第2話   ゴーレム大転倒

「さあ、出発しますわよ。起きてくださいまし」


 スカーレットが宝石だらけの指輪に彩られた片手で、巨大な土人形「ゴーレム」のお尻を叩くと、うつぶせ気味に寝転がっていたゴーレムが砂利をばらばら落としながら、むっくりと起き上がった。


 穴三つだけ開いた頭部を、片手でぼりぼり掻きながら、主人であるスカーレットを見下ろす。


「お前に命令ですわ。そこの荷車を運んでくださいまし」


 スカーレットが目線で示す先には、農村から集まった住民たちを背景に、一台の荷車が。グレージュが屋敷から持ってきた茶器などの趣向品や、旅路に必要な着替え類、他に、クラフト用の素材などが入った大きな鞄などなど、とてもではないが持ち運びに人手が足りないので、スカーレットがゴーレムと一緒にトンカチ片手に作ったのが、この荷車であった。


 もともと、廃棄寸前だったボロボロの馬車だったのを、スカーレットがゴーレムに命じて分解させ、使えそうな木材のみを再利用し、一回り小さい荷車に設計・改造したのだった。


 ゴーレムがのったりした動きで、荷車に近づいてくる。農村の住民が悲鳴を上げて逃げ回るが、スカーレットが使う魔法がぜひ見てみたいと頼んできたのは彼らである。そしてスカーレットも、しばらく世話になった彼らに手を挙げる趣味はない。


 代わりに、両手を腰に当てて高笑い。「おーっほっほっほ!」と山にこだまする。


「そんなに逃げ惑わなくてよくってよ、皆様。うちのゴーレムちゃんは、運搬専用なのです。戦争用ではありませんから、人間を追尾する能力は備わっておりませんわ」


 と説明しても、パニックになっている村人の耳には全く届いていない。肩をすくめるスカーレットに、グレージュが飄々とした面持ちで声をかける。


「どうされますか? このゴーレムの安全性を、民草に叩き込みますか」


「お前の言い方は、どうしてそう物騒なんですの。そんな提案言われずとも、無教養な方々には実際にご覧になってもらうのが一番手っ取り早いのですわ」


 ゴーレムが荷物を運ぼうと、ゆっくり荷車に近づい――自らの両足を絡ませてしまい、前のめりに。


「あ……」


 轟きをあげて盛大に転倒、辺りに土煙がもうもうと。民草の悲鳴が一オクターブ上がった。


「お、おおお落ち着いてくださいまし! ただ転んだだけですわ、稀によくありますの。どなたも下敷きになんてなっていらっしゃらないでしょ? なら、いいじゃありませんの~♡」


 精一杯の笑顔で場をなだめようとするも、誰も聞いていないし、見向きもしていなかった。


 ゴーレムは両手を地面に突き立てて、ゆっくりと起き上がると、丁寧に荷車に手を伸ばして、二本の足で立ち位置も微調整。その荷をしっかりと率いる体勢を取った。


「お嬢様、埒があきません。出発いたしましょう」


「この状況下で!? せっかく皆さんと打ち解けてきましたのに、このままでは他者を押し潰しかけたあげくに逃走した、極悪人ではありませんの」


「考え過ぎですよ。お嬢様の言葉に聞く耳をもたない方々が悪いのです。お嬢様は悪くありません」


 えええ~? と戸惑うスカーレットを置いて、グレージュがさっさと荷車のほうへ、そして涼しい顔して腰掛けてしまった。


(この状況下で、よくもまあ平然としていられますわね……)


 やがて周囲の声に疑問形が混じり、バケモノ扱いや侮蔑の声が飛んできた頃、スカーレットはようやくあきらめた。


「ハァ、魔法が見たいとおっしゃったのは、あなた方ではなくって? ゴーレムにトラウマでもあるのかしら、もう行きますわね」


 物が飛んでこないうちに、スカートの裾をつまんで荷車に飛び乗ると、ゴーレムのお尻をペシンと叩いた。


「さあ、出発なさいな。全速力でね」


 そこそこの速さで小走りに走りだす、無表情のゴーレム。少しヤンチャな馬車馬に当たったと思えば、ぜんぜん耐えられる振動だった。


「では皆様、お世話になりましたわ~。とても良くしてくださって、本当にありがとうございました。それと、いろいろな素材もご提供くださり、大変助かりましたわ~」


「お嬢様、あのような輩に礼儀を示す必要はありません」


 顔は微笑んでいるのに、ばっさりと切り捨てるようなことを言う。


「お前は、ほんっとに……手ぐらい振って差し上げなさいな」


「ここに寄ったのは、ただ休憩する宿が目当てだっただけです。苦労して愛想を振舞っていても、結果こうなったでしょ。お嬢様は対人運が壊滅的に悪いのですから、出遭う人は全て極悪人だと思って接してください」


「出会う人全員が極悪人って……わたくしの人生があまりに悲惨ではありませんの……」


 しかもその説だと、グレージュも悪人になってしまう。気づいてて言っているのか、それとも適当なことを言っているのか、スカーレットは鼻を鳴らして、遠くなっていく農村を眺めた。


 民家のすぐ隣に、収穫間近の豊かな作物が、たくさん揺れている。ゴーレムの制御も上手くできない者に、ゴロゴロと転ばせて作物を台無しにされたら、死活問題だ。


(あら……そう考えると、悪いのはわたくしなの……?)


 すとんとは腑に落ちないスカーレットだったが、おとなしく座っていることにした。いつもはそんなに気にならない縦揺れが、今日はいやに乗り心地悪く感じた。


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