第10話   悪女スカーレットの始まり⑦ 超絶意地悪な従者

 本当は嫌だったけれど、叔父がどうしてもゴーレムを連れて行けなんて言うものだから……二台ある馬車のうち、最後尾の、さらにその後ろからドシンズシンと追従させることにした。万が一にもゴーレムがつまずいて転んでも、馬車を巻き込まないように距離をあけて歩いてもらうつもりだ。


「ハァ……ゴーレムちゃんがわたくしの視界から外れると動かせませんから、わたくしは道中ずーっと馬車の窓から、身を乗り出していなければなりませんわね……。風邪をひかないか少々不安ですが、仕方ありませんわ……」


 出発間際の馬車の中で、スカーレットは元気なくため息をついた。


「どうしてまた、あなたがついてくるのかしら。淑女と同じ馬車に相席を願い出るだなんて、非常識でしてよ」


「僕だって、本来ならば使用人用の後ろの馬車に乗るはずでした。それがお嬢様のせいで、こんなことに」


「え? わたくし?」


「昨日からずーっとうつむいて、元気がないお嬢様の様子を、旦那様が気にされないとでも思ったのですか? 僕が同席相手に推された理由は、前回の旅路に同行していたこと、それとお嬢様と歳が近い、ただそれだけなのです」


「要するに、えーと、どういうことですの?」


「僕も旦那様から強要された被害者なんです。歳が近しいからという理由だけで、旦那様からあなたを気遣い、話し相手になるようにと仰せ付かりました。はっきりって、無理です。お嬢様が泣いたり怒ったりの感情を、僕に愚痴ってくれない限りは」


「ええ? グチ? ……他人の負の感情や長々としたグチだなんて、誰が聞きたいと? それに、あなたとはほとんど会話したこともない間柄ですわ、そんな人にわたくしの心の内を、明かすわけには参りません」


「そう言うと思って、少しでもあなたとの会話に共通点をもって話題を引き出せるようにと、僕も予習してきました」


「予習? ……わたくしのグチを、聞くために? わざわざそんな努力を?」


「はい。旦那様の命令でもありますから」


 これは困ったことになった、とスカーレットは内心で限界を迎えそうになっていた。今こんなところでいろいろと吐露したら、絶対に涙が出てしまう。そんな弱い自分の姿を、なんでこんなヤツに見せなければならないのかわ、自分の泣いた顔を、どうせ困惑した顔で見下ろすだけなんだろうと思った。


 馬車が走り出した。


 ゴーレムを置いていくわけにはいかないので、スカーレットは窓から身を乗り出した。赤い宝石の付いたネックレスを胸元から取り出して、ゴーレムに向けた。馬車の後ろで座っているゴーレムが、居眠りから目覚めたかのような、ゆっくりとした動きで立ち上がった。ドシンズシンと歩きながら、馬車二台を追って歩く。


「僕も少しなら、ゴーレムの知識を学んでいます。かなり忘れてしまいましたけれど、それでも、あなたの気晴らしになるような話ならできます」


「へー、どんな話なの?」


 窓から身を乗り出しながら、スカーレットは適当にしゃべっていた。宝石を向ける角度も大事であるから、なるべく宝石の正面がゴーレムに向くように調整する。


「ゴーレム使いの魔人、『カミオ』についてです」


 スカーレットは、馬車の中にいるグレージュに振り向いた。身分が上の自分が窓から半身を乗り出していて、従者の彼がきちんと座っている。しかも背もたれまで使っている。なんともおかしな状況に思えた。


「カミオぉ? たしか叔父様たちが、和解に成功したと言う先住民の方々が、とても熱心に信仰している神様ですわよね。彼らは全ての秘術を口伝で残しますから、文献が何も残っておりませんの。詳しい事は、何も解りませんわ。それも、ゴーレム使いだなんて。わたくしの興味を引くにしても、もう少し頭を使ってくださいませ」


「お嬢様は、あの神官から何も聞かされていないのですか? アレが信仰する神の名前も、カミオなのです」


「……え?」


「知らなかったんですか?」


「……」


 スカーレットは、ゴーレムに充分な魔力を送信してから自動歩行モードに切り替えた。ここから先の道はしばらく直線だから、こちらから細かな指示を送らずとも、自動でまっすぐ歩いてくれる。


 スカーレットは疲れたため息とともに、馬車の椅子に深く腰掛けた。


「ゼーレ神官がまとめる宗教には、確かに神様はいらっしゃいますれど、名前や経歴などの詳細は、信者以外には明かしませんの。そういう宗教なのだそうですわ」


「でも僕、あの神様のことよく知っていますよ。信者じゃありませんけど。少し調べたら、わかる情報ばかりです」


「……彼が嫌がることは、したくありませんの。余計な検索も含めてね」


「お嬢様こそ、頭を使って話してください。もしもあの男と結婚したら、お嬢様もあの宗教の運営を手伝わなければならないのですよ? まさか、まるっきり夫に全てを任せて、ご自分はお庭でお茶をすすっているおつもりなんですか?」


「なっ、それこそ、まさかですわ! もちろん彼を陰日向にお支えしますわよ。わたくしは正妻となるのですもの」


「そうですね、お嬢様は宗教を運営してゆく幹部の、一人となるわけです。ゆくゆくはそのような立場にある女性なのに、なぜあの男は詳しいことを教えないのですか? 信用されてないからでしょ?」


 ムカッときたスカーレット。


「わたくしは半年以上も、彼と一緒にゴーレムの研究をいたしましたわ。彼は大変喜んでいらっしゃいました。いまいち動作の安定しなかった大型のゴーレムを、わたくしの編み出したやり方で試したら動くようになったと、おっしゃってくれましたわ」


「えっとー、宝石を使った遠隔操作の話ですよね? 旦那様の屋敷の地下に入り浸っては、よくお二人で勉強なさってましたよね。しかし、その大型のゴーレムとやらを、あの神官は一度もここに持ってきてくれませんでした。つまりあの男は、手持ちのゴーレムを、誰にも明かしていないんです。研究仲間の、お嬢様にさえも」


「う……秘密の多いお人なのですわ。そういう性格の人、いらっしゃいますでしょ?」


「神官は本当にゴーレムの研究をしているのですか? ただお嬢様と話を合わせて、ご機嫌取りをしているだけでは」


「そんなお暇のある男性ではありません!」


「今のところ、お嬢様の意見が実際に採用されているのかも、わかりませんよね。仮に神官が嘘を一つもついていないと仮定しても、なぜお嬢様を教団の施設へ連れて行かずに、わざわざこんな外れの地域まで、足を運ぶのでしょうか。そっちのほうが時間がかかって、非効率でしょうに。お嬢様は神官の婚約者であり、完全に神官に合わせているのですから、宗教施設に連れていって一緒に研究したって、たいした揉め事にはならないはずです」


「それは、だから、お忙しい人で……」


「お嬢様、さっきからバカの一つ覚えのように口にしている『お忙しい』とは、どういう意味なのですか? 具体的に、あの男はいつも何をしているのですか? そんなにも忙しい人ならば、なおさら、あなたを教団に連れ帰り、そこで落ち着いて研究を行えば良いではないですか。なぜわざわざここに来て、短い間だけお嬢様と話し合い、そして日帰りで帰っていくのでしょうか。効率が悪すぎます」


「だから、お忙しい人で……でも、たしかに、お忙しいのなら、近所にわたくしを住まわせればよろしいわよね……」


「こんな所に来てまで勉強をするよりも、設備の整った場所で行うほうが、時短になりますし、一層はかどると思います。あの男は、何か後ろ暗い事情をたくさん抱えているのでは?」


「どうして、そんなに疑心に満ちた発言ばかり……あの人に失礼ですわよ。きっと叔父様が、わたくしを遠くに連れ出さないようにと、彼に釘を刺しているのかも」


「お嬢様は今もこうして、必死にあの男をかばっているのに、その男は今どこにいるのですか? ご見当は? 婚約者様」


「か、彼は宗教上の理由で、詳しいことが話せないのです」


「ここ数ヶ月、あの男の姿を見ませんね。お便りもないそうですし、現にお嬢様は不安がって、こうして心配していらっしゃる。そのお気持ちをないがしろにする人と、お嬢様は本気で結婚したいのですか?」


「だから……お忙しい人なのよ。わたくしとの時間を、忘れてしまうくらい、とても忙しい人なの」


「手紙を一行も書けないほどの多忙な用事って、あるんですか? それって、トイレに行っても紙で拭けないほどの忙しさでもない限り、ただの言い訳だと思います。二ヵ月間、一度もお嬢様の顔が思い浮かばないお相手と、お嬢様は結婚したいのですか? お嬢様をトイレの紙以下として扱う人と? 正気の沙汰じゃありませんね」


 スカーレットはカッとなって立ち上がり、グレージュの片頬を思い切り引っぱたいた。


「彼はそんな人じゃありませんわ! わたくしの唯一の理解者ですのよ! 悪く言わないで!」


「理解されて喜ぶのは勝手ですけど、お嬢様はあの男のことを、何も知らないじゃないですか。まだわからないんですか? 利用されているんですよ。本当にお嬢様の理解者だったら、あなたにそんな顔させないでしょう?」


 スカーレットは、ハッとして固まった。今ここに鏡代わりとなる物は何もない、それでも、自分が泣きそうな、ズタボロな顔になっているのがわかってしまった。昨夜は、手紙とゼレビアと弟のことで悩んで悩んで、一睡もできなかった。


 自分が弱っている、それを言い当てられてしまった。ショックで動けなくなる。


 グレージュは目を細めて、視線を外した。


「頻繁に会っていた婚約者が、二ヶ月も音信不通になったら、相手方が心配するだなんて、僕でもわかります」


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