第5話   ゴーレム大転倒!

 スカーレットのゴーレムの両足が、浮き上がった。そしてそのままの体勢で、機能停止してしまった。猛烈に噴き上がっていた両眼の火柱も、プスンと音を立て、細い煙を残して消えた。


「あら……?」


 口に手を当てて呆然とするスカーレット。


「こ、これは、何が起きましたの?」


「安全装置が働いたんですよ。ゴーレムを操作する従業員が、倒れないように」


「はい? 安全装置???」


「言ったでしょう、お嬢様のゴーレムは軽作業用だと。規定以上の仕事は、安全性を考慮して、できないようになっているんです」


 そうこうしている間に、軽作業用ゴーレムの指が外れて、よく耕された畑の柔らかな土壌に、後転する形で大転倒した。


「ただ、古い型ですから、装置が働くタイミングが遅かったようです」


「……」


 走る地響き、もうもうと上がる土煙で、空が曇る。


「うわあああ!! 畑があああ!!」


「今日中に苗を植えるところだったのにー!!」


 興味深げに畑を見守っていた人々が、一斉に逃げ出した。


 これはまずい、とスカーレットは青ざめるが、誰も怪我をしていないとわかるや、両手を腰に当てて高笑い。「おーっほっほっほ!」と山にこだまする。


「そんなに逃げ惑わなくてよくってよ、皆様。うちのゴーレムちゃんは、軽作業用なのです。軍事用ではありませんから、人間を追尾する機能は備わっておりませんわ!」


 と、説明しても、パニックになっている村人の耳には全く届いていない。肩をすくめるスカーレットに、グレージュが飄々とした顔で声をかける。


「どうされますか? このゴーレムの安全性を、民草に叩き込みますか」


「お前の言い方は、どうしてそう物騒なんですの。そんな提案言われずとも、魔法に無教養な方々には実際にご覧になってもらうのが、一番手っ取り早いのですわ」


「はい?」


「もう一度ですわ! 何かコツが掴めそうでしたの。ですから、もう一回挑めば持ち上げられましてよ!」


「ええ!? まだやるんですか!?」


 スカーレットのゴーレムが、再起動。頭部しか出ていない軍事用ゴーレムへと、ゆっくりと近づい――自らの両足を絡ませて、前のめりに傾いた。


「あ……」


 さっきよりさらなる轟きをあげて、盛大に転倒、辺りに土煙がもうもうとなって何も見えなくなった。民草の悲鳴が一オクターブ上がっていた。


「お、おおお落ち着いてくださいまし! ただ転んだだけですわ、稀によくありますの。ほら、あの、どなたも下敷きになんてなっていらっしゃらないでしょ? なら、いいじゃありませんの~♡」


 精一杯の笑顔で場をなだめようとするも、すでに畑から全員避難されていた。まるで自分たちの暮らしを脅かす蛮族を見るような視線が刺さる。


「お嬢様、埒があきません。出発いたしましょう」


「この状況下で!? せっかく皆さんと打ち解けてきましたのに。このままでは、他者を押し潰しかけたあげくに逃走した、極悪人ではありませんの」


「考え過ぎですよ。お嬢様の言葉に聞く耳をもたない方々が悪いのです。お嬢様は悪くありません」


 えええ~? と戸惑うスカーレットを置いて、グレージュがさっさと荷車の縁へ、涼しい顔して腰掛けてしまった。


(よくもまあ平然としていられますわね……。彼らの生活の大部分を支える畑を、丸々一つ破壊してしまいましたのに)


 やがて周囲から上がる声に疑問形が混じり、バケモノ呼ばわりや侮蔑の声が飛んできた頃、スカーレットの中でようやくあきらめがついた。


 けれど、悔しくないわけではない!


「ぐぬぬぬぬ……! わたくしは、あなた方の要望を叶えようと頑張りましたわよ! でも、これが精一杯ですの! 他の畑ならゴーレムちゃんで丁寧に耕しましたし、もう充分でしょう!?」


「お嬢様、これ以上の再挑戦は推奨しません。この僕に、主人の首根っこを引っ張るだなんて下品な真似を、させないでください」


「ちょっと! 本当に引っ張るヤツがありますの!? 帰りますから、手を離しなさい!」


 どこからか物が飛んでこないうちに、スカートの裾をつまんで荷車に飛び乗った。


 倒れていたゴーレムが、両手を地面に突き立てて、ゆっくりと起き上がる。そしてスカーレットのもとへ、すごすごと戻ってきた。


「よく頑張りましたわね、ゴーレムちゃん。さあ、荷車を運んでくださいまし」


 ゴーレムはうなずくと、二本の足で立ち位置を微調整し、丁寧に荷車に手を伸ばして、その荷をしっかりと率いる体勢を取った。


「さあ、出発ですわ。全速力でね!」


「お嬢様、先ほど魔力を使い過ぎていたご様子でしたが、大丈夫なのですか?」


「ふふん、予備の宝石をイヤリングに装着しておりますの。いざとなったら逃げられるように、あらかじめ魔力を貯めておりましたの。今回はコレを使用しますわ」


 スカーレットが髪を耳にかけると、大粒ルビーのはまった純金のイヤリングが揺れていた。


 そこそこの速さで小走りに走りだす、無表情のゴーレム。少しヤンチャな馬車馬に当たったと思えば、ぜんぜん耐えられる振動だった。


「では皆様、お世話になりましたわ~。とても良くしてくださって、本当にありがとうございました。それと、いろいろな素材もご提供くださり、大変助かりましたわ~」


「お嬢様、あのような輩に礼儀を示す必要はありません」


「お前は、ほんっとに……手ぐらい振って差し上げなさいな。畑を一個台無しにしてしまったことに、変わりはないのですから」


「ここに寄ったのは、ただ休憩する宿が目当てだっただけです。苦労して愛想を振舞っていても、結果こうなったでしょ。お嬢様は対人運が壊滅的に悪いのですから、出遭う人は全て極悪人だと思って接してください」


「……それだと、わたくしの人生があまりに悲惨ではありませんの……」


 しかもその説だと、グレージュも悪人になってしまう。気づいてて言っているのか、それとも適当なことを言っているのか、スカーレットは鼻を鳴らして、遠くなっていく農村を眺めた。


 スカーレットがゴーレムで耕した畑とは反対側に、収穫間近らしき豊かに実った作物の畑があった。等間隔できちっと並んだ緑の作物たちに、スカーレットは薄桃色の唇を、ぎゅっと歪めた。


「根は真面目な方々ですのよ。わたくしには、どうしても悪くなんて言えませんわ。あの作物は収穫されると、わたくしの両親の屋敷へ……いいえ、今現在はゼーレ神官への供物として捧げられてしまう定め。その見返りなど、ほとんど無く、彼らも不満多き生活を強いられておりますのよ」


「知りませんよ、そんなこと。不満なら暴動なりなんなり、起こせばいいじゃないですか」


「どうしてそんなことが、簡単げに言えますのよ! 相手は数多のゴーレム軍団を率いているゼーレ神官ですのよ!? どうすれば一般人で叩けますのよ。物理的にペッチャンコにされるだけですわ!」


 車輪が石を噛んだのか、荷車が大きく揺れて、スカーレットの身が跳ねた。あわや外に飛び出していきそうになった彼女の腰を掴んで、引っ張り戻したのは、グレージュだった。


「お嬢様」


「……ふん、一応、礼は言いますわ」


「ゼレビアです」


「はい?」


「ゼ・レ・ビ・ア! あの男の名は呼び捨てください」


「……ほんっとにお前は、ブレませんわね」


 おとなしく座っていることにしたスカーレットだった。いやに乗り心地が、悪く感じた。


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