第17話:簒奪者達




 馬車の中で、シルヴィは呆然としていた。

 まず実家のファビウス伯爵家では敷地内に入る事さえ出来ず、見た事も無い門番に平民として扱われたのに、それをモルガンが抗議せずに引き下がってしまった。

 その後は二言三言会話したら、難しい顔をして黙り込んでしまい、最後にはシルヴィを残して馬車から飛び降りてしまった。


 一ヶ月も一緒に過ごし、蜜月のようだと甘い時間を共有していたのに。

 今までは不貞の証拠になるからと、一線を越える事は無かった。

 婚約者になった為、旅先で閨を共にした。

 もし妊娠していても、15歳で成人なので出産前に婚姻は出来る。


 幸せな気持ちで帰って来たはずなのに、なぜ今、自分は一人で馬車に取り残されているのか。

 シルヴィはワンピースを握りしめた。



 しばらくしてもモルガンが戻って来ないので、馭者がシルヴィを馬車から降ろした。シルヴィが乗ったままでは馬車を動かせないし、馬を休ませる事も出来ない。

 同じ理由で、後ろの馬車からシルヴィ付きのメイドと、シルヴィの荷物も下ろされた。


 モルガンの荷物は、旅行に付いて来ていたエマール伯爵家の使用人が持って行った。

 モルガンの荷物を持って入る使用人達に付いて行こうとしたら、執事に止められ、男性の使用人に力尽くで追い出されてしまったのだ。その直後に、鍵を掛けるガチャリという音が聞こえた。

 完全にシルヴィを拒否していた。


 馬車が動き出し、シルヴィは完全に居場所が無くなってしまった。

 護衛の騎士もその場を立ち去る。彼等はエマール伯爵家の騎士で、シルヴィを護る義理は無い。


「ねぇ! 私はいつまでここに居れば良いのよ!?」

 シルヴィは屋敷の扉を両腕で叩く。

 しかし扉が開く事は無く、腕も足も痛くなったシルヴィは、扉の前で座り込んでしまった。

 メイド二人は立っているが、最初は手に持っていた荷物を下に置いてしまっていた。




 それからしばらくすると、門の方から馬車が入って来て、屋敷の前で停まる。

 降りて来たのは制服を来た兵士で、通報されて来た衛兵隊だと言う。

「平民女性が居座って困る、との通報を受けた」

 衛兵の言葉に、シルヴィは目をいて怒り出す。


「私を誰だと思っているの!? ファビウス伯爵の後継者のシルヴィよ!」

 シルヴィの言葉を聞いた衛兵は、あぁ、と納得した顔をする。

「話は聞いている。両親のもとへと連れて行こう」

 衛兵はシルヴィと荷物を、後ろの堅牢な馬車へと導く。

 メイド達は前の普通の馬車へ。


「メイド達はファビウス伯爵邸へ。おそらく私物を取りに来て欲しい、と依頼の出ていた二人だろう」

 衛兵の同乗した普通の馬車が先に出発した。

「とりあえず、両親と同じ所へ連れて行くか」

 嫌そうな衛兵の声がシルヴィの耳に届くと、馬車はガタンと揺れた。


 柔らかなクッション素材の付いていない、硬い木で出来た座席。

 扉には内側には取っ手が無く、開ける事が出来ないようになっている。

 窓には鉄格子。

 さすがのシルヴィにも判った。

 犯罪者を移送する為の馬車だと。




「着いたぞ」

 街の外れにある、普通の人が住んでいるとは思えない場所で馬車は停まった。

 見えるのは、高い壁のみ。いや、重そうな鉄の扉もある。

「なんですの?! こんな所に両親が居るはず無いでしょう」

 文句を言うシルヴィを無視して、シルヴィの荷物を持った衛兵達は先に進む。


 受付らしき所で、衛兵はシルヴィの荷物を全て渡してしまった。

「仕分けを頼む。ドレスと宝石、その他換金出来るものはファビウス伯爵家へ」

「え? ちょっと! 私の荷物よ!?」

 文句を言っても聞き入れてもらえる訳も無く。


 シルヴィは背中を押されて奥へと進む。

 薄暗い廊下に、幾つもの扉が並んでいる。

 中からボソボソと話す声や、人の動く音が聞こえ、誰かが生活しているのだと判る。


 それでも扉の間隔はとても狭く、屋敷の使用人部屋より狭いのでは? と、シルヴィは周りを見回していた。

 そのうちの一つの扉の前で衛兵は止まる。

 ノックを3回。中からの返答を聞かず、扉の上半分だけを開けた。


 開いた空間には鉄格子。下に10センチ程の隙間が有る。

「ダヴィド、サロメ、面会だ」

 両親の名前を呼ばれシルヴィが驚いていると、中から姦しい声が聞こえてきた。

「やっと謝りに来たのか、フローラ!」

「早くここから出しなさい!」

 鉄格子越しに見た両親は、煤けてみすぼらしく、平民どころか奴隷にしか見えなかった。




「シルヴィ! モルガンはどうした? 一緒に居るのだろう? 早くここから出すように言うんだ」

 面会者がフローラではなくシルヴィだと気付くと、ダヴィドは猫撫で声に変わった。


「アンタだけ私の実家でのうのうと暮らしてるんでしょう? 兄さんがエマール伯爵家との縁が出来るならって、養子縁組してたものね」

 サロメは今までフローラに向けていたような、憎しみの瞳でシルヴィを見た。



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