第5話 無念の恩賞

隼人は、時々、何が正義なのかわからなくなる時がある。これまで、長い間、一心に主君に仕えてきた。主君の命令とあらば容赦なく多くの罪もない人命をも殺めて来た。その相手が自分の親族や友人、上司、同僚であろうとも。

ところが、微音(かすね)と出会ってからというもの、彼の心に小さな明かりが灯り始めたのだった。


百戦錬磨の剣豪として名を馳せた隼人であったが、ある時、川を隔てた戦の最中、敵方の矢を右肩に受け瀕死の重傷を負ってしまった。隼人は辛うじて追手を逃れある山里の一軒家に辿り着いた。中に押し入って抵抗あらば切り捨て、そこに身を隠すつもりであったが、家の中から現れた娘の瞳に彼の張り詰めた氷のような心が瞬く間に解けていくのを感じた。娘の名は微音と言った。彼女は隼人を見るなり、事の真相を察して彼の傷ついた心身を優しく癒すように、家の中に連れて行き、傷の手当をしてくれたのだ。彼女の父親は娘の身を案じて彼をすぐに放り出すよう忠告したが、彼女は奥の隠し部屋に意識を無くした彼を横たえ、匿ったのだった。程なく、追手が訪ねてきたが、彼女は父親とも口裏を合わせて、体よく追い返してしまった。


それから、三日が過ぎ、彼女の献身的な看病の甲斐もあり、隼人の意識が戻ると、やがて傷も癒えて行った。

隼人が目を覚ますと、微音はお粥を作って彼の枕元に置いた。

「お気が付かれて本当に良かったわ。どうぞ、冷めないうちにお粥でも召し上がってくださいな。」

「かたじけない。既に世を捨てた身だが、そなたのお蔭で私も生き長らえた。この恩は決して忘れない。」

隼人はそう言って、立ち上がろうとしたが、まだ、傷が深く思うように動けなかった。

「その身体ではまだ無理です。どうか、傷が癒えるまでゆっくりして行ってください。」

「しかし、それではそなたたちに迷惑がかかる。」

「大丈夫です。ここは人里離れた山奥の一軒家ですから、もう、追手はやって来ますまい。」


それからひと月が過ぎて行った。隼人も歩き回ることができるまで回復していた。

微音との語らいの日々に隼人の心は幸せというものがどのようなものかを知る。


すっかり傷も癒え、隼人は微音にこれまでのお礼と共に契りの約束をする。

「主君に存命の報告をしたら、すぐにそなたを迎えに来るから、私と夫婦(めおと)になってはくれまいか?」

微音は少し頬を染め考えてから、笑顔で返事した。

「ありがとうございます。でも、ここでずっと過ごしてください。そうでないとあなたはもう戻って来ないような気がします。」

「そんなことはない。私は必ずそなたを迎えに来る。」

微音はしぶしぶ隼人を見送った。


それから、ひと月が過ぎた。隼人は城に戻り、その後の経緯を主君に報告し、その際手当してくれた娘と祝言を挙げたいと申し出た。

主君は、表面上は彼の事情を斟酌して納得し、恩賞を与え祝福してくれたように見えた。

しかし、隼人が城を出たところを多勢の刺客に襲われ、剣の腕前には自信のある隼人であったが、遂に命を落としてしまった。


微音は、待てども待てども戻らぬ隼人の身に何か嫌な予感がしていた。

そんなある日、城の者が訪ねてきて、紙に包まれた隼人の髷(まげ)を渡し、申し伝えた。

「隼人どのは、自らの戦における失態を恥じて潔く自害なされた。これは彼の遺品だ。受け取ってほしい。」

微音はその場で泣き崩れた。

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