第3話   二人が旅する理由

 午後の麗らかなティータイムが終わって、茶器どころか椅子もテーブルもグレージュに片付けられてしまって。


「このきっちりとお片付けされる生活も、メリハリが出て良いことですわね」


 ということにしておいて、スカーレットは木の枝に吊り下げておいた大きな姿見で、クッキーの食べかすがほっぺたについていないか確認しながら、手早く身なりを整えた。ティータイムなどでゆっくりリラックスすると、どうしてもあちこち崩れてしまいがちになる。叔父夫婦のもとにいた頃は、常に身なりを完璧に整えていたけれど、本当は乾燥しやすい肌質だし、髪もすぐにバサつきやすい。


「よし、終わりましたわ。まあ、こんなものでしょう」


 細い枝にもぶら下げられる、この軽量かつ大きな姿見には、裏側に数多の蝶番が付いており、小さく折りたたむことができる仕組みになっている。旅の途中で身だしなみに不便さを感じたスカーレットが、四角く小さな鏡を集めて作ったのだ。


 売り物になるほどの良質な物ではなく、あくまで手作りで楽しむ範囲。それでも、手掛けているうちに、どんどんと改良したい欲求とアイデアが湧いてきてしまい、丹精込めて丁寧に作った。


「叔父様たちにも、この鏡を見せて差し上げたいですわね。わたくしが手掛けるちょっとした雑貨類は、いつも叔父様たちを笑顔にしていましたもの。またわたくしの作品を見て、微笑んでほしいですわ……」


「お待たせいたしました、お嬢様」


 優しい声色に、一匙の胡散臭さの混ざった笑顔で、グレージュが戻ってきた。スカーレットが木の枝の鏡で身だしなみを整えている姿を、眺めながら歩いてきたのだろう。もはや互いに気まずくなるような間柄でもなかった。


「決めましたわ。わたくし、この鏡をもう三つか五つほど、作ることにします。もちろん、鏡面を固定する粘着剤に、をたっぷりと仕込んでね!」


「それは良い考えですね。うんと材料にこだわって、値段を吊り上げて、お客様にご購入いただきましょう」


 う、とスカーレットは言葉に詰まりかけた。材料へのこだわりが許される懐事情ならば、とっくにそうしている。


「も、もちろんですわ! そのためには、また素材集めに行きませんとね。何か、この村でゆずってもらえるガラクタなどがあったら、頂きましょう」


 スカーレットの作る小物や雑貨は、二人にとって貴重な路銀だ。しかし材料はいつも粗末な物ばかりで、便利な道具を買うだけならば、彼女から求めなくてもよいと、目の肥えた客に判断されてしまう。売り上げは、芳しくなかった。


「お嬢様」


「ん? なんですの?」


 グレージュの視線の先には、スカーレットが肌身離さず首から下げている、大きなルビーが輝くネックレスが。


「お嬢様のその宝石には、ゼレビアが所有するゴーレムの起動を察知すると、自動的に点滅して知らせてくれる仕組みが、施されているんですよね」


「ええ。彼のゴーレムはスカイライン領土の各地に点在してますから、わたくしが『細工』を施した道具を広く売り歩くことによって、察知できる範囲が大きく広がり、より広範囲でゼーレ神官の動きを把握できますのよ。彼の居所が、早急に判明すればよろしいのだけど」


 現在、旅先で手掛けたスカーレットの作品のうち、六十点余りの売買が成立している。ゼレビア神官の居場所を探りながら、二人は決して狭くない領土を歩きまわり、神官の手がかりを探して周っていた。


「全ての道具に、叔父様たちが所有する山で発見されたゴーレムの土を、混ぜておりますの。ゴーレムたちは皆、同じ土で作られた『兄弟』であり、その仮初かりそめの命は互いに共鳴し合っているそうですわ」


「粉々にされたゴーレムは、気の毒でしたね」


「粉々になんてしておりませんわよ! 多少削りはしましたけれど、今もわたくしたちと同行し、元気に稼働しているではありませんの」


「ああ、アレがそうだったんですか。だから誤作動が多かったんですね、必要な魔術回路をお嬢様が削ってしまわれたのですから」


「必要な回路は残しておりますわよ! たしかに、ときおり、誤作動は起きますけれども……ハァ、こんなことなら、もっとゼーレ神官から学んでおけばよかったですわね」


 スカーレットは鏡の蝶番を折りたたんで、丁寧に片付けていると、ふと背後の不穏な気配に気づいて振り向いた。


 いつもは人を食ったかのような顔でいるグレージュの、その薄い色素の虹彩に、険しさが宿っていた。


「ゼレビアですよ」


「え……?」


 黒い革靴がざくざくと地面を踏みしめて、近づいてくる。


「ゼーレは彼の愛称です。ゼレビアと呼び捨ててください」


 いつになく顔を近づけて詰め寄る従者に、スカーレットは戸惑った。ゼレビア神官がスカーレットとの婚約を破棄して以来、グレージュの彼に対する感情は、一触即発モノであった。


 スカーレットは気まずさを押し殺して、不敵な笑みを浮かべながら髪を耳にかけた。


「それもそうですわね。次からは直しますわ」


「今すぐにです!」


「わーかりましたわよ! 細かいですわねぇ!」


 スカーレットはたまらず走って逃げだした。


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