第18話:新学年始まる




「まぁ、それでは偽姉は、男爵家に引き取られたのですね」

 レティシアが驚いた顔でフローラへと問う。

「モルガン様との結婚は確定してますからね。その後平民に落ちても、エマール伯爵家との縁は出来ると考えたのでしょう」

 フローラが笑顔で答える。


 もうすぐ新学年が始まる。

 本邸の改装工事も無事終わり、落ち着いた雰囲気の屋敷へと様変わりしていた。

 元々本邸に居た使用人は一切おらず、別邸で勤めていた者と、ファビウス伯爵領から呼び寄せた信頼の置ける者達だけが働いている。


 今までフローラが住んでいた別邸には、今はアルベールが住んでいる。

「本邸で一緒に住むと言わなかっただけ、常識があったな」

 引越し当日に手伝いに来たアストリが、呆れたように言っていた。


 そのアストリは、実家から頼まれたとかで、別邸に行っている。

 アルベール本人は仕事で留守なのだが、そこは家族だから大丈夫なのだろう。

 別邸に居るのは、アストリもよく知るモーリアック侯爵家の使用人達である。




 新学期。新学年の始まりでもあるので、皆がソワソワと少し浮き足立っている。

 始業式の会場でも、久しぶりに会った友人達と話す姿があちらこちらで見られる。

 その中で、異様な雰囲気を醸し出している集団があった。


 中心には、男爵令嬢になったシルヴィと、フローラと婚約破棄して伯爵家に婿入りする事が出来なくなったモルガンが居る。

 その周りに居るのは、二人の婚約の後押しをした者達だろう。


 高位貴族の後継者教育を受けた者や、アストリやレティシア、その婚約者達の家との繋がりがある家門の生徒達は、その集団を見下すような視線でしている。

 まだシルヴィが伯爵令嬢だと思っているのか、一人の女生徒がにこやかに話し掛けた。



「シルヴィ様、お休み中はファビウス伯爵領へ行かれたのですか?」

 子爵家令嬢は、シルヴィが自分よりも下の爵位になった事を知らない。

「ご自分の領地ですものね。私の家も、港を利用させて頂いてますわ」

 別の令嬢が話に加わる。その港を使う契約は、おそらく更新される事は無い。


 貴族の船一隻が使用しなくなったからといって、今のファビウス伯爵家は痛くも痒くも無い。

 ダヴィドが当主代理だった時は、彼の手柄にしたくなくて程々の収入になるように、必要以上に目立たないようにしていたファビウス伯爵領。


 エマール伯爵家との婚約が破棄され、フローラの後見人が変更された途端、目覚しい発展をしている。

 当然、その恩恵をエマール伯爵家が受ける事は無い。それどころか、今までは安かった関税や港の使用料も通常通りに戻され、今までの差額以上の慰謝料を請求されている。



「ねぇ、行こう」

 居心地が悪いのだろう。シルヴィがモルガンの服の袖を掴んで引っ張った。

 それを自分の腕を勢いよく動かす事で振り払ったモルガンは、何も言わずに一人でその場を離れた。

 そのあまりにも冷たい態度に、シルヴィは勿論、周りの取り巻き達も戸惑う。


 休み中に何かあったのかと女生徒が質問しようとしたところで、教師から席に着くように、との指示がされた。

 皆が散り散りになり、それぞれの席に着く。

 そこで、シルヴィが下位貴族のクラスの席に着いた事に、取り巻き達は驚く。


 これから一年間、シルヴィはこの針のむしろの中での学園生活になる。

 フローラの受けた屈辱の一年間の学園生活よりも、遥かに辛いものになるだろう。




 始業式が無事終わり、教室へ移動する波に乗り、フローラ達も出入口へ向かう。

「フローラ!」

 扉を出た瞬間、名前を呼ばれてフローラは立ち止まった。


「婚約破棄なんて、本気じゃ無かったんだ。冗談だったんだよ」

 約一ヶ月の長期休暇の間に、酷くやつれている元婚約者モルガンである。


「エマール伯爵令息、無関係の女性の名前を軽々しく呼び捨てにするのは感心しないな」

 フローラではなく、アストリが前に出て対応をする。

「何だ貴様は! そっちこそ関係無い奴は引っ込んでろ!」

 たかが伯爵家の三男が、侯爵家の令嬢に対して、随分と高飛車な口調だ。モルガンは婚約者の友人の爵位もろくに知らないようで、どれだけ無関心だったのかが判る。


「私はモーリアック侯爵家の長女で、フローラ様の婚約者の妹なので、関係は大有りだな」

 アストリが胸を張る後ろで、フローラは赤くなった頬に手を当てる。

「は? 婚約者だと!? フローラ貴様! 不貞してたのか!」

 見事な棚上げを披露するモルガンを、フローラを含めた皆が冷めた視線で見る。


「馬鹿馬鹿しくて、お話する価値もありませんわね。行きましょう、フローラ様」

 レティシアがフローラの背中に手を当て、歩き出すように促す。

「待て! 話は終わってない!」

 モルガンがフローラの腕を掴もうと手を伸ばす。

 その手は、アストリによって叩き落された。



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