第4話   畑にゴーレムが埋まってますわ!?

「スカーレットさん」


 作業服を農作業で汚した、一人の農夫が歩いてきた。


 社交界とは無縁の生活を送ってきた領民にとって、スカーレットの存在は「派手な服を着たナゾの女性」であった。社交界の癒しの華、スカイライン伯爵令嬢であるとは、誰も知る由もない。


「あら、何か御用かしら? 特に御用が無いのでしたら、荷車に荷物を積むのを手伝ってくださいませね」


 執事と二人だけで、テキパキと荷車の隙間を埋めてゆくスカーレットに、農夫はポカーンとしていた。


「いや、あの、儂どもも手伝ってほしくてな。昨日みたいに、ゴーレムで畑を耕してくれませんかな。ついさっき、畑から大きな石が出てきちまって、どうにもこうにも取り出せないんですわ」


「あら、お安い御用ですわ」


 つい自信ありげに引き受けてしまったスカーレットだったが、内心かなり焦っていた。今までは、まぐれまぐれの幸運続きで、奇跡的にゴーレムが指示通りに稼働していただけだった。


 もしも今日のゴーレムが不調だったら、自分が被害に遭うならまだしも……不安になってきたスカーレットは、やっぱり、適当にはぐらかして断ろうと考えたが、


「それじゃあ、昨日と同じ畑で待っていますからね」


「あ、ちょ、ちょっと! お待ちになって!」


 畑のあるほうへ、走って行かれてしまった。


 目を点にして震えるスカーレット。最後の荷物を荷車に乗せて紐で固定し終わったグレージュが、やれやれとジト目で顔を上げた。


「お嬢様、気乗りがしないのでしたら、このまま逃げてしまいましょう」


「え?」


 荷台のグレージュを見上げると、彼は畑のほうを見つめていた。スカーレットもおろおろと、彼の視線の先を追った。


(えええ~……? 何かしら、あの大きな丸い石。まるで、ゴーレムの頭部だわ。叔父様の山で発見された物と同じ形状。まさか、そんな、なんの偶然ですの……)


 震える睫毛、流れる嫌な汗。大勢の人手を借りて掘り起こされているのは、こんがりと焼かれた焼き物のような色合いの、大きな土人形の頭部だった。小さな丸い穴三つで表現された丸い顔は、スカーレットをじっと凝視しているようにも見えて、ゾッとした。


「グレージュ……あれは……」


「アレは軍事用ゴーレムです。お嬢様が稼働させているゴーレムよりも、二回りも大きく、重量は三倍あります。お嬢様の軽作業用ゴーレムでは、取り除くことができません」


「え? あの点三つの頭部だけで、どうしてそこまでわかりますの? あのゴーレムのこと、何か知っていますの?」


 きょとんとしてグレージュを見上げるスカーレット。


 その視線が気まずかったのか、グレージュの瞳が明後日のほうへ向いた。


「……俺は……いえ、ゴーレムについては、俺は専門外です。お嬢様のように、生まれつき豊富な魔力もありませんし」


「専門外って、では、先ほどの情報は? まだ頭部しか出ていないゴーレムですのに、どうしてうちのゴーレムちゃんより二回りも大きくて、三倍も重たいのが分かりましたの?」


「……ええっと、ただの俺のカンですね」


「絶対に嘘だ! と、わたくしの女のカンも訴えていますわ」


 しばらく二人でジーッと見つめ合った。


 ……先にため息をついて切り上げたのは、スカーレットだった。


「お前の言うとおりですわね。この村の畑は、さんざんゴーレムちゃんで耕して差し上げましたし、出発間近まで使われるだなんて、いくらなんでも虫が良すぎますわねぇ」


 どうせ突き詰めようとしたって、グレージュは口を割らない。今だって自分の素性を一切明かさないまま、強情にスカーレットのそばに付き従っている男である。


「出発しましょう。今、ゴーレムちゃんを起こしますわね」


 スカーレット達のそばでお尻を突き出すような姿勢で倒れているのは、全長三メートルの「小型」ゴーレムだった。これで小型なのだとゼレビアに教わったときは、スカーレットは大変驚いたものである。


「起きてくださいまし、ゴーレムちゃん」


 スカーレットが赤い宝石のネックレスに触れた後、その片手で巨大なお尻をポンポンと叩くと、うつぶせ気味に寝転がっていたゴーレムが、ゆっくりのっそり、砂利をばらばら落としながら、千鳥足で起き上がった。


 穴三つだけ開いた頭部を、片手でぼりぼり掻きながら、主人であるスカーレットを見下ろす。


「お前に命令ですわ。そこの荷車を運びなさい」


 スカーレットが目線で示す先には、荷物どっさりの荷車が一台。グレージュが屋敷から持ってきた、茶器などの趣向品や、旅路に必要な着替え類、他に、クラフト用の素材などが入った大きな鞄などなど、とてもではないが持ち運びに人手が足りないので、スカーレットがゴーレムと一緒にトンカチ片手に作ったのが、この荷車であった。


 もともと廃棄寸前だったボロボロの馬車を、スカーレットがゴーレムに命じて分解させ、使えそうな木材のみを再利用し、一回り小さい荷車に設計・改造したのだった。


 ゴーレムがのったりした動きで、荷車に近づいてくる。上半身を支えるために足のパーツが重たく設計されているので、ズシンズシンと、軽く地響きがする。


 遠くで、大きな丸い石に縄を結んで、掛け声合わせて引き上げようとする農家の声が聞こえてくる。


「…………頑張り屋さん、ばかりですのね」


 スカーレットは、深いため息をついた。


「ゴーレムちゃん、回れ右ですわ。そのまま、まっすぐ進んで、視野に入った大きな石を、持ち上げて雑草の中に放りなさい」


「お嬢様!」


 ドシンズシンと進行方向を変えてゆくゴーレム。それを見守るスカーレットの前に、血相変えて荷台から降りてきたグレージュが立ち塞がった。


「お嬢様、無理です! 持ち上げるなんてできません!」


「お前の見立てでは、そうでしょうね。そしてお前はいつだって、正しかったですわ。でもね、わたくしには挑戦したい無茶の百個や二百個、まだまだたくさんありますのよ!」


 細い指先で、再度真っ赤なネックレスをつまみ上げ、ゴーレムに向けた。この魔石は、ゴーレムとスカーレットをつなぐ遠隔操作盤になっており、あまりに距離があるとスカーレットの魔力が飛ばせなくなるが、見える位置にゴーレムがいれば、誤作動でも起きない限り、いつでも稼働できる。


 スカーレットの目尻が、キリッとつり上がった。


「最大出力で、動かしてやりますわあ!!」


 スカーレットの金色の髪が、毛先まで真っ赤に輝き、空色の双眸は激しく燃え上がり、宝石の眩しさは太陽のごとし!


 最大量の魔力をスカーレットから送信されたゴーレムの、顔三つの穴から高火力の火柱が噴き上がり、千鳥足だったゴーレムが人間のようなフォームでドスンズシンと走って向かった。


「うわあ! 走って来たー!!」


「逃げろー! バケモノだー!!」


 ゴーレムに対して恐怖心のある住民の何人かが、悲鳴を上げて逃げ回る。


 巨体を弾ませ、よく耕された畑に侵入し、火柱を上げる両眼で畑の中の異物を捉えた。膝を曲げて屈むと、腕を伸ばして、三本しかない指を土の中に沈めた。畑の中の巨大な丸い石が、わずかに、揺れる。


「お嬢様!」


「よし、そのまま持ち上げてしまいなさい!」


 貧血のようなめまいが、スカーレットを襲ってくる。それでも、半ば好奇心のままに、あの畑の中に埋まっているゴーレムを調査したくて、スカーレットは耐えた。


(たとえ、魔力の量はあの人には敵わなくても、少しでも近づこうと頑張ってきた日々を、思い出すのですわ!)


 ゼレビアから魔力の放出の仕方を習って以来、彼と競うように鍛錬した。彼に勝ちたかった。何一つ勝てなかったから。すごいですねって、褒めてもらいたかった。


 けっきょく、そんな日は永遠に訪れなかったけれど。


 ……その悔しさをぶつけるようにバネにして、スカーレットはゴーレムが石を持ち上げんと踏ん張る姿を、さらに魔力を送って応援した。


 ところが――


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