ったみたいな話だ。
――これだけ聞くと、完全に悪徳商人だ。
この国の北方地域は、毛皮の加工技術に優れている。
コートや帽子、手袋などの衣服や毛布などを作る専門の工房が、いくつも軒を連ねている。
この地の工房で作られた加工品は、高級品として高値で売れる。
持ち込んだ農産品や工芸品も、そこそこの高値で販売できた。
この辺りに持ち込まれた米は、ミルクなどでチーズと一緒に煮込んで食される。
麦と同じような扱いだ。
聖ガルドルム帝国の南方では、米は香辛料や海産物と炒めて、辛めの味付けで食べられている。
国土が広いので、食生活も地域によって、かなり様変わりする。
運んできた金は買値の約三倍、銀は約二倍で売れた。
この国の首都まで持っていけば、さらに高値で売れただろう。
積み荷を売却して得た利益は、白金貨四百八十枚分になった。
これを元手に、商品を買い込むことにする。
聖ガルドルム帝国の北方は、麦が安値で買える。
相場は変動するので、絶対ではないが――
飢饉でも発生しない限りは、間違いなく世界最安値だ。
この辺りの麦を購入することにする。
麦を運べばいざという時の非常食にもなるし、食料不足の土地では何倍にも値段が跳ね上がることもある。
貨物スペースには余裕がある。
買えるときに買えるだけ、買っておいて損は無い。
他には金や銀のアクセサリー、それに時計を買い込む。
デルドセフ商会の担当者と相談して、購入する商品を選ぶ。
聖ガルドルム帝国の首都では、装飾品の細工が有名だ。
この国は金山や銀山が少なく、その為、金銀の購入価格も高くなるが、それを加工して付加価値を付けて、何倍にも値段を上げ外貨を稼いでいる。
この国の時計も、精度が高くて評判が良い。
時計に施される装飾も、繊細で美しく商品価値を高めている。
首都で製造されたそれらの製品が、この地にも流れてきて売られている。
製造地へ赴いて直接購入したほうが安いが、この帝国の首都は不安要素が大きいので、この地で買い付ける。
お金にも余裕が出来てきたので、自分用に銀細工のアクセサリーを追加で購入した。
シャリーシャへのプレゼント用だ。
彼女の誕生日に送ろうと思う。
僕が自分用のアクセサリーを購入しているのを見て、一緒にいたマルスクや他の冒険者仲間も、自分の婚約者や恋人へのプレゼントを購入していた。
飛空船は町外れに停泊させてあるので、販売する商品の荷下ろしと、購入した商品の積み込みは、地元の行商人にも依頼して行った。
一か月ほどで完了した。
商品の荷運びは、馬車で行われる。
馬車での運搬中に盗賊に襲われる事件が発生したが、護衛の冒険者によって撃退され事なきを得た。
この船の冒険者チームも、交代で護衛任務を請け負っている。
盗賊と戦い撃退した武勇伝を、食事の時に聞いた。
興奮しながら嬉しそうに語る彼らを見て、僕も嬉しかったが――
少しだけ、寂しくもあった。
僕にも冒険者として、戦う力があったらと思う。
…………。
無い物ねだりをしても仕方がない。
気を取り直す。
僕は僕の出来ることをするだけだ。
最後にこの辺りでよく取れる、氷の魔石を買って出発する。
飛空船が空へと浮上する。
次の目的地は、フォーン大陸の南に位置するサルーグス大陸。
南方の、砂漠と密林と火山の大陸だ。
だがそこに行くには、この聖ガルドルム帝国を縦断する必要がある。
この帝国と、竜のシャーリは相性が悪い。
なるべく人気のない場所を選んで飛んで、この国を抜けよう。
三週間かけて、聖ガルドルム帝国の最南端に辿り着いた。
大陸が終わり、地平線の彼方まで海が広がっている。
この先の海を渡る。
その準備の為に、荒野に着陸する。
魔石に魔力を補充中の待期期間に――
トラブルは発生した。
魔物を狩りに出ていた風竜のシャーリが、上空で襲われていた。
空を飛び逃げるシャーリを、複数のペガサスが連携して襲っている。
風竜は世界最強種のドラゴンだ。
空を飛ぶ天馬は厄介な魔獣だが、ドラゴンの敵ではない。
本来であれば、蹴散らせる相手なのだが――
ペガサスの上には、この帝国の騎士が騎乗している。
その為、シャリーシャは反撃ではなく、逃げる選択をしていた。
この帝国の国教である天主創世教は、天主ヤコムーンを神として崇める宗教だ。
この世界の人口の、半数が信仰している。
天主創世教の教義では、『ドラゴン』と『吸血鬼』は、神の敵であるとされている。吸血鬼は伝説上の存在だが、ドラゴンは実在している。
そのため、熱心な天主創世教の信者は、竜をこの世界から滅ぼそうと、見つければ戦いを挑むそうだ。
今回のように――
話ではそう聞いていたので、この国では人目を避けていた。
見つかれば厄介だなと……。
だが、本当に竜を襲いだすとは、思っていなかった。
教義がどうであろうと、実際に竜を見て攻撃するような馬鹿がいるとは、思っていなかった。
竜神信仰は昔から世界各地にあったのだが、神の奇跡が与えられることで、天主創世教を国教とする国が増え、人口の半数が信仰するようになる。
だがそれでも、わざわざ『竜と戦い滅ぼせ』というような、無茶な教義を律儀に守る者は少ない。よほどの信者でも、ドラゴンを襲うようなことはしない。
そう思っていた。
国や地方によっては、竜は人類の敵であるという教義を、改変したり削除したりしている。
上空でシャーリを襲っているのは、天馬に乗った騎士が十数人――
この帝国が誇る、中央騎士団の天馬騎士だろう。
こんな辺境に居るということは、遠征か、それとも訓練か……。
「どうする? ライル……」
冒険者チームを代表して、マルスクが僕に方針を聞いてくる。
ライル商隊の、リーダーは僕だ。
この事態にどう対処するのかは、僕が決めなければならない。
「まずは、ワイバーンで『敵部隊』の後方から奇襲をかけてくれ。攻撃するのは天馬の翼――なるべく多くの敵を、この地上に落として欲しい」
僕は戦うことに決めた。
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