月の開拓者募集

海湖水

月の開拓者募集

 『国は月への移住者を募集しています』


 そんなポスターが、私の会社にもやってきた。

 地球上では人類が増え続け、20年ほど前から言われていた抑制策も全く意味をなさず、政府は残り5年で地球上に住むことが可能な、人類の数を超えると発表した。


 「だからって、月での生活がうまくいくかもわからない状態で、月への移住者の募集なんて、人間の数を減らすためにやってるみたいなもんじゃねえの……っていけねえ。壁に耳あり、障子に目あり、だな」


 隣の席に座る先輩がポスターを眺めながらつぶやいた。

 確かに先輩の言うことも理解できる。

 政府としてはどちらでもいいのだろう。人間が減らせるのならば、月で幸せに暮らしていこうとも、月で野垂れ死のうとも。


 「これ、私たちが町中に貼らなきゃならないんですか?面倒ですよね。募集しても来る人なんてほぼいないでしょうに」

 「それはそうだ。まあ、皆、心の中に『他の誰かがしてくれる』って感情をもってるからな。もちろん、俺もそうだぜ」


 いつの時代も金持ちは、いろいろな「特別」を欲しがるものだ。月の土地、それも世界の富豪にとっては対象なのだろう。私はそんな人たち相手と取引を行っていた。


 「私たちの客層的には絶対に月に行きたがる人なんていないですよ」

 「でも、このポスターは町中に貼るぞ。政府からのご命令だしな」


 少しうんざりしたような顔で、先輩は私に言った。どうやら、こんなものに効果があるとは到底思えないのは、先輩も同じらしい。

 少しあきれたような先輩の言葉を聞くと、私はポスターを三分の一もって、町へと駆け出した。


 


 スカートが歩きにくい。もう少し歩きやすい服装で来ればよかった。

 壁にポスターを貼り付けながら、私はそんなことを思ってため息をついた。

 なぜ、ありとあらゆるものが電子化された現代で、ポスターを貼ろうなどという、意味の分からない行動に出たのだろうか。


 「つい最近、怖くなってきたわね~。いろんな国がギスギスしてるの見てると、戦争になっちゃうんじゃないかって……」


 ポスターを貼っていると、少し離れたところで喋っている50代くらいの女性の話声が聞こえてきた。

 他の国との関係が悪化してきているのは、もう繕いようのない事実となった。そのようなことも、政府が月への移住を進めようとする理由なのかもしれない。少しでも、他の国との宇宙開発で優位に立っておきたいのだ。


 「戦争が起きることを見越して、月に移住するのもありかも……」


 私はそんなことを考えると、残りのポスターを貼り終えるために歩き出した。



 『月への移住を検討されている方は、是非、弊社にご連絡ください』

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