「ぐぬぬ系」悪役令嬢と、諦めが早過ぎる従者たち 〜婚約破棄され領土も奪われ、復讐するため珍道中!なぜかとんでも過ぎるチート従者ばかり増えてきて手に負えませんわー!〜

小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)

第0話   唯一、付いて来た従者

「え? 僕がお嬢様に付き従っている理由ですか?」


 テーブルに広げた茶器を片付ける、その片手間に、スカーレットの話に耳を傾けていた青年が、珍しく手を止めてまで彼女を見つめた。


 昼下がりの日差しを浴びた樹木から、木漏れ日がこぼれ注ぐ。ここいらでは珍しい、退廃的な灰色の髪をした青年は、スカーレットが物心ついた頃から屋敷に仕えていた。名を、グレージュ。その他の情報は、一切わからない。誕生日も故郷も、家族も、本人いわく何もわからないのだそうだ。


「そうですねぇ、スカイライン家の財産目当てですかね」


「はあ!? お前、もう少し、こう、せめて濁したり、抽象的な言葉に例えたり、いいえ、そもそもそんな俗物的な理由で!? そんな理由で、これまで数多のピンチをわたくしと共に乗り越えてきましたの!?」


「はい」


 あっけらかんとした笑顔で頷くグレージュに、スカーレットはぽかーんとしていた。我に返ると、赤面しながらの咳払い一つ。


「お前ごとき粗忽者そこつものに、我が家の遺産はどうこうできませんことよ。どれだけ厳重な警備で守られていると思ってますの? スカイライン家の後継ぎであるこのわたくしですら、自由に扱えないと言うのに」


「僕なら扱えますよ、それはもう、大切に」


 弧を描くその瞳に、誰が映っているのか、スカーレットは気づいてしまったが、


(まさかね……)


 と目を伏せて、素知らぬふりをした。


 彼の言う財産とは、単純にお金だけのことを差しているのだと、捉えることにした。


 グレージュも特にいつもと変わらず、陶器のカップを丁寧に、片手にした大きな盆に重ねてゆきながら、たった一人でテーブルの上を綺麗にしてゆく。最後に白いクロスまで引き下ろして、腕にかけた。


「まあ、お前は無駄遣いをする性格ではないものね。大切に使えば、一生旅をしながら楽しく暮らすことも、できるかもしれないわね」


「はい、本当に。今だってお嬢様と旅ができて、すごく楽しいですよ」


 では、と一礼して歩き去ってゆく。茶器もクロスも、このミニテーブルさえも、近所からの借り物。使い終わったら洗って返却するように、持ち主である老夫婦から言いつけられていた。


 それで彼は、スカーレットの休憩が終わり次第、一気に片付けていたのである。遠くなる黒い執事服の背中に、スカーレットはため息をついた。


「……こんな切り詰めた生活で、何が楽しいものですか。今のわたくしは貴方へのお給金だって、満足に支払うことができませんのよ。名門スカイライン家で仕込まれた貴方なら、どこの屋敷へ紹介されても、きっと上手くやれますでしょうに……」


 家出娘と行動を共にしている期間が、長引けば長引くほど、グレージュのキャリアに傷が付く。彼がそのうち見切りを付けて、スカーレットを捨てて安定した道へと去って行く日を、そして二度と戻ってこない日を……迎えたいような、迎えたくないような、複雑な気持ちでテーブルに両肘をついた。


「旅費の追加をねだりに実家へ帰りたくても、その予定が立てられないんですもの。ほんっと、理解のない親を持つと苦労しますわね。またわたくしの奇妙な発明品を、気の良い道楽者に売って路銀の足しにでもしましょうか」


 貴族令嬢として過ごしていた頃は、毎日欠かさず手入れに使っていた薔薇のヘアオイルも、今では節約生活の犠牲に……それでも充分に輝いて見えるストレートの金の髪の先には、以前は絶対になかった枝毛が……。


 見つけなかったことにして、白い耳に髪を掛けた。


「ハァ、誘拐された弟の体調も心配ですし、もう少しスパートを上げていきませんと、ゼーレ神官の本拠地まで辿りつけませんわね。いつまでも、こんな放浪生活に甘んじているわけにはいかない……わたくしもずいぶん、やつれましたわ」


 事の発端は、このまま戦争に発展するのではないかと皆もスカーレットも目を剥いたほどの、盛大な『婚約破棄大事件』であった。


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