第6話 解せない。

 僕とマルスクの模擬戦から、数日後――


 生徒の間では、事の顛末の情報が出回っている。



 あの後、マルスクがどうなったのか――


 僕の所にも、噂は流れてきた。

 普段から仲良くしている生徒数人から、話を聞いて知ることが出来たのだ。





 マルスクのマントを咥えて、空を飛んでいったシャーリは、この学院から三十キロほど離れた山まで彼を運び、そこに置いてきたらしい。


 マルスクは三日かけて、この学院に戻って来た。


 服はボロボロで、顔はやつれて這う這うの体だったそうだ。





 山の中に置き去りにされた彼は、魔力をほぼ使い果たしていて所持金もない。


 呆然としているうちに、日は沈み辺りは徐々に暗くなっていったという。



 そんな状態からの、大冒険が始まる。


 山の中に捨てられたマルスクはこの学院に戻る為、どうにか山を下りて街道に出る。そこからここまでの道中に、野盗や魔物との壮絶な戦いを繰り広げ、やっとの思いで魔法学院まで戻って来たそうだ。



 彼は帰って来るなり、医務室で手当てを受けながらその武勇伝を語った。


 語り終えてから、そのまま眠りにつき――

 それから、まだ起き上がることが出来ないらしい。




 …………。

 

「まあ、無事でよかったけど、僕としては複雑だな――マルスク様に恨まれているだろうし…………」


 僕はため息を吐いて、少し愚痴る。


「大丈夫だろ。シャリーシャ様が睨みを利かせているんだ。もう、手出ししてこないさ」



 僕に情報を教えてくれた友人は、気楽にそう言って肩をすくめた。



 そうだと良いんだけどな。


 恨まれている当事者としては楽観は出来ないが、生死の境を彷徨ったマルスクが懲りずにまた、突っ掛かってくることは考えにくいか……。

 





 …………。


 だが、マルスクが僕から手を引いたからといって、この問題が根本的に解決したわけではない。


 問題の本質は、僕とシャリーシャの身分が、あまりにも開き過ぎている所にある。

 


 今すぐにはどうにもできないが、それも追々何とかしなければならないだろう。



 この学校を出たら、無理をしてでも賭けに出るしかないよなぁ。


「……はぁ」


 僕はもう一度、こっそり溜息を吐いて食堂に昼食を取りに行く。







 目の前には、シャリーシャの後頭部がある。


 透き通るような青い髪からは、女の子特有の良い香りがする。

 その彼女の髪を、僕は櫛でとかしている。



「ん~~~っ」


 ここからでは顔は見えないが、シャリ―シャの機嫌はすこぶる良さそうだ。



 食堂で昼食のサンドイッチを購入し、学院の中庭のベンチで食べていると、どこからともなくシャリーシャが現れた。



 僕の手元を彼女が物欲しそうに、ジーと見ていたので一つ上げることにした。


 彼女は受け取ったサンドイッチに、パクッと食いつき――

 あっという間に、全部食べた。


 

 その後で、彼女が持参したブラシを僕に手渡して、膝の上にちょこんと乗る。





 こっちを振り向いて、チラチラと僕を見る。

 この櫛で、ブラッシングして欲しいのだろう。


 そう察した僕は、こうして彼女の髪の手入れをしている。




 機嫌の良さそうな彼女を見ていると、僕も何となく嬉しくなる。


 今日は午後の授業の予定はない。

 このまま彼女の気が済むまで、こうして一緒に座っていることにした。





 ――で、夕方になった。


 髪のブラッシングが終わると、シャリーシャは頭を俺の膝の上にのせて眠りについた。身体を丸めて、くぅーくぅー、と可愛い寝息を立てている。



「動けない……」


 俺はそのまま、ベンチに座り続ける。

 


 日が沈み出す頃に彼女は目を覚まし、四つん這いの姿勢で伸びをする。



「ん~~~ッ!!」

 

 その後で立ち上がり、腕を上げてまた身体を伸ばす。

 念入りにストレッチをしている彼女に影響され、僕も一緒に身体を解した。

 

 

 夕食の時間になったので、食堂へ行って夕食を食べた。


 後は、寝るだけだ。

 




 そう、寝るだけだったのだが……。


 眠れない。



 食事を終えて、男子寮に移動し部屋に戻る。

 それはいつも通りなのだが――



 シャリーシャが僕の部屋まで付いて来て、中まで入り込んできた。


 ――これは、流石にマズいだろう。



 彼女がベットの上に乗って、丸まって寝ているのだ。

 


 

「どうすれば良いんだ? この状況……?」


 女子生徒が男子寮に入り込むなど、決して褒められた行為ではない。


 身分や立場を考えれば、慎むべき行いだ。




 彼女には自分の部屋へと戻るように、言い含め促すべきだろう。



 だが、ここは貴族の通う魔法学院で、自分の生活は自分で律するのが基本だ。





 そして彼女は、竜に選ばれた特別な存在だ。


 この学院でも自由に振る舞い、好きなように生きている。

 このくらいの奔放な振る舞いは、許されるのかもしれない。


 僕は彼女が、自由に生きている所が好きなのだ。






 それに――

 窓の外にはシャリーシャの相棒の風竜のシャーリがいて、番犬のように庭に陣取っている。


 風竜が彼女の行いを許容しているのであれば、僕がそれに異を唱えることは何だか憚られた。



 ……悩んだ挙句。

 僕はマントで身を包み、床で眠ることにした。





 翌朝、身体の痛みで目を覚ますと、ベットの中はもぬけの殻で、外に居た竜も姿を消していた。朝食を食べに食堂へ行くと、多数の生徒の視線を感じる。




 ――まあ、そうなるよな。


 気にしても仕方がない。

 僕は視線を無視して食事を摂る。



 食事の後は、授業を受けに教室へと移動する。




 今日の授業は魔法陣と魔石を線で繋ぎ合わせる、魔術回路の講義だ。


 この授業は、僕が挑戦しようとしていることに欠かせない。

 授業内容を暗記するだけではなく、それをこれからどう生かすのかを考えながら授業を受ける。



 授業が終わり教室の外に出ると、複数の女生徒が僕を待ち構えていた。


 ――またか。



 最近やたらと、絡まれることが増えた。

 僕は問題行動を起こさない、模範的なモブ生徒なのに……。


 解せない。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 何人かが群れになって、ライルのことを攻撃しようと狙っている。


 シャーリもその気配を感じ取っている。

 ……私の勘違いじゃない。



 私はライルの部屋に入り、そいつらを迎え撃つことにした。

 外にはシャーリもいて警戒している。



 敵は襲ってこなかった。

 私達が一緒に居るから諦めたのだろう。


 朝起きてから、シャーリのご飯を獲りに遠くへ出かけた。

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