63.オバケなんていません



 朝食を食べた後、町を出て山道ぎりぎりまでソリで進んだ。

 そこからはずっと軽い登山だ。

 前世で行った林間学校を思い出す。

 登り切った後、景色よりもお弁当のおいしさに感動した記憶が蘇った。


(お弁当ないのが残念過ぎる!)

 

 先ほど朝食を食べなかったら、途中で登るのをやめていたかもしれない。

 黙々となだらかな山道を歩き続けた。


(……そもそも、エルフの森が通れないって不便だよね。エルフの長の人が頭固いのかな)

 

 エルフの森を通らず、キリエ村方面に行くには、この山にある橋を渡る必要があった。

 キリエ村方面に行く道は、山越えか、海沿いの道のどちらかしかない。

 当初は海沿いの道をゆっくり行く予定だった。

 けれど、ギルドでの一件があり、念には念をということで、いざという時身を隠しやすい道を選んだ。


(ジルコさんのお父様が言ってた『大変な目』って何?具体的になにが起こるの?……わからないことだらけだ)


 疑問は尽きないが、今はそれを解決できる術をもたない。

 頼る人もいなければ、家もないのだ。

 

(一旦、拠点を構えてから、その問題に取り組もう!キリア村で村長さん待ってるだろうし。着くの遅くなったら心配するよね)


 難しいことへの対処は当初の目的を達成してからだ。

 早く山を下りて、今日の宿を探そう。

 先ほどから雲が出てきた。

 空を飛ぶ鳥も天気が崩れるのを感じたのかもしれない。

 山の向こうへ羽ばたいていった。

 

「一雨来るのも時間の問題かもな。

 身体強化で走ろう。

 雨が降れば滑るし、それもできなくなる。

 アンタのスマホによると、橋の先に休憩所があるみたいだ。

 そこまで行ききっちまおう」


「はい!走るの久々なんで、楽しみです」


 ダンジョンに行く機会はあったが、こうやって自然の中を走るのは王都からグラメンツへの旅以来だ。

 軽く準備運動をすると、ジルコとともに走り出した。


 休憩所へたどり着いてすぐ、大雨が降った。

 何とか濡れずに済む。

 雨は10分程度で終わり、今はもう青空が見えている。


 その後、滑りやすくなった地面に気を付けつつ、何とか山を下りた。

 途中滑って尻もちをついてしまい、助けようとしてくれたジルコも転ぶという泥だらけになる災難もあった。

 こんなとき、自分が浄化魔法を使うことができて本当によかったと思う。

 焦ることなく『泥だらけのジルコ』の写し絵を撮ることができた。

 貴重な場面だ!撮らずにいられるわけがない。

 ジルコは、泥だらけでそんなことをしているエリアーナを見て、腹を抱えて笑っていた。


 完全に山道が終わり、平坦な道が続く。

 そうなれば、ソリの出番だ。

 ずっと道なりに進む。

 もう間もなく、後の刻4時くらいだろうか。

 昼もとらずにずっと走ってきたので、もうキリエ村との中間地点に着きそうだ。


「もう少しで『ナッツ』という村に着く。今日はそこに泊まろう」


 何とも香ばしいかおりがしそうな村だ。

 おいしいお菓子に期待しよう。


「宿探してからでいいので、ゴハン屋さんにも行きましょう。お昼兼夕飯なので、豪勢にいきたいですね」


「昨日このソリで大金使っちまったからな。高そうなとこは避けよう」


「では、庶民的なお値段の店で、おなかいっぱい食べましょう!」


 そんなやり取りをしつつ、村へ入る。

 ぱっと見、お店もそこそこありそうだし、食べ物にもすぐありつけそうだ。

 ソリから降りて街中を歩いた。

 

 照り付ける太陽。

 パステルカラーの家々。

 花が咲き誇る道。

 

 とても陽気な雰囲気なのに、人が全然歩いていない。

 家の中にいる気配はする。

 でも外に出てくる人はいなかった。


「……何かあったんですかね。まさか、またスタンピードですか?」


 ついこの前、ノーガスの近くにある『海辺の洞窟』のスタンピード問題を解決したばかりだ。

 それなのに、またなのだろうか。

 

「地図上では、この近くにダンジョンはないぞ。

 それにスタンピードだとしたら、冒険者の姿を見かけるはずだろ?

 でも見ての通り、誰もいない。

 ……とりあえず、宿だな。

 泊まれなそうなら、他の町へ行くか野宿できる場所を探す」


「スマホの地図で、宿探してみます。

 ……何か不気味すぎて泣きそうなんで、絶対そばにいてくださいね!」


 前世から怖いのは苦手だ。

 ホラー映画やお化け屋敷は、苦手過ぎて一目見るのも無理だった。

 もし体験することになったら、全力で逃げよう。

 すでに身体強化は常時発動していた。


「お、おう。分かったから、一回手を放せ」


 身体強化した状態でジルコの腕を鷲掴んでいた。

 手を放すと、エリアーナの手形がくっきり残っている。

 

「うわわ!ジルコさん、ごめんなさい!

 痛かったですよね。

 すぐ回復魔法かけますから」


 小回復魔法を唱えながら、ジルコに迷惑をかけてしまったことを反省する。

 深呼吸して気持ちを落ち着け、改めて宿を探した。

 小声でずっと『オバケなんていない』と歌いながら……。

 

 村に一軒だけある宿屋へ向かった。

 レモンイエローの壁が綺麗な、こじんまりとした宿だ。

 扉に手をかける。

 ……開かない。

 鍵が閉まっていた。

 

「お休みでしょうか……」


「いや、ここには営業中って看板出てるけどな。

 仕方ない、宿に泊まるのはあきらめるか」

 

 引き返そうと背を向ける。

 そのとき、扉の開く音がした。

 ジルコとともに振り返る。


「ひっ!」

 

 思わず息を呑んだ。

 少しだけ空いた扉の隙間から、青白い顔がこちらを見ていた。

 逃げ出そうとするが、ジルコの妨害に遭い、叶わない。


「落ち着け!ただの『人』だ」


 先ほどよりも扉が開いて、その姿が確認できた。

 エプロンをつけた、顔色の悪い初老の女性がこちらを伺っている。


「あの……。お泊りのお客様でしょうか?

 でしたら早くお入りください。

 日が暮れると、外は危険なんです」


 女性はしきりに周囲を気にしていた。

 ……絶対にワケありだろう。

 ジルコの視線を感じる。

 目でどうするか聞かれた。

 折角扉を開けてくれたのに、入るのを遠慮できるほどエリアーナの神経は図太くない。

 小さく頷き返し、宿の中へと進んだ。





 

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