67.ジルコも知らない彼の話



 女性が議場と言っていた場所は、大きな円卓のある場所だった。

 エリアーナとジルコは、適当な椅子に座る。

 彼女は座らずに演台へ向かった。

 腰に付けた鞄から、いくつかの水晶を取り出したようだ。

 どこから取り出したのか、まるでマイクのような声を拡声する魔導具まで用意されていた。

 

 (……何だろう、プレゼン的なものが始まるのかな)


 どんな心持でいればいいのか、いまいち分からず、首をかしげてしまう。

 ジルコを見れば、眉間にしわが寄り過ぎて、まるで女性を睨みつけているようだ。

 おそらく、怒っているのではない。

 彼女の行動の意図がよくわからないのだろう。

 完全に同意だ。


「では、まず自己紹介からいたしましょう。

 私はハインス。

 エルフの森を治める『長』の一族の者です。

 先代の長は、私の、いや私とジルコの父親でした。

 ……父は18年前にこの世を去りました」


 頭の中が『?』でいっぱいになる。

 ジルコの父は、ジルコが14歳のときに亡くなったと聞いた。

 18年前だと、辻褄が合わない。

 ジルコは現在18歳だったはずだ。


「そう言われても信じられないわよね。

 写し絵を見たら、少しは信じてもらえるかしら」


 ハインスが水晶を一つ、手に取った。

 それが円卓の中央に映し出される。

 まるで前世見たSF映画の、ホログラムのようだ。


「これはあなたが生まれたときに撮られたものよ。

 父と母と赤子のジルコ、そして12歳の私ね」


 それは森を背景に撮られた、幸せそうな家族写真だった。

 写し絵の男性を見て、息が止まる。

 そこに写っていたのは、10歳程度歳を重ねた長髪のジルコだった。

 その男性の前で椅子に腰かけ、赤子を抱えている女性は金髪だ。

 とても優しく微笑んでいる。

 女性の隣には、銀色の髪の美しい少女が少し緊張した顔で立っていた。

 この少女がハインスなのだろう。

 

「家族4人の写し絵はこの一枚しかないの。

 この数日後に、父は殺されたわ。

 自分の双子の弟にね……。この男よ」


 ハインスが違う水晶を手に取る。

 映し出される映像が変わった。

 そこに写った男性は、先ほどの写し絵の男性によく似ていた。

 でも、明らかに目が違う。

 冷え切った、まるで世界を憎むような眼だ。


「彼の名はザンテ。エルフ至上主義で冷血な男よ」


 ハインスの声が冷たいものに変わった。

 この映像の男性が、よほど憎いのだろう。

 

「代々、エルフの森や里は、銀色の髪を持つ私たち『銀の一族』が治めてきた。

 ジルコも自分のことだからわかると思うけど

 私たちは魔力が高いだけじゃなく、状態異常になりにくかったり、回復速度が速かったりするわよね。

 それは『銀の一族』の能力なの。

 エルフは、魔力の高さをとても重要視するわ。

 だから我々が長として、森に住むエルフたちをまとめる役割を担ってきた。

 森の外とも適度に交流を持ち、平和に暮らしていたの。

 ……でも、それをザンテが壊した」


 ハインスは映し出されているザンテを睨みつけた。

 その表情は、奴隷商バンバンの元で見た写し絵のジルコとそっくりだ。

 彼らが姉弟だというのは、嘘ではないのだろう。

 

「エルフはどうしても話し合いで解決できない場合、魔法勝負で決着をつける風習があるの。

 それを利用して、彼は長の座をかけ、父に決闘を申し込んだ」


 そう言うと自分を落ち着かせるためだろう。

 深く息をついた。

 

「父は里の中で、一番魔力が高かったわ。

 それだけじゃなく、剣の腕も立った。

 最強の魔法剣士と言われていたのよ」


 父親のことを話す声は誇らしげだ。

 でも彼女の表情は一気に悲しげなものになった。

 

「……それなのに、ザンテに負けた」


 その時の様子を思い出しているのかもしれない。

 とても辛そうに唇を噛んだ。


「あの日の父はいつもと違った!

 魔法も弱々しく、機敏に動くこともできなかったの。

 今までそんなこと一度もなかったのに、絶対におかしいと思った。

 でも、子どもだった私の声に耳を傾けてくれる人はいなくて、結局……」


 ハインスの閉じられた瞼から涙がこぼれた。

 目の前で父親を殺されたのだ。

 辛くないわけがない。

 

「ザンテは父を破った後、すぐに長の座に就いた。

 そして、森を完全に封鎖したの。

 他種族が森に入るのを禁じ、自分に盾突く者は里から追い出した」


 ハインスの話から、当時の混乱が伺えた。

 そんな勝手が許されるほど『長』は絶対的な存在なのだろう。

 

「彼は実の兄すら殺した。

 その子どもを殺すことも厭わないだろうと

 母は、あなたを父の右腕だったカルークに預けたの。

 国を出て、二度とミューグランドへ戻らないよう命じてね。

 あなたはカルークに育てられたのでしょう?

 彼は、亡くなったと言ってたわね……。

 いつ逝ってしまったの?」

 

 ジルコは焦点の合わない目をしている。

 完全に理解が追い付いていないのだろう。

 答える様子もない。

 机の上に置かれた彼の拳へ、そっと手を重ねる。

 ぴくりと動き、ゆっくりとこちらを見た。

 少しの間、エリアーナの顔を見つめるとぎゅっと目を閉じた。

 心配になり見つめる。

 でも次に目が合った時には、すでにいつものジルコだった。

 力強い深緑の瞳が『もう大丈夫だ』と言った。

 

「親父は4年前に、俺を魔物から庇って死んだよ。

 あんたが何と言おうと、カルークは俺を育ててくれた父親だ。

 血は繋がってないかもしれないが、それは譲れない」


 ジルコは軽く睨むように、ハインスを見た。

 彼女はそれを受けても、たじろぐ様子はない。

 むしろ、優しく微笑んだ。


「えぇ、それを否定するつもりはないわ。

 カルークは最後まで、あなたの父として立派だったのね。

 里にいたとき、よく遊んでもらったのよ。

 とても強くて優しい、立派なエルフの戦士だった。

 ……実はね、あなたたちが冒険者ギルドで会ったエルフの男性は

 カルークの歳の離れた弟なのよ。

 あまり似ていないから、気づかなかったかしら」


 ジルコが目を丸くして、首を横に振った。

 全然気づかなかったようだ。


「……彼、私の恋人なの。

 公にはしていないのだけどね。

 このことを知ったら、きっとザンテは怒り狂うでしょうね。

 彼、私を東にあるエルフの国の王族に縁付かせようと、躍起になってたのよ。

 フフ、でも相手にされなくてね。

 今は妾の一人でいいからって、交渉してるんですって。

 ……本当、傲慢で愚かだわ」


 ハインスは笑いながらも、憤っている様子だ。

 きっと、ザンテという人に振り回されてきたのだろう。

 

「私が殺されなかったのは、自分の駒になるかもってザンテが考えたからよ。

 それに、万が一にもおかしな気を起こさないよう、母を幽閉して人質にしてるの。

 あいつは、私たち家族を壊した!

 それだけじゃない。

 森の植物や動物たちを資金に変えて、それを兵器の開発に充ててるの。

 古代魔法を使った、強力な魔法兵器よ。

 あいつは究極のエルフ至上主義者。

 エルフ以外の人や亜人を毛嫌いしてる。

 それが完成したら、たくさんの人が悲しい思いをするのは目に見えてるわ!」


 話が大きくになってきた。

 どうやらこれは、単なるお家騒動ではない。

 ジルコを見れば、自分同様、話を飲み込みきれていないようだ。

 真剣な表情をしながらも、少し首をかしげていた。


「残念だけど、私ではザンテには敵わない。

 でもあなたならきっと、あいつを倒せる」


 ハインスは、かッと目を開き、こちらを見た。

 ジルコと二人、思わずたじろぐ。

 

「プレシアス王国でのことを、恋人から聞いたわ。

 冒険者ギルドは国関係なく、情報を共有しているの。

 グラメンツやノーガスという町で大活躍したようね。

 素晴らしいわ!」


 ……冒険者ギルドの個人情報の管理は、本当にどうなっているのだろう。

 信用することがどんどんできなくなっていく。

 半目になり、ため息が出ても無理はないだろう。

 

「どうかその力を、私たちに貸してくれないかしら」


 いつの間にかハインスは、机の向こう側に立っていた。

 そして、机の上に手をつき、グイッと身を乗り出す。

 

「もし、ザンテを倒すことに協力してもらえるなら

 差し出せるもの、何でも用意するわ!

 どうか、お願い。

 私たちを、この森を救って!!」


 逆に、ジルコと二人身を反らした。

 この姉、圧が強い。

 綺麗なだけに、真剣な表情で上から見下ろされると、怖かった。

 目を合わせていられなくて、視線を落とした。

 ハインスの腰にある鞄から、水晶がのぞく。

 これも魔導具なのだろう。

 光る小さな古代文字が漂っていた。

 そこで、ふと、思いつく。

 もしこれが可能なら、彼を自由にできる。

 

「……それは命がけで、そのザンテというやつと戦えってことだよな。

 それなら、俺に決定権はない。

 知ってると思うが、俺はエリアーナと隷属魔法で結ばれてる。

 だから、勝手に命をかけるようなことを引き受けたら、誓約に引っかかる可能性がある」


「たしかに『自傷や自害は行えない』と誓約にあるわね……。

 では、エリアーナさん。

 あなたに乞うわ。

 どうか、ジルコがザンテと戦うことを許してもらえないかしら。

 さっきも言ったけど、できる限りのお礼をします。

 だから、どうかお願いします!」


 そう言って、ハインスはエリアーナに頭を下げた。

 美しい銀糸の髪が揺れる。

 それを少し見てから、ジルコの方を向いた。


「本音を言えば、私はジルコさんに傷ついてほしくありません……。

 でも彼がそれを望むなら、その依頼引き受けるべきだと思います」


 それを聞いて、ハインスが頭を上げた。

 嬉しそうな顔でこちらを見ている。

 

「あと、打算もあるんです。

 エルフは魔法の研究を、ずっと昔から続けてきましたよね。

 隷属魔法に関する知識を何か、ご存じありませんか?

 ジルコさんは騙され、永続的な隷属魔法をかけられました。

 それを解除したいんです。

 彼は、何も悪いことなどしていません。

 こんな理不尽な目に遭っていい人ではないんです。

 だから……」


 ハインスは思案顔を浮かべた。

 どうやらすぐに思いつくものはなさそうだ。


「ごめんなさい。私自身は全く心当たりがないの。

 でも、エルフの里の魔法研究所には、歴代の報告書や研究結果があるわ。

 隷属魔法は魔法創生期から、基本の形は変わっていないの。

 だから、部類的には古代魔法に近いのよ。

 一部のエルフは、古代魔法の研究や解明に心血を注いでいるからね。

 きっと隷属魔法に関することも、研究所内にあると思うわ」


 希望が見え、嬉しくなる。

 明るい顔でジルコを見れば、少し困ったような笑顔を浮かべていた。


「俺のことは、別にいいのに……。

 でも、ありがとな。

 アンタがそこまで考えてくれてるのは、正直に嬉しいぞ」


 頭をくしゃっとされた。

 くすぐったいような、でも心地いい感覚に、ふやけるように笑ってしまう。


「フフ、二人は本当に仲がいいのね。

 ……ジルコがザンテを倒せたなら

 魔法研究所内の情報を自由に使用できる権利を差し上げるわ。

 それで、協力をしてもらえる、ということでいいかしら」


 ジルコと目を合わせる。

 彼に向け、ゆっくりと頷いた。


「……あぁ、構わない。

 そいつを倒して、胸張ってキリエ村に行こう」


「はい!逃げも隠れもせず、この国で暮らしましょう。

 ジルコさんの、隷属魔法を解除して、自由になったうえでね」


 こうして、新たな目標ができた。

 自分たちの未来のため、ついでにエルフの森のためにも、打倒『ザンテ』を目指す。

 ジルコと拳をぶつけ合い、気合を入れたのだった。




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