真実はひとつ
第11話:当主教育
フローラの返事を聞いて固まっていたアルベールは、顔から表情を消して立ち上がった。
どこか怒りを含んだ気配を身にまとっており、フローラだけでなくアストリまでビクリと怯える。
「どういう事だ?」
アルベールの視線の先は、先程から空気のように気配を消していた執事だ。
睨まれた執事は、深く腰を折る。
「フローラ様の身の安全を優先し、まだ何も詳しい説明はいたしておりません」
執事が頭を下げるのと同時に、護衛二人とローズも同じように頭を下げていた。
「法律の、当主として必要な教育はしているのだな?」
アルベールの問いに、執事は「最新のものを」と答える。
それを聞いて、アルベールの視線がフローラへと向いた。
先程までの優しい、愛しさに溢れたものとは違う、静かで冷たい視線。
これが元々の、フローラが絡まないアルベールの正しい姿なのだろう。
「フローラ・ファビウス伯爵令嬢、家を継ぐ者は血筋が優先される事は理解しているか?」
事務的な口調に戸惑いながら、フローラは後継者教育で習った事を説明する。
フローラの説明を聞いたアルベールは、表情を崩した。
「きちんと理解していて良かった」
そう言って笑った顔は、仕事用の、相手を安心させる顔ではあったが、先程までのものとは違う。フローラの心を嫌な意味でざわつかせた。
求婚を断った
翌日。予定通りフローラはファビウス伯爵領へ向かった。
新学年までの長期休暇を領地で避暑を兼ねて過ごすのだ。秋、過ごしやすくなってから新しい学年が始まる。
物理的に
今までの生活を考えると、当然の事だろう。
栄えている港街と、自然豊かな郊外。両方を兼ね備えているファビウス伯爵領。
馬車から見える風景が見慣れた大好きな景色に変わってきて、フローラの顔に自然と笑顔が浮かんでくる。
タウンハウスの別邸に居る使用人達と同じような立場の者達。
本邸に勤める使用人は、執事を含めダヴィドとサロメが雇い入れた新参者ばかりである。
家族と不仲でも、フローラがひねくれず、卑屈にもならなかったのは、
「あれ? 私、意外と恵まれているのかしら」
フローラが自室で外出着から室内着へと着替え、ローズの淹れた紅茶を飲みながら、ふと気付いた事を口にした。
今までも家族らしい交流があったわけでもないし、期待して裏切られて辛い思いをする事が無くなるだけである。
新しい婚約の件だけは気掛かりだが、今のフローラにはどうする事も出来ない。
それならば、自由な長期休暇を楽しもう。
そう思って笑みを浮かべた時、部屋の扉がノックされた。
ローズが扉を開けると、満面の笑みを浮かべたランド・スチュワードが深々とお辞儀をする。
そしてすぐに顔を上げると、にこやかにフローラに告げた。
「フローラ様。当主として最後のお勉強をしましょうか」
笑顔なのに、目が怖い。
蛇に睨まれた蛙の如く、フローラは嫌な汗を掻きながら、何度も何度も頷いていた。
『最後のお勉強』は、フローラにとってとても衝撃を受ける内容だったが、心はとても軽くなった。
何かあった時の為に、と常に後ろにローズが控えていたのは、内容に驚いて気分が悪くなるなった時に対処出来るようにだろう。
しかし予定外に、一昨日ファビウス伯爵夫妻……フローラの仮の家族が自分達との関係性を話してしまっていたので、フローラの中には喜びしかなかった。
「アルが言っていたのは、この事なのね」
求婚を断ったフローラに、アルベールは「当主教育の内容を理解しているか」と聞いてきていた。
あの時フローラは、ダヴィドがフローラの幸せな結婚を許すはずが無い、と答えていた。
「そもそも私の婚姻に、あの人達の許可など要らなかったのね」
ポツリと呟いたフローラの言葉に、ランド・スチュワードの眉がピクリと動く。
「私、本当のお母様がお嫁に来たのだと思っていました」
フローラのこの言葉が、全てを物語っていた。
純粋なファビウス伯爵家の血統は、フローラの父親ではなく母親だった。
だからいくらダヴィドがフローラの母親と再婚していても、正当な血筋のフローラがいる限り、ファビウス伯爵にはなれない。
今はフローラの後見人で伯爵代行という身分だ。
最後の当主教育の一環で聞いた話では、ダヴィドは傍系子爵家四男で、サロメは単なる男爵令嬢だった。
ダヴィドはサロメと再婚した時点で、ファビウス伯爵家の籍から抜けていた。
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