「ぐぬぬ系」悪役令嬢と、諦めが早過ぎる従者たち 〜婚約破棄され領土も奪われ、復讐するため珍道中!なぜかとんでも過ぎるチート従者ばかり増えてきて手に負えませんわー!〜
第11話 悪女スカーレットの始まり⑧ 変わるとき
第11話 悪女スカーレットの始まり⑧ 変わるとき
我に返ったスカーレットは、取り乱してはならないとばかりに自分で自分を叱責し、椅子に座り直した。まだ胸がドキドキしていて、呼吸のリズムが一向に落ち着かない。必死に自分を抑えようとして、ただただ必死になった。
「……彼は今、わたくしの実家で、弟のビリジアンといるそうですの。二ヶ月間、どこで何をしていらっしゃったのか、その間に一度もわたくしのことをお考えにならなかったのか……ご本人に、直接聞いてみますわ」
「考えていた、と答えられたらどうしますか?」
「え?」
「ひとときもあなたのことを思い出さない日はなかったと言われたら、あなたは嬉しいですか? あなたを不安にさせたことを、悲しそうな顔で謝罪されたら、許しますか?」
「それは……もちろん、すぐに許して差し上げたいわ。だって彼は、忙しい人だもの。あまり長い時間、わたくしの不平不満に付き合わせてしまっては気の毒だわ」
「これからも、その忙しさを理由に長期間放置されて、お嬢様は平気なのだと言うのなら、僕から言う事は、これ以上何もありません。ですが今のお嬢様は、とても平気には見えませんよ。本当は、何ヶ月も無視されて傷ついたんでしょう? 何ヶ月も大事にしてくれなかった相手に、怒ってるんでしょう?」
「…………」
でも、彼は忙しいから。恋人の事が後回しになるのは、忙しいから、しょうがない。忙しいから。家族が犠牲になるのは、忙しいから仕方がない。自分さえ耐えていれば、何ヶ月と連絡がなくたって……
なぜだか、だんだん吐き気が込み上がってきた。思わずハンカチを取り出して口を覆う。
(お母様から届いた手紙には、神官様が一緒にいらっしゃると書いてありましたけれど、前回だって、縁起が悪い日だからと言って別の場所にいましたし、今回も、実家にいてくれるか分からない……またわたくしにだけ、何も知らされていない……いつまであの人たちに振り回されなければいけないの!)
不意に、涙が一筋こぼれ出た。どんどん溢れて、止まらなくなった。
「誰も彼も! 忙しいのだから、仕方がないでしょう!? 彼には、わたくしよりも大事なモノがたくさんあるのです! わたくしは両親から愛されなくても、手紙が一度だってまともに返って来なくても、ずっと耐えてこれました。だからこれからも平気です! 彼がわたくしの両親と同じような扱いをしてきたとしても、わたくしが好きで耐えているのですから、あなたには何の関係もないでしょう!?」
「とても平気には見えません。屋敷のみんなは、心配していますよ。お嬢様には、いつも隣で支えてくれる人が、合うと思います」
「そんな人おりませんわ! 皆様、自分のご都合で忙しい人ばかりですもの! わたくしがダメなのです! この程度の期間で不安定になる、私の心が弱いからダメなのです!」
自分を責めだして顔を覆って泣き続けるスカーレットに、グレージュは肩でため息をつくと、窓から頭を出して、馭者に声を掛けた。
「馬車を路肩に留めてください。旦那様と話してきます」
馬車二台が路肩に停車した。スカーレットは馬車から出されて、叔父の提案でお茶の時間にした。
こんなに泣き喚いたのは初めてだった。椅子に座る叔父の傍らで、動じずどーんと立っているグレージュにも大変腹が立って、しょうがなかった。なにより、ずっと隠してきたはしたない感情が、全部涙とともに出てしまって、どうにもならなくなっている自分に羞恥心と情けなさと腹立たしさを感じて、でもどうにも止まらない。
たった二ヶ月も耐えることができず、不安になって、おろおろして、こんなに弱くて不安定な自分を、なんでこんなヤツに引っ張り出されてしまったのか。
本当は実の両親に愛されたかったし、実家に戻りたかったし、生まれたばかりの弟にも会いたかったし、彼らからスムーズな文通も期待していた。誕生日プレゼントも毎年期待していた。いつか会いに来てくれることも、期待していた。
その期待を全て諦めよう、希望を捨てようと決意したとき、既にスカーレットの心はボロボロだったのだ。
面倒を見てくれていた叔父夫婦に遠慮して、おくびにも出せなかった、スカーレットの本当の気持ちだった。
叔父は椅子から立ち上がると、スカーレットを大切に抱きしめた。ハンカチを濡らして謝り続けるスカーレットの頭を、ぽんぽんと撫でる。
「よしよし、ずっと辛かったな。よく頑張ってくれていた。お前は本当に良い子だ。そんなお前が幸せになれないなんて、絶対に間違っている」
取り乱している自分の発言は、きっと支離滅裂で、意味不明なものが多かったかもしれない……それでも大切にしてくれる叔父に、スカーレットはずっと昔から、この夫妻に支えられてきたのだと、改めて実感した。ずっと自分は独りぼっちなんだと、決めつけていた自分にも気がついた。
スカーレットはどうしたいのか。幼稚だとか、わがままだとか、自分の基準ばかりでモノを考えているとか、自分でも甘えていると思いながらも、グレージュにしつこく促されるままに、今度は頭を整理して、落ち着いて、スカーレットは叔父に気持ちを伝えた。
とても勇気のいることだった。しかしグレージュの辛辣なセリフに、背中を蹴り飛ばされるように押されて、心がカラになるほど自分の気持ちを全て白状した。
そうしたら、不思議と体が軽くなり、心はとてもすっきりしていた。自分の本音を知る人ができただけで、すごく安堵した。……その感覚に対して、スカーレットはとてつもない罪悪感を覚えた。
「本当にごめんなさい、たった二ヶ月間、音信不通になっただけで、自分がこんなに簡単に崩れてしまうだなんて……もっと精進しなければなりませんわね……」
「そう自分を責めなくていい。たった二ヶ月と言うがな、お前がいろんなことを耐えてきた年月は、十年以上なんだぞ。積み重なって、限界が来てしまったんだ。スカーレット、あの神官は国王陛下のお気に入りでもあるから、敵に回すのは得策では無いかもしれない、だが今の扱いがどうしても許せなくて、涙が出るのなら、神官にはこう提案しなさい」
「提案?」
「長期間留守にするのならば、あらかじめその予定を伝えておくこと。それから一ヶ月置きに、いいや二週間置きに、絶対に手紙をよこしてくれることを、結婚の大前提としなさい」
「……でも、彼は教団のトップですのよ。わたくしと過ごすよりも、信者の方々と接する時間を優先するのは、仕方のないことですわ。これからも、何度も長期的に留守になる期間は増えるでしょうし、その都度わたくしに仕事の予定を伝えるなんて、わずらわしく思われないでしょうか」
「遠出の報連相は、どこの家庭でもとても大事だ。私だって、妻とはよく喧嘩するんだよ、仕事のやり方や、家の仕切り方でな」
「え? あの穏やかな叔母様が? 叔父様に?」
「ああ。でも二人で折り合いをつけながら、なんとなくだけど仲直りしてきたんだよ。スカーレット、相手に振り回されてばかりだと、お前がこんなふうに泣き崩れてしまうことがわかったから、あの神官とは対等に会話ができて、お互いの生活に妥協案を見つけていけるように、関係性を改善していきなさい。お前は相手に合わせすぎたのだ。これからは、相手と折り合いをつけることに重きを置きなさい」
「でも、貴族の結婚には、気持ちの伴わない契約結婚が多いと聞きますわ。それでも皆様は、立派に勤めを果たしていらっしゃいます。やはり、わたくしの辛抱が足りないのでは……」
「スカーレットは、あの神官が大切なんだろう? ならば、お前にとっては気持ちのこもった真剣な交際だ。それに、契約結婚だろうが、身内となる相手なのだから、やはり折り合いをつけ合う関係性を築くのは大切なことだ」
叔父は椅子に座り直すと、折り畳み式テーブルに肘をついて、ニッと笑った。
「まあ、とても難しいことだがね。賢いお前ならば、きっとできると信じているぞ」
スカーレットの弱さを全て受け止めてくれた上で、叔父は応援してくれた。
ポカーンとして聞いていたスカーレットだったが、やがて胸が熱くなり、熱い涙が目のふちいっぱいに浮かんできた。
「はい、努力いたしますわ! 叔父様、こんなわたくしをいつも力強く支えてくれて、本当にありがとうございます。叔母様にも、本当に感謝しておりますわ!」
スカーレットが実家をゴーレムで破壊し、神官をバルコニーから放り投げて大負傷させる、その前日の出来事であった。
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