第19話:自分勝手な……




「なっ!?」

 アストリに手を叩き落されたモルガンは、顔を真っ赤にして体を震わせていた。

 そこで食って掛からなかったのは、相手の家の爵位が自分より上であるからだろう。

 それにこれ以上問題を起こすと、本気で家を追い出される心配があった。


 拳を体の横で固く握り締め、ブルブルと震えているモルガンの影から、女子生徒が顔を出した。シルヴィである。

「フローラ! 姉が困っているのよ! 助けなさい!!」

 いきなりの命令口調に、フローラ本人よりも周りの生徒が驚く。


 婚約破棄の話は、既に学園内で有名である。二日後に入学してくる新入生も、上に兄姉がいる者は知っているだろう。

 もしかしたら、社交界でも噂になっているかもしれない。

 それ程の大事件だった。

 その、妹から婚約者を奪った姉が、妹の所へその元婚約者を連れて行っている。

 しかも二人共、自分達のした事は無かった事にしているようなのだ。



「サロメの実家の男爵家の名前……カイユテ男爵令嬢、私達に一切の血の繋がりは無いと証明されています。二度と姉と名乗らないでください」

 フローラは、無機質な顔をシルヴィへ向けた。とても身内に向ける表情では無い。


「だから! 私を養女にして伯爵家へ戻せって言ってるのよ!」

 シルヴィの主張に、フローラは首を傾げる。

「カイユテ男爵令嬢は、そちらのエマール伯爵令息との結婚が決まってますよね? それならば婚姻を早めてエマール伯爵家へ居候されれば良いのではありませんか? 今までもファビウス伯爵家に10年も居候していたのですもの」

 フローラは、シルヴィの立場を学園内に周知させる為に、わざと説明台詞を口にした。



 フローラも、当主教育を受けた貴族である。しかも、今は伯爵家当主だ。

 自分の敵には容赦はしない。

 それでも、このままシルヴィが何もして来なければ、敢えて攻撃する事は無かっただろう。

 墓穴を掘ったのはシルヴィ本人だ。


「わ、私は本当は男爵家に居るべき人間じゃないのよ!」

 まだ自分の立場が理解出来ていないのか、シルヴィは尚もフローラへ絡む。

 彼女の中では、物心付いた時から伯爵家で蝶よ花よと育てられた、生粋の伯爵令嬢のつもりなのだ。

 必要最低限の淑女教育しか受けていないのに。


「そうですわね。子爵家四男と男爵令嬢の間に生まれたのですから、本来は男爵家どころか平民ですわよね」

 貴族らしく、うふふと笑うフローラの目は笑っていない。

 二度と自分に近付かないように、徹底的に身分の差を見せ付ける。



「酷い、酷いわ! 長年家族として暮らしてきたのに、なんて冷たい人なの!」

 シルヴィは泣きながらしゃがみ込んだ。

 それをフローラは冷めたく見下ろす。

 同じ目をしてシルヴィを見るのは、高位貴族できちんと教育を受けている者達だ。


「もし私に姉がいて、婚約者を横取りされたら、その婚約者の家共々破滅させてやりますわね」

 レティシアがポツリと呟く。

「私も姉はいないが……とりあえず剣の錆にして、魔物に食べさせ証拠隠滅?」

 辺境伯に嫁ぐアストリは、それなりに剣が使える。そして今言った事は、辺境で不貞を行った者に実際に与えられる罰である。



 そこまで話したところで、会場内から教師の移動を促す声が聞こえてきた。

 教室へ向かって移動しているはずの生徒達が出入口付近で溜まり、動かなくなっているのだから当然だろう。

 何事かと見学していた生徒達が先に動き出す。


「エマール伯爵令息、二度と話し掛けないでくださいね。次は正式な文書で抗議します」

 フローラはモルガンだけに注意した。

 シルヴィには注意する価値も無いと思ったからだ。

 そしてそれは、注意しても無駄だろう、と解っているという事でもある。




 始業式も、その後の教室での短い説明も無事終わり、フローラ達は馬車へと向かう。

 ファビウス伯爵家の馬車の所に、なぜか制服姿のアルベールが居た。

「アル!?」

「アルベール! さぼりか!!」

 驚き喜ぶフローラと、驚き怒るアストリ。レティシアは驚きながらも、微笑んでいる。


「迎えに来た、フローラ」

 甘い笑顔をフローラに向けてから、アストリへと向き直ったアルベールは、フッと妹を鼻で笑う。

「休憩時間だ」

 更に意地の悪い笑顔を浮かべるアルベールを見て、アストリが悔しそうな顔をする。


 仲が良いのか悪いのか。多分、凄く良いからこその、じゃれ合いなのだろう、とフローラとレティシアは見守った。



「行こうか、フローラ」

 手を差し出されたフローラは、素直に手を乗せる。

 その手を引き寄せたアルベールは、少し腰をかがめて、ふわりとフローラを抱き上げてしまう。


 まるで子供のように軽々とフローラを抱き上げ、自分の腕に座らせたアルベールを、アストリとレティシアだけでなく、周りの生徒も注目する。

 体格はゴーレムなアルベールだが、顔はかなり整っている。


 翌日。学園内はこの話で大盛り上がりだった。

 シルヴィとモルガンの愚行も、勿論付随して……。



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