68.もう一度ナッツ村へ



 ハインスから話を聞いてから数日が経った。

 ザンテを長の座から退かせるため、ジルコが魔法勝負を挑む。

 その勝負を行うためには、幽閉されているハインスたちの母を救出する必要があった。

 現在その計画を練っている最中だ。

 といっても、エリアーナがエルフの里のなかのことを知るはずもなく、できることは怪我人の治療くらいしかなさそうだった。

 ジルコはザンテとの戦いに備え、エルフの戦士たちと訓練をしていた。


 『エルフの戦士』というのは、エルフの森の中にあるダンジョンで魔物を退治する役目を負った人たちだ。

 ジルコの育ての親であるカルークも、元はエルフの戦士だったと聞いた。

 先代の長の補佐をしつつ、ダンジョンでの魔物退治でも活躍していたそうだ。


 キリエ村の村長へは、ニーナからもらった飛紙をすでに送ってある。

 さすがにエルフの森にいるとは書けなかったので、ナッツ村で依頼を受けたため到着が遅れると知らせた。

 それなら、キリエ村の村長を心配させずに済むだろう。

 ザンテを倒すという目的を達成するまでは、のどかな海辺の村でのスローライフはお預けだ。


(あー、太陽が懐かしい……。もうずっと外に出れてない)

 

 少しでも太陽の光を浴びようと、天井に空いている穴を見上げる。

 ずっと神殿のなかにいるのも辛いものがあり、時々洞窟内を散策していた。

 この洞窟は里からは遠く離れた、森の中にある。

 でも存在を知るもの以外、認知できない魔法がかけられていて、ハインスの仲間以外入れない。

 先代の長が子どもの頃、カルークとともにこの場所を見つけ、彼らの『秘密基地』にしたそうだ。

 ちなみに、ザンテはこの場所を知らない。

 子どものころから、兄弟仲は悪かったようだ。

 

 その秘密基地は現在、ザンテによって里から追い出されたエルフたちの避難所になっていた。

 

「あ、あの白い鷲。洞窟の中にも来るんだ」


 その大きな鷲は、ハインスの元へ降り立った。

 脚に書簡が括り付けられている。

 それを真剣な表情で読む彼女の元へ近づいた。


「……何かよくないことが書かれていましたか?」


 読み終わるのを待ってから話しかけた。

 表情からは、手紙の内容まではわからない。


「何とも言えないわね。

 ザンテの密偵をしてくれている仲間からよ。

 最近、見覚えのない女が、ザンテの周辺にいるらしいの。

 でも話すときは必ず二人になって

 防音魔法も使われるから何者なのかわからないって……。

 まぁ、彼女の正体が何であれ、やることは変わらないわ。

 母を救い出し、ザンテを倒す。

 それが最優先よ」


 そう言って、白鷲を優しくなでた。

 手から魔力を感じる。

 魔力を譲渡しているのだろう。

 どうやらこの鷲は、彼女の従魔のようだ。


「私、従魔化した魔物初めて見ました。

 かなり相性がよくないと、無理ですよね」


 従魔化とは『高い魔力を持つ魔物が、主人と認めた場合に起こる現象』だ。

 そう安々と起こることではなく、知識としては知っていたが、本物を見るのは初めてだった。


「この子は『ヴェル』よ。

 この森のダンジョンで生まれた鷲型の魔物なの。

 でも他の魔物に襲われ、逃げてきたところで出会ってね。

 子どもだった私は最初魔物だと気づかなくて、普通に回復薬で治してあげたの。

 それ以来、従魔になってくれたのよ」


 白鷲はなでられて心地よさそうだ。

 猛禽類の意外な表情に、かわいいと思った。


「たしか従魔となった魔物とは、念話できるんですよね。

 どんな感じなんですか?」


 鷲に人の言葉が話せるのだろうか。

 それともハインスが鷲語を話すのか。


「私の言葉は通じるんのだけど、ヴェルから伝わるのは『感情』かな。

 初めの頃は意思の疎通が難しかったけど

 今は、誰よりもお互いのことが理解できる存在よ。

 フフ、あなたとジルコも同じなのかしら」


 自分とジルコの関係。

 ハインスと白鷲。

 ……一緒だろうか。


「うーん、どうでしょう。

 少なくとも、ジルコさんは私になでられても

 そんな風に、うっとりとはしないと思います」

 

 ジルコを優しくなでる想像をする。

 ……頭の中の彼に、呆れた目を向けられた。


「フフ、どうかしらね。

 本音では、あなたに甘えたがっているかもよ」


 この綺麗なお姉さんは、自分とジルコの関係をどのように考えてるのだろう。

 甘さなどない関係なのだが、きっと訂正しても誤解されたままな気がした。


「もう、からかわないでくださいよ。

 そんなことより!

 ハインスさんにお願いがあるんです」


「何かしら?恋の相談?」


 ハインスはどうしてもそっち方向の話に持っていきたいらしい。

 しかし、お断りだ。


「違います!

 私、ここへ来る前、魔物のことで困っていたナッツ村に

 魔除け魔法を施してきたんです。

 その後どうなったか確認しに、一度村へ行ってもいいですか?

 ジルコさんは姿見られるとまずいですけど

 私一人なら、問題ないと思うので」


 それは建前だ。

 本音は、外が恋しい。

 あと、エルフの食事は薄味なので、少し違うものが食べたかった。


「ナッツ村のこと、ジルコから聞いたわ。

 モ・スーラが村で育てた魔ルビアを目当てに、来ていたみたいね。

 ……それも、ザンテの影響だわ。

 普段モ・スーラが食べる魔法植物を、この時期は値が上がるからと乱獲するのよ。

 だから夏の間、モ・スーラがその村にやってきていたんだと思う」


 ザンテという人は、どこまで利己主義なのだろう。

 森の外にも迷惑がかかっているのに、やりたい放題だ。

 直接会うことがあったら、一発ビンタをいれたい。


「……それに、ずっとここに籠りきりだし

 少し気晴らしも必要よね。

 私が転移水晶で送り迎えするから、いってらっしゃい」


 外出許可をもらえた!

 短い時間でも、気分転換には十分だ。

 一緒に行けないジルコには、何かおいしい物を土産に買おう。


 ……

 …………

 ………………


 ナッツ村の村長の元へ行き、その後の経過を聞いた。

 魔除け魔法をかけて以降、モ・スーラは来ていないそうだ。

 今では安心して午後も収穫ができると、またしても泣かれた。

 さらなる報酬を渡そうとしてきたので、丁重に断りお暇した。

 

 ハインスの迎えの時間まではまだ余裕がある。

 となれば、やることは一つだ。


「うん!鶏肉のカシューナッツ炒め最高!」


 ナッツ村に来たのに、まだ『ナッツ』を食べていないことを思い出し、村に一軒だけあった中華料理のお店へやってきた。

 正確には中華ではなくチーカ料理だ。

 ミューグランドの周辺にチーカという国があり、そこの料理なのだが、味見た目ともに中華料理だった。


「ごはんおかわりしようかな……。

 でもゴマ団子も食べたいしなぁ」


 そんな悩みを抱えつつ、店内を見た。

 昼ではないからか、エリアーナ以外人がいない。


 ―― ガラガラッ


 店の戸が開く。

 振り返ると、客が一人席に着いていた。

 暗い色の外套を頭からすっぽり被った人物だ。


(……この国の人は、あの姿になにも思わないのかな)


 出会った時のハインスを思い出す。

 彼女も頭すっぽり姿だった。


(あの姿、怪しかったよねぇ。完全に不審――)


 急に、指に力が入らなくなった。

 手に持っていた茶碗と箸を落としてしまう。

 床に落下し、派手な音がした。


「な、で……」


 それだけではない。

 口が動かない。

 というか、体が動かなかった。


 ―― グシャッ!


 気づいた時には、鶏肉のカシューナッツ炒めに顔面から突っ込んでいた。

 目に汁が入って痛い。

 動けないだけで、感覚はそのままだった。


(な、なに?これは、何がどうなってるの!?)


 完全にパニックだ。

 自分の身に何が起きているのか理解できなかった。

 指一本動かせない。

 息も苦しいが、何とか呼吸はできていた。

 

「フッ、フフフフフ……。アハハハハハ!!

 綺麗なお顔の元聖女様も、食い物まみれだと滑稽ね!」

 

 後ろの方から女性の声が聞こえた。

 おそらく、入ってきた外套の客だ。

 ……聞き覚えのある声だった。

 席を立ち、こちらにやってくる音がする。


「村に来た時からずっと見てたけど、あなた一人でしょ?

 まさか、こんな幸運なことが起こるなんて……。

 やっぱ私の日ごろの行いが、いいからかしらねっ」


 髪を乱暴に掴まれ、頭を持ち上げられた。

 かなり痛い。

 泣きそうだ。

 それよりなにより、顔を覗き込む相手に息を呑んだ。


「また、会うとは思わなかった?」


 そうニヤリと笑ってみせたのは、ルーフィアだった。




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