それぞれの未来

第26話:お披露目(明)




 ファビウス伯爵領で、いつものようにフローラの誕生日パーティーが行われる。

 いつもと違うのは、15歳の誕生日パーティーであり、15歳は成人の年齢である事だ。

 成人すれば、後見人無しの当主として認められる。

 実際には、領地管理をするのは領地の運営管理をする家令ランド・スチュワードだが、それは他の貴族家でも変わらない。


 今、後見人になっているフローラの母の従兄弟は子爵家で、ファビウス伯爵領の隣に領地が在る。

 これからは、隣合う領地として助け合う事になるだろう。



 誕生日パーティー用のドレスを試着しているフローラは、鏡に映った自分を見て、小さく笑う。

 それに気付いたローズは、何か問題が有るのかと問い掛けた。


「いえ、ドレスはすごく素敵で気に入ったわ。ただ、私、本当に元婚約者モルガンの事を何とも思っていなかったのだと改めて気付いただけなの」

 どこか照れたように笑うフローラに、ローズも微笑み返す。



 15歳の誕生日用のドレスの準備は、何年も前から高級な布地の手配をして、一年近く掛けて制作される。刺繍などの細かい所に、とにかく時間とお金を掛ける。

 この時のドレスは、記念に取って置く女性も多いくらいだ。


 その為なのか、婚約者の色のドレスを着る者は多い。

 絶対的な規則では無いので、自分の色や好きな色を選ぶ人がいないわけではないが。


 当然、フローラが布地の注文をした時は、まだモルガンが婚約者だった。

 因みに元婚約者のモルガンは、薄茶色の髪に青い瞳をしていた。茶色は選ばないにしろ、普通なら青い布地を選ぶ。

 しかしフローラが今着ているドレスは、鮮やかな空色をしていた。


 同じ青系統ではあるが、モルガンの瞳と言い切るにはかなり無理の有る色だ。

 布地の色を選ぶ時、無意識に初恋の天使の瞳を思い浮かべたのかもしれない。

 そしてそれは、今回、とても良い方向へ作用した。


 今の婚約者であるアルベールの瞳の色は、綺麗な空色である。

 当然である。

 彼がその天使なのだから。




 ファビウス伯爵家当主としてのお披露目と、成人の誕生日を兼ねたパーティーは、いつもよりも大分豪勢で華やかなものとなった。

 招待客も多い。

 友人として招いたのは、アストリとレティシア、そして同級生達だ。


 今回のパーティーは、招待客が多い事を理由に、招待状に名前のある者のみ入場可とした。招待状にもその旨を記載してある。

 勝手に息子や娘を連れて来ても、絶対に中へ入れないように徹底している。

 特にシルヴィへはべっていた者達など論外である。



「私は騙されていただけなのです! ぜひ、謝罪の機会をお願いします!」

 入り口で中へ入ろうと頑張っている令嬢は、港の使用契約が延長されなかった家の令嬢だろうか。

 最後までシルヴィに付き従っていた下位貴族の令嬢だろうか。


 騙されました、知りませんでした。それで許されるほど、貴族社会は甘くない。

 そもそも不貞行為をしている者達を応援する方が、頭がどうかしているのだ。

 貴族云々うんぬんではなく、人間の常識として間違っている。


 しかし子供だけでなく、親まで一緒に騒ぐ家もあった。本当に謝る気があるのかと、疑いたくなる。

 あまりにも無作法な家は、招待状が有ってもお帰りいただく事になる。


 成人しているのに招待状に名の無かった嫡男が当主を呼べ、と騒いでいた家がそれに当たる。

 親までが「無礼だ! 訂正しろ」と文句を言い出したのだ。

 これは学園でのフローラの事を息子が親に話し、親はそれを信じてフローラをあなどっているのがありありと判った。



 普通ならば若輩者が当主の伯爵家では出来ない横暴な行動だが、今、ファビウス伯爵家の後ろには、モーリアック侯爵家がいる。アルベールの実家だ。

 そして公には出来ないが、特務部隊も。

 アルベールはフローラの為ならば、特務部隊の権限を使って敵を排除するだろう。

 後暗い所の無い貴族はいない。


「怖いねぇ」

 どこか楽しそうに言うのは、レティシアをエスコートしているジェルヴェ・バルビエ侯爵令息である。

 今、騒いでいた子爵家を追い返したのは、モーリアック侯爵家の私兵だからだ。


「初恋を拗らせておかしくなった兄を引き取ってくれたフローラ様には、父も母も長兄も感謝している。モーリアック侯爵家は、何があってもフローラ様の味方だ」

 アストリが言うと、隣に立つ婚約者のシプリアン・デュリュイ辺境伯令息も頷く。


「我がデュリュイ辺境伯家も、当然そうなるな」

 アストリが生まれてすぐに婚約者になったシプリアンは、アルベールの拗らせぶりをよく知っていた。


「それならバルビエ侯爵家もお手伝いしましょうか。レティの友人ならば、一生のお付き合いになるでしょうしねぇ」

 ジェルヴェがレティシアの肩を抱き寄せながら笑う。


 フローラの知らない所で、密かな後ろ盾が増えていた。




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(明)という事は、当然(暗)があります。

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