第1話   悪女スカーレットの始まり①

 スカーレットが叔父夫婦に預けられたのは、四歳の頃。実の両親のもとに待望の男児が生まれたことで、スカーレットは露骨に遠ざけられてしまったのである。両親からとことん嫌われた理由の一つに、スカーレットが様々な素材をどこかから貰ってきて、勝手に「おもちゃ」を創作することも含まれていた。どれもこれも、たいしたものではなかったはずなのだが、両親はいつかスカーレットが危ないモノを作り出して、生まれたての弟に危害を加えるのではないかと恐れ、叔父夫婦のもとに娘を押し付けたのであった。


「ようこそ、スカーレット。ここを自分の家だと思って、のびのび過ごしなさい」


 叔父夫婦は、スカーレットの趣味や特技を理解してくれた。ちゃんとお勉強もすることを条件に、寛容な心で受け入れてくれた。


「ありがとう! 叔父様、叔母様! わたくし、いろんな物たーっくさん作りますわ! そうだ、お二人のお好きなものは何? わたくし、作って差し上げますわ!」


 スカーレットは叔父夫婦に恩返しがしたくて、そして実の両親にも認められたくて、何でも人一倍頑張った。



 叔父夫妻は、伯爵の地位を国王陛下から賜り、以来ずっと、この広大で何も無い、ほとんど平野と言っても過言ではないほど真っ平らな土地を、地道に開発していった。土の質が大変悪くて、どこを掘っても砂利ばかり。資源になりそうな森の奥は、頭の固い先住民が占拠していて、どう見ても大ハズレの土地だったはずなのだが……叔父夫妻は三十年以上かけて、民の暮らしやすいように周辺の土木を整えていき、亀の歩みと揶揄されようとも、隣領土と助け合いながら、やがて森林の先住民たちとも和解し、今では広大な土地が大変美しく整えられて、ちょっとした都心のようになっているのだから、まさしく『努力の人』、スカーレットは叔父夫妻をそのように評価していた。


 手紙の一つも返してくれない実の両親よりも、スカーレットの人生に大きな影響を与えてくれた。


 そしてスカーレットに、努力していれば何でも叶うと勘違いさせた、最大の原因にもなったのだった……。



 年頃になったスカーレットは、どこの社交界に出しても数多の視線を釘付けにするほど、立派な淑女に成長していた。艶やかで麗しい金色の髪と、みずみずしい肌、空色の大きく澄んだ瞳は宝石のようだと褒め讃えられ、彼女の美しさを詩にして酒場で演奏されるほど。彼女が笑顔でその唇を花開けば、皆が聞き入り、彼女の考えや趣向に賛同する者が増えていった。


 叔父夫妻に子供はいなかったけれど、伯爵家の跡継ぎは、この美しく聡明で、人当たりも良いスカーレット嬢で間違いないと、誰しもが思っていた。


 スカーレット嬢も、けっきょく一度も手紙をくれなかった両親への愛を諦めており、叔父夫婦の跡目を継ぐつもりでいた……あの手紙が届くまでは。



『私たちの可愛いスカーレットへ

 未来の旦那様となる男性が お待ちになっています

 大至急 帰還しなさい』



―・-・—・—・—・—



 午後の麗らかなティータイムが終わって、茶器どころか椅子もテーブルもグレージュに片付けられてしまって。


「まあ、このきっちりとお片付けされる生活も、メリハリが出て良いことですわね」


 と言うことにしておいて、スカーレットは木の枝に吊り下げておいた大きな姿見で、クッキーの食べかすがほっぺたについていないか確認しながら、手早く身なりを整えた。ゆっくりとリラックスすると、どうしてもあちこち崩れてしまいがちになる。


 細い枝にもぶら下げることができる、この軽量型の姿見には、数多の蝶番が付いており、そのおかげで小さく折りたたむことができる仕組みになっている。旅の途中で身だしなみに不便さを感じたスカーレットが、四角く小さな鏡を集めて作ったものだった。


 売り物になるほどの良質な物ではなく、あくまで手作りで楽しむ範囲。それでも、丹精込めて丁寧に作った。スカーレットが手掛ける道具たちは、プレゼントすると喜ばれる、ちょっとした雑貨類だった。


 一見すると、であるが。


「お待たせいたしました、お嬢様」


 優しい声色に、一匙の胡散臭さの混ざった笑顔で、グレージュが戻ってきた。スカーレットが木の枝の鏡で身だしなみを整えている姿を、眺めながら歩いてきたのだろう。もはや互いに気まずくなるような間柄でもなかった。


「わたくし、この鏡をもう三つか五つほど、作ろうかと思っていますの。もちろん、をたっぷりと仕込んでね」


「それは良い考えです。うんと材料にこだわって、値段を吊り上げて、お客様にご購入いただきましょう」


 ……ただ路銀を稼ぐために、彼女は趣味を極めているのではない。


 便利な道具を買うだけならば、べつに彼女から求めなくてもよい。購入者の中には、そう言って購入品を粉々に破壊してしまう者もいるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る