第12話 世界が一変した。
急速に気温が低下した。
凍える寒さは、人体から容赦なく熱を奪う。
僕の身体は、寒さで震え出した。
…………。
……。
僕達ライル商隊はフォーン大陸の西側へと移動する為、飛空船で空を飛び、大陸を分断しているズスタロス大山脈を超えようとしている。
次の目的地は、大陸西のダルード地域北部にある『ライドロース地方』だ。
ズスタロス大山脈の標高は、五千メートルくらいらしい。
僕たちは、高度二千メートルで通り抜けられるポイントを縫って、大山脈を通過しようとしている。
山の麓は緑が広がっていたが、山の上部には灰色の岩と雪の白しかない。
空を飛んで山脈に近づくと、巨大な山がこちらに迫ってくるような、そんな錯覚に襲われる。高度二千メートルにいる僕たちの、さらに上空に山頂が聳えている。
この船の最高高度は三千メートルなので、限界まで上昇しても、山頂には到底届かない。
僕が自然の雄大さに感銘を受けていると、世界が一変した。
辺り一帯が急に白と灰色になる。
それに伴い、急激に気温が下る。
今日は晴天だった。
晴れの日を選んで、山越えをしていた。
それが、急に猛吹雪に変わった。
山の天気は変わりやすいと、よく言われるが――
これは、あまりにも急すぎる。
この飛空船の旅は、世界各地を回ることになる。
空飛ぶ船の有用性の証明と、市場調査を兼ねた実証実験。
実際に貿易を行いながらの試験飛行だ。
気温の低い地方を、回ることこともある。
標高の高い山を越えるために高度を上げれば、空気も薄くなり、気温もさらに低下する。
防寒対策は必須だ。
北国用の衣服も用意してきた。
しかし、それを着込んでいても寒い。
びゅっごぉおおお!!!! オオォォッオオオオオ!!!!!!!
吹きつけられた吹雪で、船体が揺れる。
唐突な自然現象――
これじゃあまるで、魔法じゃないか。
魔法……。
でもこんな、景色を一変させるような、広範囲の魔法なんて……。
この船にはいたるところに、風を魔力へと変換する魔法陣が刻印してある。
かなりの強風が吹いても風を分解し、勢いを緩和する。
船体を揺らすような強風は、今までなかった――
それに加えてこの吹雪だ。
吹き付けられた氷の風で、船体の左半分に氷が張り付いている。
いったい何が――?
僕は甲板に出て、異変の正体を探る。
それを見て、ゾクリとした。
進行方向の左側……。
そこには真っ白な、空飛ぶ竜がいた。
こちらに向かって、氷の風を放っている。
――しまった。
この辺りは、あの竜の縄張りだったのか。
その事に気付いたが、もう遅い。
戦闘は始まっている。
氷竜は侵入者と戦う為に、フィールドを自身に有利なように変更している。
このままではマズい。
何とか、縄張りの外へ――
「――ッ!?」
ドゴォオオオオオオ!!!!!!
白い竜の真上から、高質量の物体が突っ込んだ。
風竜のシャーリが上空から、一直線に落下して攻撃を加えたのだ。
危険を察知したシャリーシャとシャーリは――
いつの間にか空を飛んで、敵の魔法の範囲外に移動して、隙を窺っていたようだ。
シャーリに追突された氷竜は、そのまま一緒に地表へと落ちていく。
この吹雪の中では、ワイバーンは空を飛べない。
自然現象ではなく、氷竜による広範囲魔法だ。
風竜のシャーリだからこそ、この環境で飛べているのだ。
シャーリと氷竜の空中戦が繰り広げられる。
低下した気温と、氷交じりの暴風の中――
戦闘は、一進一退で推移する。
猛吹雪という環境面では氷竜に分があるが、シャーリにはシャリーシャの魔法のサポートがある。
僕は早くなんとかしなければという焦りに包まれるが、出来ることはこの船を移動させて、氷竜の縄張りから出す事だけだ。
飛空船が山脈を抜けて、そのまま暫く飛行すると、吹雪が収まる。
先ほどまでの猛吹雪が嘘のように、空が晴れ渡っている。
後ろからシャリーシャを乗せた、シャーリが追いついて来た。
どうやら無事に、危機を乗り越えられたようだ。
こちらが縄張りを出れば、氷竜も深追いはしてこなかった。
僕はシャリーシャとシャーリに、怪我がないかを確かめる。
目立った傷は無かったが、念のため船を地上に降ろして休息を取ることにした。
今回は彼女とシャーリのおかげで何とかなったが、下手をすれば全滅だった。
このルートは危険だな。
山脈のどこが、氷竜の縄張りか解らない。
安全なルートを探すために、トライ&エラーを繰り返す気はない。
シャリーシャたちの負担が大きすぎる。
ズスタロス大山脈を超えるのは、もう止そう。
多少大周りにはなるが、北の海沿いを進んだ方が良さそうだ。
海沿いには要所要所に灯台があり、光と魔力を発する魔道具が設置されている。
それで灯台は旅行者に、位置情報を提供してくれている。
海路を進む船には、灯台の発する魔力をキャッチする受信用の魔道具が常備されていて、自分の位置を把握することが出来る。
商隊が自分の現在地を把握する方法は、太陽や星の位置で計算する方法と、灯台からの魔力をキャッチする方法がある。
その二つが出来る人材を、最低一人は船に乗せて海を渡る。
このライル商隊にも、デルドセフ商会から航海士に出向して貰っている。
現在地をこまめに確認しながら、目的地を目指す。
フォーン大陸西部、ダルード地域。
その大半を領土とし治めているのは、聖ガルドルム帝国。
天主創世教という宗教を国教としている超大国だ。
領土の広さは、この世界で一番大きい。
天主ヤコムーンに守護され、神に祝福された国として知られている。
僕たちは、その聖ガルドルム帝国の北部、辺境のライドロース地方に降り立った。
この船で、他国の首都に降り立つのはマズい。
大きな街も避けた方が良い。
そこで、着陸するのはデルドセフ商会と相談して、ライドロース辺境伯領にした。
辺境では交易に不便ではあるが、デルドセフ商会はライドロース辺境伯と友好関係を築いている。
降り立つのなら、話を通しやすい所が良い。
このライドロース地方の東には港町があり、その南に城塞都市ベリルブルグがある。デルドセフ商会が交通の要所ベリルブルグではなく、こちらを拠点にしたのは、新規参入の難しい大都市を避けたからだそうだ。
僕たちにとっても、その方が都合がいい。
空を移動する交易路を開拓するに当たって、このライドロース地方に空路用の交易の拠点を設けたいというのが、デルドセフ商会の意向だ。
この領地を統治する辺境伯と商会は、昵懇にしていて話を通しやすい。
手紙を用いた情報伝達では、フリュードル王国からここまで、海路で六か月以上かかる。
空を飛んできた僕たちの方が、手紙より到着が早い。
ここの支店の従業員は飛空船のことや、これからの商会の方針を知らない。
まずはこの地域の支店と連絡を取って、協力して貰うところから始める。
商会の割符を持って支店を訪問し、意思疎通を図る。
この国で売る予定だった積み荷を、デルドセフ商会の支店に販売し、この地域の特産を買い付ける。
商会を通して、辺境伯との関係も強化する。
その後、次の大陸へ向かうことになる。
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