65.一難去って



 名前といい、見た目といい、前世父親が好きで見せられた映画を思い出す。

 怪獣物の特撮が大好きな父だった。

 それに出てきた蛾の怪獣と、そっくりな見た目をした『モ・スーラ』という名前の魔物。

 第一発見者が転生者なのは確実だろう。


 ――――――――――――――――――――

 

 【モ・スーラ】危険度★★☆☆☆

 昆虫系蛾型魔物

 体長:1メートル 鳴き声:ピギャーピギュー

 巨大な蛾の魔物。

 大きなものは体長5メートル以上になる。

 羽を広げると『恐怖の目』の効果あり。

 鱗粉に触れると強制的に睡眠状態となる。

 魔法植物の魔力を主食としている。

 攻撃をする術を持たないため、近づき過ぎなければ害は少ない。

 

――――――――――――――――――――


 攻撃することはないが『恐慌状態』や『睡眠状態』という、状態異常を引き起こす魔物のようだ。

 このあたりだと、エルフの森のダンジョンにしか出現しない。

 

「直接モ・スーラを見るなよ。アンタはさっき、羽を見ちまったんだろ」


 花畑を見ないよう、背を向けた。

 ジルコも同様だ。


「この距離で恐慌状態にさせるなんて、相当大きい個体なんだと思います」

 

「……直接見ることも、近づくこともできない敵か。

 しかも、花畑にいるからその場で倒すわけにもいかないな。

 鱗粉が魔ルビアに付いたら、売れなくなる」


「村の皆さんの収入源ですもんね。

 お花は傷つけず、モ・スーラをどうにかする方法……」


 おそらくあの魔物は、魔ルビア目当てで来ている。

 魔ルビアは夜、とても明るく光るので、その光に誘われてやってくるのだろう。

 人を眠らせたり、魔力を吸い取ったりしたのは、近づかれて危険を感じたから。

 モ・スーラに、人を害する意図はない気がした。

 

「たしか、村長さんが夏にこの現象が起きるようになったのは、ここ数年て言っていましたよね」


「あぁ。それまでは森からなにか来ることもない

 平和な村だったって……。

 つまり、数年前から森のモ・スーラの食い物魔法植物が減った。

 夏の間はそれがひどくて

 村の魔ルビアを食べざるを得なくなったってことか」


 そうだとしたら、モ・スーラを退治するのは何か違う気がした。

 彼らは魔ルビアに用がある。

 だから、それに近寄れなければ、村にも来なくなるのではないか。

 そう考えたエリアーナは、ジルコにある提案をした。


「……やっぱアンタは力技なんだな。でもいいと思うぞ。

 それならモ・スーラの鱗粉も花にかからんし

 俺たちが戦闘不能になることもないな」


 話を聞いたジルコは呆れつつも、乗ってくれた。

 あとは実行に移すまで。

 初めての試みになるのでうまくいく自信はない。

 でも、やってみる価値はあるはずだ。



 光り輝く魔ルビアの花畑で一匹の蛾が舞っている。

 巨大な羽が羽ばたくと風が起き、花が揺れた。

 揺れた花の光が、モ・スーラへと吸収されていく。

 吸収された花は輝きを失う。

 でも枯れることはなかった。


(だから花が目当てだとわからなかったのか……)


 ジルコは、そう心の中でつぶやいた。

 現在、花畑の近くで背の高い草に隠れ、モ・スーラの様子を伺っている。

 花畑は魔ルビアの明かりで、暗視眼鏡がいらないほどだ。

 そのため、無防備な裸眼の状態で、巨大な蛾を見ていた。

 先ほどから冷や汗が止まらない。

 でもそれ以外の症状は出ていないのだった。

 

 ……なぜ、ジルコは恐慌状態とならないのか。

 それは、エリアーナの頑張りのおかげだ。


 「異常を浮かせ 全て流れよ ≪状態治しキュラーレ≫」

 「異常を浮かせ 全て流れよ ≪状態治しキュラーレ≫」

 「異常を浮かせ 全て流れよ ≪状態治しキュラーレ≫」

 「異常を浮かせ 全て流れよ ≪状態治しキュラーレ≫」

 「異常を浮かせ 全て流れよ ≪状態治しキュラーレ≫」


 花畑から少し離れた場所に立つエリアーナは、目隠しをしている。

 そして、ひたすら状態治し魔法を唱え続けていた。

 目隠しをしているので、花畑の様子はわからない。

 でも目を閉じ、ジルコの居場所を把握したいと念じるだけで、詳細な位置がわかった。

 そこへ向かって、状態治し魔法を放っているのだ。

 つまりジルコは『恐慌状態』になっている。

 でも異常がはっきりと出る前に、治されているのだった。

 

(魔力消費的には全然問題ないけど、噛んだら終わる!噛むな、私!)


 エリアーナのひとり早口言葉大会のおかげで、ジルコはモ・スーラと対峙できる。

 草の影から飛び出すと、風のような速さで動き、モ・スーラの胴体の下へもぐりこんだ。


「渦巻く風 吹き上げろ ≪旋風ボルツ≫」


「ピギャー!」


 魔法で作られたつむじ風は、モ・スーラを巻き込む。

 一瞬で、巨大な蛾が空高く昇った。

 鱗粉を飛ばす隙すら与えない早業だ。


「一陣の風 吹きつけ ≪突風スベント≫」


「ピギュー!!」


 そして追い打ちをかけるように、横から強い風が吹く。

 モ・スーラはエルフの森へと強制送還されていった。

 

「エリアーナ、もう目隠し取っていいぞ!」


「はい!では花畑全体に、魔除け魔法をかけます!」


 エリアーナの魔法が、魔ルビアを包み込んだ。

 そのためか、花の放つ白い光が青みがかる。

 

 ジルコはその様子を眺めていた。

 真剣な表情で、魔除け魔法の重ね掛けをし続けるエリアーナ。

 彼女自身も、淡く輝いている。

 その様子は神々しさを感じるほど、美しかった。


(……あぁ、アンタは紛れもなく『聖女』だったんだな)


 改めて実感したが、近寄りがたいとは思わなかった。

 この姿も、普段の姿も、エリアーナだ。

 そう揺るがなく思えるほど、彼女の存在はジルコの中に根付いていた。


 

 ―― 翌朝


 眠い目をこすり、ジルコとともに村長の家へ訪れた。

 昨晩あったことを説明する。

 村長は咽び泣いて喜んだ。

 とてもよく泣く人なのかもしれない。

 

「この夏の間は、魔除け魔法が効いているので

 もうモ・スーラは来ないはずです。

 でも来年以降は、虫型の魔物が近寄らなくなる魔導具を

 花畑に設置することをお勧めします。

 ……あ、たぶん私来年もこの国にいますので

 冒険者ギルドでご依頼いただければ、また魔除け魔法かけに来ますよ。

 ご指名、お待ちしております!」


 キリエ村で暮らし始めても、冒険者をやめるつもりはなかった。

 ジルコとともに、色んな場所を見てみたいし、行ってみたい。

 その気持ちは、大きくなる一方だった。

 

 

「よし!報酬の金貨100枚、手に入れました!

 一晩でこれだけ稼げるなんて、やはり私たちは最強ですね」


 村長から約束通りの報酬をもらい、キリエ村へ向かうためソリに乗った。

 後ろにジルコが立つ。

 見上げれば、機嫌のよさそうな顔がこちらを向いた。


「そうだな。最強かもな」


 ジルコの笑顔に嬉しさは倍増だ。

 懐も、心も、ほくほくした。


「おし、じゃあ出発する――」


 ジルコがソリへ魔力を込めようとした、そのとき。

 大きな真っ白の鷲が飛んできて、ソリの持ち手に掴まった。


「何だこの鳥……」


 突然やってきた不審鳥に、ジルコもどう対応していいかわからないようだ。

 エリアーナは、ゆっくりとソリから降りる。

 さすがに大きな鷲が頭上にいるのに、そのまま座っているのは無理だった。


(鳥って、すぐ出すからな……。さすがに頭にかかったら泣くわ。心に致命傷負う自信がある)


 ジルコの背中に隠れつつ、鷲を観察する。

 猛禽類だ。

 目や爪が鋭く、エリアーナなどひとたまりもなさそうだった。


 ―― ピ――ッ!


 笛の音がしたと思ったら、白鷲は飛び去った。

 音の出どころを見る。

 そこにはいつの間にか、真っ白な外套を被る不審者がいた。


(こんな真夏に頭から外套被るとか、変質者かお尋ね者のどちらかだよね……)


 素早く魔法が繰り出せるよう身構える。

 ジルコも剣に手をかけ、いつでも抜ける状態だった。


「お待ちください。怪しいものではありません」


 鈴を転がすような女性の声だ。

 でもそれ以外の情報は、目の前の人物から得られない。


「……現在進行形で怪しい方に言われても、説得力がありません」


 顔を見せてから、その言葉を言ってくれ。

 そう思っていると、女性に伝わったのか、ゆっくりと外套の頭巾を外した。

 

「「……え」」


 ジルコとともに、間抜けな声を発してしまう。

 無理もない。

 そこにいたのは、ジルコそっくりな美しい顔立ちの銀髪エルフ女性だった。





 

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