62.快適な旅のお供に



 夏の朝は早い。

 でもさすがに朝の5時前では、通りを歩く人は少なかった。

 宿泊先の宿は海からも少し距離があるので、市場関係のターレーも見かけない。


「エリアーナ。行くぞ、乗れ」


「はい!よろしくお願いします」


 昨日手に入れた、旅の心強い味方の荷物入れへ、旅行鞄を置いた。

 荷物が落ちないことを確認し、座席へ座る。

 人が座るために改良された『ソリ』の座り心地は悪くない。

 クッションもあるし、シートベルトのような安全帯もあった。

 背後にジルコが立つ。

 持ち手を握り、魔力をソリに込めている。

 すると、全体がゆっくり浮き上がった。


「魔力切れに気を付けてください。残量少なくなってきたら、私が運転代わりますから無理せずに」


「おう、そんときは頼む。慣れるまではゆっくり行くぞ。

 とりあえず隣町を目指す。歩くよりは早く着くはずだ」


 ソリは朝の通りをゆっくり進み始めた。

 まだ起きていない町を眺める。


(前世の車とは車高が全然違う。慣れるまでは少し怖いかも)


 浮いているとはいえ、地面が近い。

 そして、保護する覆いは何もなかった。

 ソリの操縦に慣れたのか、ジルコが速度を増す。

 風を軽減する魔法陣が組まれているので、強風に吹かれることはない。

 でも地面を眺めていると『すりおろしエリアーナ』になる想像をしてしまった。


(……新たな旅の始まりに、恐ろしいことを考えるのはよそう)


 昨日、宿の近くで新作ソリの試乗会を行っていた。

 楽しそうだったので乗ってみたら、思いのほか操作性もよく、乗り心地もよかった。

 販売員のおじさん曰く『最新型は魔力燃費もいいから、長距離の移動にもおすすめ』だそうだ。


 この国の人々は魔力を多く持っている。

 そこに目を付けた人がいた。

 使い捨ての魔石ではなく、自らの魔力を注いで動く乗り物があったら便利なのにと。

 そして作られたのが『ターレー』と『ソリ』だったそうだ。


(『車』と『バイク』じゃないのは、なんでなんだろう。前世が雪国の市場関係者だったとか、かな?)


 100年くらい前から普及し始めたそうだ。

 ということは、開発者に直接話を聞くことはできない。

 政策意図を聞けず、少し残念に思う。

 

(このソリ、折りたためば風呂敷に入る大きさだから、本当便利だよね。いろんな魔法陣組まれてる一番高いの買ったから、めちゃくちゃ軽いし)


 お値段は驚くほど高額だ。

 でも、待ったをかける人はいなかった。

 むしろ最初に欲しがったのはジルコだ。

 となればもう、その場で即決だった。

 今度時間ができたら、ダンジョンへ籠ってこの出費の分を稼いでくるそうだ。

 きっと、彼ならすぐ取り戻せるだろう。


(正直、20日もただひたすら歩くのは辛いと思ってたから、渡りに船だよ)


 歩くのは嫌いじゃない。

 でも、ずーっとそれだけじゃ飽きもする。

 山道や悪路はさすがにソリでは無理だ。

 だから、歩くこともあるだろう。

 ソリに乗ったり、歩いたりという変化を持てることが大事だった。


「もう町から出たのか」


 乗ってからさほど経っていないはずだ。

 それなのに、もうすっかり人工物より緑が多くなった。


「そうみたいですね。歩くより全然早い」

 

 ソリの魔法陣のおかげで、走行中でもジルコと普通に話ができた。

 それだけじゃない。

 小雨程度の雨なら濡れるのを防いでくれる、防滴魔法も組まれているのだ。

 温度調節、振動軽減、緊急停止、転倒防止は標準装備らしい。

 色も気に入っている。

 スタイリッシュな銀色だ。

 艶消し仕上げで渋かっこいい。


(この国は魔導具の技術が、プレシアス王国より進んでいるのかも。自然豊かなのに便利な暮らしができるとか、最高すぎる!)


 ジルコの手元についているスマホ置き場で、黄金スマホが道案内をしていた。

 なのでエリアーナは、ただ景色を楽しめばいいだけだ。

 なんと快適な移動なのだろう。

 しかし、ジルコはずっと立っているし、魔力も使っている。

 少し心配になった。


「ジルコさん、お疲れじゃないですか?回復魔法かけましょうか?」


「何も疲れてないぞ。ただ立ってりゃいいだけだからな。

 逆に楽過ぎて眠くなるかも。そしたら、状態治し魔法頼むわ」


 ジルコは体力だけでなく、魔力もかなり多い。

 さすがにエリアーナまでとは言わないが、並の魔法使い以上の魔力量はある。

 ソリを走らせるのも、全然苦ではないのかもしれない。


 トーキビーが群生する脇の道をまっすぐ進んだ。

 本当、この魔物はどこにでもいる。

 こんなに見た目がトウモロコシなのに、食べられないなんて悲しい。

 そんなことを考えていたら、小さな町が見えてきた。

 どうやら、隣町にもう着いたようだ。


 街中に入った。

 でもまだどの店も開いていない。

 当然だろう、まだ朝の6時台だ。


「歩けば5,6時間はかかるのに、もう着いたのか」


 道が悪くなかったので、ずっとソリに乗れたのも大きいだろう。

 予定よりかなり早く隣町に着いた。


「宿を出発して、まだ1時間も経ってないですよね。

 この速度なら、キリア村も3日くらいで着いちゃいますね!」


 画期的過ぎる。

 歩いたら20日かかる道が、その半分以下の日数で到達できそうだ。


「そうだな。道が悪くなければ、もっと早く着けるかもしれん。

 ただこの町から少し行くと、山道に入るみたいだな。

 さすがに山道をソリで行くのは危険だ。

 歩いていくしかない。

 少し休憩してから、向かうとするか」


 そう言ってソリを折りたたむと、さっと風呂敷にしまっていた。

 物が入った状態の風呂敷は重くなったはずなのに、ジルコは全然気にしていない。

 慣れた手つきで斜め掛けしていた。


「朝早すぎたので、朝食まだなんですよ。

 ジルコさんもですよね?

 宿に頼んで、パンとチーズとハム譲ってもらいました」


「たしかマスタード買ってあったよな。カスクートでも作って食うか」


「はい!切って挟んで食べましょう!」


「おう。アンタは飲む物頼む。湧水魔法の水で入れたコーヒー、うまいんだよな」


 ジルコはブラック、エリアーナはハチミツと粉乳たっぷりで飲むのが好きだ。

 どこか休憩できる場所はないか探していると、お散歩中のおじいさんとすれ違った。

 挨拶がてら聞いてみたら、もう少し行くと東屋があり、そこが使えると教えてくれた。

 

「ジルコさん、行ってみましょう!」


「今のところ大丈夫そうだが、急に大雨が降ることもあるらしい。

 食べ終わったら早々に出発しよう」


 空を見上げる。

 雲一つない快晴だ。

 空を旋回する白い鳥がよく見えた。


「この国のお天気は気まぐれなんですね。

 では、時間をかけずに、おいしさを堪能しましょう!」


「……いつでもどこでも、アンタはアンタだな」


 すっかりお腹が空いた今なら、さぞ美味しいものが食べられるだろう。

 頭の中をカスクートでいっぱいにしながら、東屋へ向かってずんずん歩くのだった。

 





 

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