変わる関係

第6話:時は流れる




 約一年。フローラは不貞を続ける婚約者と姉を公の場で注意し、婚約者変更か、せめて婚約解消をするようにとさとしてきた。

 両親とは顔を合わせていないが、執事を通じて婚約者の挿げ替えを何度も打診していたし、エマール伯爵宛にも何度も手紙を書いていた。


 しかし、何も関係は変わらず、それどころか学園内では、フローラが婚約解消を嫌がっているかのように噂されていた。

 あれだけ公の場で諭しているのに、と思わないでもないが、そこはシルヴィとモルガンが口裏を合わせているのだろう。


 そこで救いなのが、アストリやレティシアは勿論、他の同級生はフローラの味方でいてくれる事だ。それにモーリアック侯爵家やバルバストル伯爵家、そして二人の婚約者の家はフローラの方を信じていた。


 シルヴィとモルガンの味方になっているのは、伯爵家でも低位に位置する家門や下位貴族の子女が多い。

 貴族の契約結婚の重要性を、正しく理解していないのかもしれない。

 まだ学生だから……そう軽く考えている可能性も高かった。




 今日は学年最後の終業式である。

 3年生の卒業式は既に終わっており、今日は1年生と2年生しかいない。

 そして式の後は長期休暇に入り、休暇明けから新学年となる。

 学年最後の終業式となる為に、在校生全員が講堂へと集まっていた。

 午前中につつがく終業式は終わり、一度皆帰宅する。夕方にもう一度集まり、パーティーが行われるのだ


「まぁ、が?」

 見覚えの無い女子生徒がフローラを見てクスリと笑った。

「でも今日までなのでしょう?」

 同じようにフローラを見て数人の女生徒がクスクス笑う。

 敵意というよりも見下したような、フローラを馬鹿にしている態度。


 講堂を出ようとしていたフローラを見て、嫌な笑いを浮かべる2年生の生徒達。

 類は友を呼ぶ、とはよく言ったものだと、フローラとその友人は冷たい視線を向けるだけだった。



 屋敷に戻り昼食を取った後は、パーティー用のドレスへと着替える。

 本来ならば婚約者であるモルガンが用意すべき物だが、送られてくるはずもなく、優秀な使用人によって用意された物である。

「素敵なドレスね」

 フローラが言うと、ローズが頑張りましたと笑う。


 伯爵家として相応しい上品なドレスは、先代から付き合いのある洋品店で作られた特別注文仕立オートクチュールである。

 フローラは知らない事だが、シルヴィもその母サロメも、この店では高級既製品プレタポルテまでしか買えない。

 今日のドレスはモルガンが贈るだろうが、今フローラが着ているものよりも確実に等級グレードは下がるだろう。


「エスコートはどうなさるのですか?」

 ローズが心配すると、フローラは満面の笑みで応える。

 学園内の小さな行事の為、学外に婚約者がいる者などはエスコート無しの場合も多い。

 今日はアストリも一人の為、一緒に行動する約束をしていた。




 約束の時間に会場入口へ行くと、まだアストリは来ていなかった。

「フローラ様」

 声を掛けてきたのは、婚約者と共に来たレティシアである。

 ふんわりとした雰囲気のレティシアにとても似合う淡い色のドレスは、婚約者の瞳の色に近い水色をしている。


 婚約者との挨拶は後ほど会場内で、と約束をして二人を見送った。

 周りからの同情と嘲笑の混じった視線を浴びながら、フローラは背筋を伸ばしてアストリを待っていた。

「お待たせしました。フローラ様」

 聞き慣れた声に振り返ると、フローラの前に居たのは見習い騎士の少年……の格好をしたアストリだった。


「フローラ様のエスコートなので、兄の服をこっそり拝借してきた!」

 まだ新品に見える騎士服は、正式な場には着られないが学園の終業式後のパーティーならば大丈夫だろう。そもそも女性がドレス以外でパーティーに出られるのは学生時代だけだ。


「まぁ! アストリ様、とても素敵です」

 フローラが素直な感想を口にする。

 長い金髪を後ろで一つに結んでいるアストリは、騎士服も相まってフローラの記憶の中の天使を彷彿ほうふつさせた。


 しかし、フローラが楽しく幸せな気分でいられたのは、この時までだった。



 パーティー会場へアストリのエスコートで足を踏み入れると、異様な雰囲気に包まれた。

 中へ進むと、まるで逃さないとでもいうように、2年生の一部の生徒が入口を塞ぐように移動する。


「変な空気だな」

 アストリが呟く。それに対し、フローラは無言で頷き、アストリの腕に添えられた手に無意識に力が込められていた。

「フローラ様、アストリ様!」

 レティシアに呼ばれ顔を向けると、同級生達が固まっていた。

 皆の表情から戸惑いが窺えた。



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