66.エルフの隠れ家へ行きました



 目の前の女性を見て、ジルコを見る。

 その動作を何度も繰り返してしまった。

 自分の目を疑うくらい、そっくりだったからだ。


「エルフはみなさん美しいですが、こんな美人さんは生まれてから二度目です。

 ……ジルコさん、お知り合いですか?」


 女性を見たまま動きを止めていたジルコの眉間にしわが寄っていく。

 怒っているというより、理解に苦しんでいるのだろう。


「いや、エルフの知り合いは死んだ親父とルーフィアくらいだ。

 この国に来たのも初めてだし、こいつに会ったことはない」


「……記憶になくて当然です。

 最後に会ったのは、もう18年前ですから。

 私もまだ子どもでしたし、あなたは赤子でしたね」


 彼女の話が本当なら、ジルコはこの国で生まれたということになる。

 事情があり、彼の父は国を出たのだろうか。

 何にせよ、目の前の女性の容姿を見るに、ジルコの血縁者なのは確実な気がした。

 

「詳しい話をしたいので、私と一緒に来てくれませんか?

 拠点へご案内します」


 彼女を信じるなら、ついて行くべきだろう。

 ジルコの事や、彼の父親のことを聞けるかもしれない。

 でも怪しくないと言えば嘘になる。

 なぜこの村に自分たちがいると知っているのかも、種明かしをして欲しいところだ。


「……ついて行かない場合、どうなる」


 静かな声でジルコが聞いた。

 さすがにもう剣から手を放していたが、怪訝そうな表情はそのままだ。


「できるだけ早く、ミューグランドを出てください。

 あなたはこの国にいると、間違いなく命を狙われます。

 でもここにいたいなら、私の話を聞くべきです」


 思わずジルコと顔を見合わせてしまった。

 ジルコの父が言っていた『大変な目』というのは『命を狙われる』ということなのかもしれない。

 せっかく見つかった移住先を、もう失うのか……。


(でもジルコさんの命が危ないのに、この国にこだわる必要はないのかもしれない)


 家はまた探せばいい。

 大切な相棒には、代えられない。

 ニーナたちのことが頭をよぎらないわけではなかったが、ジルコの安全が第一だ。


「危険を冒してまで、ミューグランドにこだわる理由はありません。

 また一からおうち探ししましょう。

 別に時間に制約があるわけではないし、今はお金にも余裕ありますしね」


 それは心からの本音だ。

 だから笑顔を向けたが、彼の表情は硬かった。


「……せっかく見つけたのに、俺のために諦めるな。

 アンタは自分で選んだ道を、自力でまっすぐ進んでるすげーやつだよ。

 俺はそんなアンタの隣に、堂々と立ってたい。

 だから、そいつの話を聞こう。

 逃げない。俺は、もう逃げたくない」


 ジルコの目からは、力強い意思を感じる。

 彼はエリアーナの選択を、気持ちを優先してくれた。

 それが彼の答えなら、反対するのはおかしいだろう。


「わかりました。

 では、彼女について行きましょう。

 ……大丈夫、私たちは二人なら『最強』です!」


 ジルコへ拳を寄せる。

 それに、彼の拳が軽くあてられた。


「おう。怖いもんなしだ」


 その様子を見て、女性が微笑んだ。

 ……人に見られていると思うと、途端に恥ずかしくなる。

 別にやましいことはしていないが、自分たちのことを『最強』と言っていたのを聞かれたのは、ちょっと気まずい。


「二人はとても仲がいいのですね。

 ……あなたに信頼できる人がいて安心したわ。

 さぁ、一緒に来てくれるなら、急ぎましょう。

 誰かに見られる前に、行かなくては」


 そう言うと、女性は水晶を取り出した。

 水晶の中には、光る文字のようなものがたくさん見える。

 古代文字のようだ。

 王太子妃教育の中で覚えさせられた『古代語』で使われる文字にそっくりだった。


「この水晶は指定した場所へ転移できるものよ。

 魔法陣と必要分の魔力が圧縮して込められているの。

 といっても、私たちの使う魔法陣は

 人のものとは文字や式が異なるから、不安よね。

 でも大丈夫。エルフの里では

 何百年も使われてきたものよ。

 安全は保障します」


 転移魔法陣は聖女だった時何度も使用したが、それ以外の方法で転移するのは初めてだ。

 ソリを風呂敷へしまったジルコが、エリアーナの隣へやってきた。


「それはどう使う?

 3人まとめて移動できるのか?」


「水晶に触れてください。

 起動したときに触れていた者のみ、転移ができるの」


 ジルコが恐る恐る、女性が持つ水晶に触れた。

 それに倣い、指先を当ててみる。

 ひんやりして冷たい。

 でもわずかながらピリピリとした刺激を感じる。

 痛くはないが、くすぐったかった。


「では起動します。

 絶対に水晶から手を離さないで」


 手を離したらどうなるのだろう。

 おいて行かれるならまだしも、体が半分になったり、バラバラになったり……。

 想像したら、少しだけ怖くなった。

 水晶に触れていない手で、ジルコの服をつかむ。

 しかしその手は服へ届く前に、彼の手中へ納められた。

 ぎゅっと握られる。


『大丈夫だ』


 そう確実に伝わってくるから不思議だ。

 水晶が光りだす。

 眩しいほど輝き、目を開けていられなかった。

 

 

「もう目を開けて大丈夫ですよ。

 私の隠れ家へようこそ。

 ここにいるエルフたちは、みんな味方よ。

 だから安心して過ごしてね」


 その場所は光が射していた。

 でも地上ではない。

 空気がひんやりと冷たい。


(ここは……洞窟かな)


 天井は覆われておらず、そこから陽が入っているようだ。

 大きな空洞内には、朽ちかけた神殿があった。

 そこを隠れ家として使っているのだろう。

 多数のエルフの姿が見えた。


(うわぁ、見渡す限り美男美女。金髪で、背が高くて、薄い色素の瞳。前世だったら全員職業『モデル』ですね)


 エリアーナの容姿もいい方だと自覚しているが、それが霞むほど彼らは神々しかった。

 でも自分の隣に立つイケメンエルフ以上に、目を引く相手はいない。


 (うちのジルコさんが一番ですな!)


 うんうんと、一人頷く。

 呆れた顔をしたジルコがこちらを見ていた。

 

「アンタが何考えてるか何となくわかるわ……。

 んなアホなこと考えてねーで、行くぞ。

 あの女についていかなきゃ、話聞けねーだろ」


 ジルコに手を引かれ、神殿の中へと進んだ。

 すると、中にはさらに多くのエルフがいた。

 皆、ジルコの姿を見て目を丸くしている。

 中には拝むご老人までいた。


「……とうとう見つかったのか!」

「先代様の生き写しじゃ!」

「どうか、森をお救いください」


 どういう事情なのかまったく分からず、ジルコと二人で顔を見合わせてしまう。

 首を傾げ合っていると、白い外套を外した女性がやってきた。


「みんな、少し落ち着いて。

 彼は自分のことを何も知らぬまま育ったの。

 詳しい話をしたあと、我々に協力を願えるか聞くわ。

 だから騒ぎ立てず、普段通りに過ごして」


 どうやら話を聞いた後、なにかの決断を迫られるらしい。

 もう何が何だか、急な展開に頭が追い付かなかった。

 自分がこうなのだから、当事者のジルコはもっとだろう。

 心配になり彼を見た。


「やっぱ、親父は……」


 どこを見るわけでもなくつぶやいた言葉が、何を意味するのか。

 今のエリアーナにはわからなかった。


「ここだと落ち着いて話せませんね。

 奥に議場があるので、そこで話しましょう」


 そう言って女性は歩を進めた。

 銀糸のような長い髪が揺れる。

 そこからのびる長い耳に、植物を模したイヤーカフがついていた。

 不意に既視感を覚える。

 

(あのイヤーカフ、最近どこかでみたような……)


 考え事は、ジルコに手を引かれ歩き出したことで離散した。

 今はそんなことより、彼だ。

 先を歩いているので様子は伺えない。


(ジルコさん、大丈夫かな。きっと色々不安だよね)


 その不安が和らぐように、繋がれた手にぎゅっと力を込めた。

 先ほどしてもらって安心できたことを、そのまま返す。

 それに気づいたジルコが、少しだけ振り返った。


「俺は平気だ。心配すんな」


 そう言うと、少し笑った。

 言葉とは裏腹に、ジルコの目には不安の色があるようだ。

 でも彼の言葉を信じよう。

 たとえ強がりだとしても、それがジルコの意思だ。

 彼の意地に、とことんまで付き合おう。

 それが『相棒』として、自分ができることだから。




 

 

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