第7話 天空の翼

隼人はエジプト王家の王子として次のファラオに即位することが約束されていた。

ある時、彼は砂漠の先に碧く光り輝く湖を見つけた。そして、その向こうには深緑の山々が広がっているのだ。これまでナイル川に沿って旅することは度々あったが、一人で砂漠を横断して旅するのは今回が初めてだった。ラクダに跨った隼人は、その湖の水で乾く喉を潤したいと思い、先を急いだ。しかし、進めど進めど湖は遠ざかって行くばかり。そのうちに湖や山々は消え去り、そこにはやはり茫洋とした砂漠が広がっているだけなのである。隼人はこれが蜃気楼というものなのだと思い知った。

しかし、よく見るとその先に小高い丘があり、その麓の周りには少しばかりの緑が見える。近づいて行くと、小さな泉と緑の木々に隠れて洞窟のような岩陰が見えた。なんとオアシスではないか。隼人は嬉しくなりラクダを降りて、泉でラクダと共に喉を潤すと、ラクダの背に下げた皮袋にも水を満たした。そして、木陰で日差しを凌いで暫く休憩を取ることにした。いつの間にかうたた寝をしてしまった隼人は、ゴトゴトという馬車の音に気付いて目を覚ました。すると、数人の男たちが岩に向かって何か唱えているではないか。隼人は気づかれないようにそっと陰に隠れて耳を澄ませた。

「へそのゴマ!」

隼人にはそう聞こえた。

すると、岩の割れ目が大きく開き、その先には洞窟が見えた。そして、男たちは我先にと中に入って行き、しばらくすると割れ目は閉じてしまった。

隼人は男たちが戻って来るのを待った。1時間ほど待っただろうか。男たちは洞窟に入った時と何も変わらない様子で再び戻って来た。しかし、皆幸せそうな笑みを浮かべ、馬車に戻るとどこかへ立ち去って行った。

隼人は、男たちの姿が見えなくなってから、その岩の前に立ち、同じように呪文を唱えてみた。

「へそのゴマ!」

すると、やはり同じようにゴゴーという音と共に岩の割れ目が大きく開いた。

隼人が恐る恐る岩の奥の洞窟の中に入ってみると、少し先に光が見え、それを追って行った先に、華やかな風景が広がっているではないか。そこには草花や木々が生い茂り、木々には甘い香りの果実が実り、小鳥がさえずり、清く澄み切った小川が流れ、噴水広場を中心に街が広がっているのだった。

隼人は古代都市エデンの園に立っていた。

そこでは誰もが好きなものを食べ、永遠の生命を約束されている。

男と女の神々がおり、愛に満ちているが、生殖機能は持っていないのだ。


すると、空を飛ぶ白い龍が現れた。「ハク」と言った。

彼は地上に降りてきて、隼人に挨拶した。


「私はハク、大空を司る者だ。ここでは見かけない顔だが、君の名前は?」

「私は隼人。エジプトの王子でナイル川の畔からやって来た。」

「隼人、では歓迎の意味を込めて、君が望むものを一つ与えよう。欲しいものを言ってごらん。」

隼人は、ハクのように大空を飛んでみたくなった。

「私はあなたのように空を飛べる翼がほしい。」

「なるほど、君の望みを叶えよう。」

ハクはそう言って、隼人に白い息を吹き掛けた。

すると、隼人の背中に翼が生え、羽ばたきすることができるようになった。

隼人はハクの後を追って大空に舞い上がった。空は隼人に自由を与えてくれた。

ハクは煌めく星を追って彗星になった。そして、尾を引いては宇宙を彷徨いながら大掃除をするのがマイブームになって行った。

隼人は惑星になった。輪を纏ってガイアと共に太陽の子になったのだ。


それから何千年の月日が過ぎたのだろう。隼人はエジプトが恋しくなった。エデンの園に降り立つと、遠い記憶を呼び覚まして舞い込んだ世界からの復活の方法を思案した。

「そうだ、砂漠だ。あの時蜃気楼と共にオアシスを発見して・・・。ヘソだ。ここはこの星のヘソなのだ。」

隼人は噴水広場を横切って、東方へ進んだ。すると、木々に隠れて大きな岩の割れ目が見えた。

「へそのゴマ!」

隼人がその岩の前まで行き、そう唱えると、やはり割れ目が開き洞窟が現れた。彼は迷わず洞窟の中に入り、一筋の光を追った。そして、光の先に見えたものは、女神だったのだ。そうだ、そこにあったのは自由の女神・・・。右手は世界を照らす松明(たいまつ)を掲げ、左手には智による開放を記した独立宣言書が携えられていた。

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