第9話:変わり始める
泣いて泣いて、泣いて泣きすぎて、いつの間にか寝てしまっていた。
ふと目覚めたフローラは、外が暗い事に気が付いた。
泣いたまま寝てしまったからか、はたまた泣き疲れるほど泣いたからか、頭が重く、瞼も腫れている。
「明日から、領地に行こう」
誰に言うでもなく決意表明をする。
心配しているであろうローズを呼んで、と思って呼び鈴に手を伸ばしたところで、にわかに庭が騒がしくなった。
「誰だ貴様!」
「騎士服? その制服は特務部隊か!」
「怪しい者では無い!」
「もう! だから、明日の昼間に出直そうってば!」
一人聞き慣れない声があるが、他は全て聞き覚えの有る声。
問い詰める側は護衛二人の声で、出直そうと言っているのはアストリの声だ。
フローラの部屋は二階である。何かあれば部屋に引っ込めば良いと、ベランダへ出て、下を見る為に柵から少しだけ身を乗り出した。
暗くてよく見えないが、二人ずつに分かれて対峙しているのは判別出来た。
それにしても、一人だけ体格が違う。
護衛二人も職業柄立派な体格をしているが、アストリの横の人物は縦にも横にも大きかった。
フローラより長身のアストリよりも、更に頭一つ分は大きい。
暗い中で上から見てそう思うのだから、実際はもっと大きいのかもしれない。
「アストリ様?」
揉めているのが心配になり声を掛けると、パッと皆の顔が上を向いた。
「フローラ様!」
ホッと安心したような、どこか嬉しそうな声はやはりアストリだった。
同じように見上げてくる、特務部隊の制服を着ているらしい男性。
「フローラ?」
敬称も無くいきなりフローラの名前を呼んだゴーレムのような男性は、護衛もアストリも止める間も無く、姿を消した。
そして、柵越しに下を覗き込んでいたフローラの隣へ、いきなり音も無く現れた。
消えたと思ったら、いきなり隣に現れたゴーレム。
フローラの予想以上に大きな体は、頭二つ分は背が高い。横幅など、フローラ二人分でも足りなそうだ。
しかし顔は恐ろしいほど整っていて、これが美丈夫というものか、と驚きすぎたフローラは明後日の事を考えていた。
「泣いていたのか?」
いきなり手を伸ばされ、顔に触れられたのに。
突然隣に現れたのに。
普通に威圧感を感じるほど、立派な体格をした成人男性なのに。
フローラは恐怖も嫌悪感も感じず、その手を受け入れていた。
優しく目元に触れる親指。
硬い指先が、剣を握る者の手だと証明している。
それでもフローラは、恐ろしいとは思わなかった。
自分を見つめる優しい瞳に見覚えがあったから。
「アル? アルなの?」
フワフワなはずの金髪は短く刈られてしまっているが、空色の瞳は変わらない。
心配そうにフローラを見つめる眼差しも。
「フローラ、迎えに来た」
「婚約破棄の手続きは済んでいる」
その甘く響く声に、予想外の事を告げられ、フローラは思わず「え?」と声をあげていた。
「偶然パーティーに司法省の人間が居て、公の場での宣言なので証人も多く、撤回は出来ないと、早々に手続きに走り回っていた」
フローラの髪を優しく梳きながら、天使だったゴーレムは説明をする。
「そう……ですか」
フローラは視線を下へとずらし、顔を
「もしや、婚約破棄したくなかったか?」
髪を梳いていた手を止めて問われると、フローラは緩く首を振った。
「首が……疲れてしまって」
小さな声で恥ずかしそうに告げられて、頭二つ分は大きいアルは、そうか、と呟いた後に軽々とフローラを抱き上げた。
子供を抱えるように、縦に抱き上げて自分の腕に座らせる。
「これなら大丈夫だろう」
抱えあげられたフローラは、真っ赤になって何も言えずにいた。
「大丈夫なわけあるか! アルベール貴様! フローラ様を離せ!!」
驚いて何も言えないフローラの代わりに異を唱えたのは、護衛と共に部屋に飛び込んで来たアストリだった。
「お嬢様! 大丈夫ですか?!」
侍女のローズに執事まで、後に続いて部屋へとなだれ込んで来る。
フローラが危害を加えられていないのを確認した執事は、
「皆様、応接室へ移動いたしましょうか」
場所の移動を提案されたアル……アルベールは、フローラを抱えたまま歩き出そうとした。
「フローラ様を下ろせ、馬鹿者」
傍まで寄って来たアストリが、逞しいアルベールの背中を叩く。
伺うように見上げてくる空色の瞳に、フローラは無言で頷いた。
下ろして欲しい、の意思表示だ。
残念そうに眉を
その流れで肩を抱こうとしたアルベールの腕を払い
「行きましょうかフローラ様」
戸惑うフローラを促し、全員で応接室へと移動した。
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