第7話 そんな危険生物だ。

「あなたが、ライル・クラウゼですわね――?」


 僕を待ち構えていたのは、この国の第二王女マリアンヌ・フリュードルだった。

 マリアンヌ様は数名の女生徒と共に、僕の行く手を遮る。


「……はい、僕がライルで間違いありません」


 逃げ隠れ出来る状況ではない。

 僕は観念して名乗りを上げた。


 お姫様は優雅に腕を組み、僕に鋭い視線を送りながら尋問を開始する。



「――では、あなたがリーシャに付きまとい、迷惑をかけている生徒で間違いありませんね?」



 『リーシャ』というのは、シャリーシャの愛称だ。

 酷い言いがかりではあるが、この質問は彼女の立場上せざるを得ないのだろう。


 フリュードル王国は、親元を離れた他国の上級貴族を、数多く預かっている。


 その預かっている上級貴族の子女に、悪い虫が付いてしまうことが頻発すれば、フリュードル王国の留学先としての価値が毀損されてしまう。

 


 学院に通っている王女様としては、この事態を見過ごす訳にはいかないのだろう。





 ――さて、何と答えようか?

 

 身分の低い僕が、泥をかぶるのが最も無難か――

 僕がシャリーシャに言い寄っていたが、反省してもう近づかないようにする。というのが、一番当たり障りが無いだろう。


 王女様も、僕がそう言う様に水を向けてきている。



 僕は転生者だが、特別な力は与えられていない。

 この場面で王族に立てつくような、そんな力は持ち合わせていない。



 僕が彼女のことを好きだとしても、何の実績もないただの学生の身だ。


 身分の高い特別な力を持った女の子と『付き合いたい』だの『結婚したい』などとは言えないだろう。

 それを言えるのは、自分の力で『実績』を積み重ねた者だけだ。


 僕は王女様に謝罪しようと――



「あの……」


 ――口を開きかけたところに、シャリーシャがものすごいスピードで現れて、僕と王女様の間に割って入った。


 彼女は風魔法と反重力を駆使して、高速で移動することが出来る。



 間に入ったシャリーシャは、僕に背を向けた格好で王女様と向かい合いっている。

 そして、あろうことか王族に向かって、杖を突きつけていた。


 そして――



「フーッ、フーッ……!!」


 短く息を吐きだして、威嚇している。




 ――なにやってんの?

 どうすれば良いんだよ、これ……??

 


 困惑しているのは僕だけではない。

 王女様とその取り巻きの女生徒達も戸惑っている。



 この場で一番早く我に返ったのは、王女様の取り巻きの一人だった。彼女はシャリーシャに向かって、非難の声を上げる。



「いかにシャリーシャ様といえど、マリアンヌ様に向かって杖を構えるとは……不敬ですわよ!!」




 その通りだ。

 僕たちはこの国に留学して、世話になっている身だ。



 この学院で粗暴な振る舞いをすべきではない。


 だが、無礼を指摘されてもなお、シャリーシャは杖を収める気はないようだ。



「ん~~~!!」

 

 と、可愛らしく唸りながら、王女様を威嚇している。

 唸り声は可愛いが、彼女の戦闘能力は他を圧倒的に凌駕している。


 可愛いからといって下手に手を出すと、死ぬことになる。


 そんな危険生物だ。




 早くなんとかしないと――

 僕は覚悟を決めた。


 これを言ってしまえば、これから命がけの賭けを、続けなければいけなくなる。

 僕がシャリーシャの相手として相応しいと、そう言えるだけのものを彼女の家に提示し、了承を得なくてはいけなくなる。



 だがまあ、この状況だ。


 背に腹は代えられない。



「お騒がせして申し訳ありません。マリアンヌ様――実は僕たちは将来を誓い合った婚約者なのです。二人の間には大きな身分差があり、両親の承認はまだ得られておりません。その為、まだ公にはしておりませんが、真剣にお付き合いをしております」


 

 それにこういうのは、いつまでも曖昧にせずに、はっきり言っておくべきものだ。


 愛し合っているとかはちゃんと言葉で確認したわけではないが、まあ、大体分かるだろう。


 ――この認識が僕の勘違いだったら、この場で死ぬしかないが……。




 僕の告白に、シャリーシャは首をコクコクと縦に振り肯定してくれている。


 良かった――

 死ななくて済んだ。


 この場で死ななくて済んだが、僕はこれから彼女の両親の承認を得なければならなくなった。


 それだけの実績と、力を示さなければいけなくなった。


 大変だ。





 だが、もう後には引けない。


 シャリーシャと僕が身分違いの恋に挑んでいると知って、マリアンヌ様と取り巻きたちは、陰ながら応援してくれると言ってくれた。


 王女様はシャリーシャと仲が良くて、純粋に彼女の身を心配していたようだ。


 友達が悪い男に引っかかっていると思い忠告に来たが、僕が自分の名に懸けて彼女との関係に責任を持つと誓うと了承してくれた。



 先ほどまでの一触即発の雰囲気は、木っ端微塵に吹き飛んでいた。




 


 あれから、一か月が経過した。

 

 僕とシャリーシャの関係は相変わらずだ。


 彼女が僕の側に居たい時に居て、満足すればどこかへといなくなる。

 世間一般の『付き合っている男女』とは様相が異なると思うが、当事者がそれで良いと思っているのだから良いだろう。




 今日は学院の外に出かける。


 僕が学院の敷地から出たところで、シャリーシャが猛スピードでこちらに駆け寄ってきた。


 二人で一緒に歩きだす。

 僕たちの関係はこれで良い。




 この国に留学に来てから、地道にやってきたことがある。

 僕は目的に向かって、懇意の商会と一緒に進めているプロジェクトがあるのだ。



 フリュードル王国の首都の郊外には、海に面した大きな湾がある。

 この辺り一帯の、貿易の中心地だ。


 活気に満ちた港町があり、そこには漁船や商船が、数多く停泊している。

 


 僕の故郷のヤト皇国との交易も盛んで、留学するときには船でこの国にやって来た。



 僕は郊外にある、倉庫街に向かう。


 母の実家は、海運業を生業にしている。

 僕は母の実家の商会の、倉庫の一角を間借りしている。



 そこには引退寸前の、タダ同然で譲って貰った船が置かれている。


 船は全長六十メートル、横幅十二メートルの帆船だ。

 船の腹には補助輪のような、姿勢を安定させる固定具が取り付けてある。




 それ以外にも、様々な改造を施していっている。


 この船はもう、海には浮かばない。



 代わりに地面から浮かび上がり、空を駆けることが出来る。

 ――そんな船だ。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 マリアンヌがライルと話しているのを見かけた。


 なんてことだ!


 マリアンヌは私から、ライルを横取りするつもりの様だ。

 仲の良い友達だと思っていたのに……。


 

 母様から『いい男はしっかりと、捕まえておくように』と、忠告されていたことを思い出した。



 いい男は奪い合いになる。

 これが女の戦いか――

 

 私は走り出した。

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