第7話:婚約破棄




 フローラ達がレティシアを含むクラスメートと合流した時、入口付近から声があがった。

「モルガン・エマール伯爵令息とシルヴィ・ファビウス伯爵令嬢が来場されました!」

 今日は学園内のパーティーであり、呼び出しなど居ない。生徒が勝手におこなっているのだろう。しかしその声に反応し、ザッと人混みが分かれた。

 入口からフローラの所まで、人垣で道が作られる。


 無理矢理押しやられた生徒達からは不満の声が上がるが、人垣を作った生徒達は気にしていないのか、満面の笑みを浮かべている。

 自分達が押し退けた生徒の顔や身分など全然気にしていないようで、満足そうに入口へと顔を向けている。


「フローラ・ファビウス!」

 敬称も付けずにモルガンが叫ぶ。

 名前だけでなく、家名を含めたフルネームを叫ぶ事がどれだけ失礼な行為か気付いていない。

 たとえ婚約者であっても、衆人環視の中でやって良い行為ではない。


 周りの常識のある生徒達の冷たい視線になど気付かず、モルガンは自分に酔いれて続ける。

「俺はお前との婚約を破棄し、シルヴィと婚約をする!」

 モルガンの隣には、色鮮やかなドレスを着たシルヴィが居た。



 華やかで社交的な姉、冷たく内向的な妹。

 シルヴィは今の2年生や卒業してしまった3年生には、人気が高い。

 モルガンさえいなければ、と思っている男子生徒も多いだろう。


 婚約破棄を宣言したモルガンは、やりきった感満載の満足そうな顔をしている。

 その横のシルヴィは、フローラがどのような反応をするのかと、好奇心を隠しきれていない。


「この事は、両親は了承済なのですね?」

 冷静に返したフローラへ、シルヴィは胸を張って見下すような態度を見せる。

「当たり前じゃない。私がモルディと結婚してファビウス伯爵家を継ぐのよ」

「そうだ! 俺がファビウス伯爵となり、シルヴィが妻になる!」

 モルガンがシルヴィの腰を抱き寄せ、声高に宣言をした。



「素敵! やはり真実の愛は報われるのね」

 人垣から女生徒のうっとりとした声が上がる。

「邪魔者は淘汰される運命なのよ」

「そうだよなぁ。あんな冷たい婚約者なんて、俺ならごめんだ」

「醜く嫉妬して、家では家族と交流をしようともしないとか」

「社交も出来ない妻なんて、お荷物でしかないからな」


 人垣の中からフローラを嘲笑する言葉が放たれた。

 それに同意するように人垣の後ろからも笑い声が上がる。

 シルヴィの同級生達なのだろう。

 残念ながら貴族と言っても、学生時代からその立場をきちんと理解し、真実を確かめてから行動出来る者は少ない。



 フローラの隣で、アストリが小さく舌打ちをした。

 二人の後ろで、レティシアとその婚約者が冷めた視線を騒いだ者達に向けている。

 フローラが、横に居るアストリへと顔を向けた。


「婚約破棄の証人になっていただけますか?」

 フローラの問いに、アストリは頷く。

「必要ならば、私も証言しよう」

 レティシアの婚約者であるジェルヴェ・バルビエも証人になる事をフローラへ約束する。

 侯爵家の者とはいえ学生のアストリよりも、既に成人している侯爵家嫡男のジェルヴェの方が信用度が高い。

 後々何か揉めた場合、この約束がかなり重要な意味を持つだろう。


「エマール伯爵令息。貴方からの婚約破棄を受け入れます」

 フローラが背筋を伸ばし、モルガンの瞳をしっかりと見つめながら、婚約破棄を了承した。




 その後、モルガンとシルヴィを中心に盛り上がり、婚約破棄祝いだと騒ぐ者達と、パーティーで起きた事を家に報告する者達とに分かれた。

 当然、フローラは帰る事にした。

 一度別邸に帰り、パーティードレスから屋敷内で着るドレスへと着替え、何年か振りに本邸へと足を踏み入れる。


 一緒に居るのは侍女のローズだけではなく、執事と護衛の二人まで付いて来た。

 フローラ付きの執事が、本邸の執事へと声を掛ける。

「フローラ様が応接室で待っていらっしゃると、ダヴィド殿とサロメ夫人に伝えなさい」

 居丈高に命令された本邸執事は反発しようと口を開きかけたが、護衛二人に睨まれて慌てて去って行った。


「さあ、行きましょう、フローラ様」

 執事がフローラを応接室へと導く。

 大人しく付いて行くフローラの耳元で、ローズが「本邸の茶葉は安物なので、出てきても飲まない方が良いですよ」とこっそりと囁く。

 どこまでが本当の話なのかは判らないが、フローラはクスリと笑い、強ばっていた体が少しほぐれた。


 これからモルガンとの婚約破棄の報告をしなくてはいけない為に、必要以上に緊張していたようだ。

 そもそも両親はモルガンとシルヴィの婚約に賛成していたので、怒られる事は無いだろう。



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