第9話 悪女スカーレットの始まり⑥
王宮のパーティで、最高の理解者ゼレビア神官の婚約者となってからは、夢のような日々を送るスカーレットだったが……ある時なんの前触れもなく、ふっつりと、彼からの連絡が途絶えてしまった。手紙を送って様子を伺いたくても、住所がわからない。教団の住所なら人づてに聞いているのだが、でも、個人的なお手紙を職場に送って良いのやら……ここでスカーレットはまた悩んでいた。
(恋人からのお手紙が職場に届いたら、お嫌かしら。彼に嫌われたくないわ……)
どうすれば正解かわからない時に、スカーレットは動けなくなってしまう。それほどゼレビア神官のことが大切になっていた。スカーレットにとって、すでに心の一部となっていた。
だから、自ら一部を欠けさせてしまうような事は、まるでナイフで身を削ぐように辛く、悲しいことだった。
叔父夫婦にも相談したけれど、複雑な反応をされた。叔父は兄夫婦から来た縁談ゆえに、どちらかと言えば反対している立場であった。叔母は、スカーレットが思うようにしなさいと言ってくれて、ずっと応援してくれていたのだが、今はその思うようにができなくて、スカーレットは手紙を出せないまま、数日が経過してしまった。
ゼレビア神官と知り合って、まだ一年と経っていないけれど、本当に楽しい日々だった。これまでスカーレットを不安にさせるような事は、一度もしない彼だった。
だからこそ、今まさに不安になっている……どうして良いやら、迷っている間に、両親からまた手紙が届いてしまった。
(え……? どうしましょう、両親から勧められた縁談なのに、上手くいっているか自分でもわからない状況だなんて、両親に伝えても良いのかしら。それとも、彼と連絡が取れない程度でうろたえるのは、ダメなことなのかしら。彼も忙しくて難しい立場にいるのだから、多少の事には目をつむって、どっしりと構えながら彼の帰りを待つことが、彼にふさわしい女性の在り方なのかしら……)
ともかく、手紙を読まなければ……けれども強い不安に駆られたスカーレットは、独りで読む勇気も気力も無くなってしまった。また叔父夫婦に、一緒に読んでもらうことにした。
はたして、手紙に綴られていた内容は……
『ただいま屋敷に、神官様が滞在されています。あなたに話があるそうです。それと、弟ビリジアンの事について、もっと大切な話があるそうです。あなたもスカイライン家の一人として、この大事な話に参加なさい。母より』
叔父夫婦が、顔を見合わせていた。
「スカーレット、私はあなたの気持ちを尊重したいけれど、今回ばかりは行かないほうが、いいんじゃないかしら」
「え?」
「なんだか、とても怖い感じがするわ。前回の訪問の時だって、二人ともとても嫌な思いをしたと聞いているわ。その神官さんはスカーレットにとって、とても大事な人なんでしょう、けれど、本当にあなたのことを愛しているなら、不安にさせるような事は絶対に強行しないはずよ」
「叔母さま……」
「以前から思っていたけれど、あなたの恋人は、あなたの両親ととても近すぎるわ。悪い意味でね。あの人たちは、あなたに肝心な事は何も教えてくださらないじゃない。今までだって、私と主人とあなたが、どれほど不安な思いをしてきたか、あの人たちは、ちっともわかってくれていないわ。さらに、こんなにも詳細のわからない内容の手紙を、一方的に送り付けてあなたを呼び出そうとするだなんて……行かないほうがいいわ、スカーレット」
叔母の本音を初めて聞き、スカーレットはショックを受けた。叔母も内心ではずっと反対している側だったのだ。そして賢いスカーレットには、叔母の気持ちもわかってしまい、よけいに辛かった。
スカーレットは自分の気持ちを、すぐには言葉に変換できなくて、しばらく目が泳いでいた。
「あの、わたくしは……弟のビリジアンに会いたいんです。前回は弟の具合が悪くて、会うことが叶いませんでした。でも、この次は会えるかもしれません。両親が家に泊めることができないと言うならば、近場の宿を、地図で把握しておきます」
「まあ、スカーレット」
「叔母様の気持ちも、重々理解しておりますわ。わたくしも実の両親が少々不気味で、会うのが憂鬱です。ですが、あの家に一人残されているビリジアンが、どうしても心配なんです。場合によっては、彼の一番の理解者になりたいと、思っております。どうか、あの家に戻ることを許してください。お願いします」
スカーレットは二人に何度も頭を下げて、なんとか許可をもらった。
許可を出す条件として、叔父はスカーレットに二つの提案を下した。一つ目の条件は、叔父を連れて行くこと。そして、二つ目の条件とは……ゴーレムを連れて行くことだった。
「ええ!? 屋敷の裏に座っている、わたくしのゴーレムちゃんを!? そんなことしたら、両親も弟も、神官様からも、幻滅されますわ!」
「何を言う。ゴーレムの研究を、ずっとゼレビア神官と二人でしていたじゃないか。神官はお前の不安な気持ちを汲んで、きっとゴーレムの同行を見逃してくれるだろう。軍事用のゴーレムではないのだし、うちの地下倉庫にある専門書を貸し借りし合う仲でもある。今更ゴーレムを連れ歩くお前を見て、興ざめするような男ではあるまい」
「えええ~……?」
「さあ、ぼやぼやしている暇はないぞ。今度こそ、私も甥っ子に会いたいのだからな!」
叔父の力強いまなざしに押されて、スカーレットはしぶしぶ了承したのだった。
この選択が、後に爆発的な大事件を起こし、スカーレットがゴーレムを暴走させて実家の屋敷を破壊し、ゼレビア神官をバルコニーから投げ飛ばして負傷させるという、大変な遺恨を残すことになろうとは、夢にも思わないスカーレットなのだった。
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