第10話:モーリアック兄妹
応接室へ移動した一行は、フローラ、アルベール、アストリはソファへと座り、護衛二人は扉近くに立ち、執事はテーブルの脇に立っている。
ローズはお茶の準備の為に離席中だ。
「いや、おかしいだろ!」
皆が思っていた事を声に出したのは、ソファに一人座るアストリだ。
アルベールは当然のようにフローラの横に座っている。
「アルベール兄上、貴様の席は私の横だ」
アストリが自分の横の席をポンポン叩く。
「なぜだ」
「なぜだだと?! 貴様の今の立場は、フローラ様の同級生である私の兄なだけで、婚約者では無いからだ!」
貴族の令嬢らしからぬ剣幕でアストリが怒鳴りつけると、アルベールは大きな体を少しだけ揺らして抵抗した後、渋々と席を移動した。
「改めて紹介する。こちらは私の兄でアルベール・モーリアック。モーリアック家の次男だが、既に騎士爵を自力で叙爵した脳筋だ」
アストリが隣に座ったアルベールを紹介する。
「そして、仕事は出来るがフローラ様の事に関しては残念な人間になる」
付け加えられた情報に、フローラは目を見開く。
「私がいつもアルベール兄上にこのような態度を取っているわけでは無いからね。フローラ様関係では暴走しがちなので、止めているうちにこうなってしまったのだよ」
苦笑したアストリは、フローラのよく知るいつものアストリだった。
それにしてもフローラとアストリは、知り合ってまだ一年しか経っていない。
その短い間に、大分苦労したようである。
ここでローズがお茶の準備を整えて戻って来たので、一息入れる事にする。
学園のパーティーから戻って来てすぐに本邸へ行き、婚約破棄の報告から両親だと思っていたのが全然血の繋がりの無い他人だったと知った。そのまま部屋に閉じこもったフローラは、まともに食事をしていなかったし、水分補給も充分とはいえなかった。
温かい紅茶を飲んで、ほぅと息を吐き出したフローラは、目の前で紅茶を飲んでいる幼馴染を見る。
どちらかと言うと華奢で、出会ったばかりの頃はフローラより少し背が高い程度だった。
最後に会った時には、見上げなければいけないほど背は高くなっていたが、体は華奢で、まだ天使な印象だった。
今は、誰よりも大きく、
まさしくゴーレムと呼んで遜色ないほどの立派な体格になっている。
視線を感じたのか、アルベールが顔を上げた。
見つめていたフローラと目が合うと、目尻が優しく下がる。
笑顔と言うほどではないが、とても優しい表情だった。
「良かった……フローラ様の婚約破棄の話をしたら、どうやったのか早々に手続きを終わらせるし、成立したら今度は幼馴染だから絶対に大丈夫だと屋敷に突撃するし、そこでエマール伯爵令息と鉢合わせて、いきなり威圧して気絶させてしまうし、どうしようかと思ったわ」
もう一度、良かったと息を吐き出したアストリは、本当に安堵している。
アルベールは、特務部隊で活躍し、自力で叙爵するほどの人物である。
普通ならば自慢の兄だ。実際に普段ならばそれに
だがフローラが絡むと、途端に常識の欠場した駄目人間になってしまう。
「パーティーのエスコートも自分が行くとか言い出して、アルベール兄上の見習い時代の制服を私が着る事で、辛うじて止めたくらいなのだよ」
アストリは、ここぞとばかりにフローラへアルベールの愚行をバラしてしまう。
裏を返せば、それだけ心配していたし、協力もしていたのだろう。
「これで心置き無く、フローラへ結婚の申し込みが出来る」
アルベールは持っていたカップとソーサーをテーブルに置き、ソファから立ち上がってフローラの傍まで移動する。
そして
「フローラ・ファビウス伯爵令嬢。初めて会った時から、私の中には貴女しか居ない。私の妻になってください」
真剣な表情のアルベールは、嘘でも冗談でもなく、本気でフローラへ求婚している。
フローラの頬が赤く染まり、驚きと嬉しさを滲ませる。
しかし、すぐに顔を曇らせて首を横に振った。
「あの両親……いえ、伯爵が私をまともな人に嫁がせるとは思えません」
血の繋がりは無くとも、ファビウス伯爵家に籍が有る為、婚姻には当主の許可が必要になる。
次男とはいえ、侯爵家の血縁であるアルベールとの婚姻を、ダヴィドもサロメも許さないだろう。
なぜなら、婿入りしてくるモルガンよりも血筋が良いからだ。
シルヴィよりもフローラが優位に立つ事を、何よりも嫌がるのだ。
結婚後に伯爵位と騎士爵位で差がつくといっても、アルベールの後ろにはモーリアック侯爵家が居る。
「あの人達は、私に年寄りの後妻とか平民の豪商の妾などの縁談を探してくるでしょう」
モルガンとの婚約破棄を計画した時点で、既に探してきているかもしれない。
フローラは諦めたように、哀しく笑った。
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