61.ホウレンソウは大事です



 旅客ターレーは運転席の後ろに屋根付きの座席があった。

 まるで、前世でいつか乗ってみたいと思っていた『トゥクトゥク』だ。

 それに乗り込み、冒険者ギルドへと向かう。

 その間、街並みを眺めた。

 町にいる人々と同様、建物も色んな文化が混ざっているように感じる。

 そして、緑が多い。

 温かな気候の国だからか、熱帯に生えていそうな木や、色鮮やかな花を多く見かける。

 雑多に見えて、手入れされたそれらは生き生きとしていた。


 目的地に着く。

 やはりこの国でも冒険者ギルドはアレだった。

 木造の大きな建物は毎度おなじみ西部劇に出てきそうな様相だ。


 ノーガスで見つけたウエスタンハット風の帽子を被り、渋い顔つきを作る。

 銃はないが、気分はガンマンだ。

 両開きのスイングドアから颯爽と入る。

 エリアーナの後ろで、扉が音を立てて揺れた。


(ふっ、また今日も荒くれどもが集まってるぜ)


 どう見てもただの冒険者たちだ。

 その少し後ろから、ジルコが普通に入ってきた。

 

「アホなことしてないで、窓口行くぞ」


 手を引かれ『各種相談窓口』と書かれた場所へ向かった。

 順番が来て、前に進む。

 その窓口にいた職員は、とがり耳の金髪美形エルフ男性だった。

 植物を思わせるイヤーカフがおしゃれだ。

 ジルコを見たエルフ職員が、一瞬驚いた顔をした気がする。

 しかし次の瞬間には、営業スマイルを浮かべていた。


「冒険者ギルドへようこそ。ご用件を伺います」


「ついさっきミューグランド共和国に着いたばかりで、聞きたいことがいくつかある」


「承知しました。まず、お越しになった方の登録情報を確認いたします。

 冒険者証をお預かりいたしますので、お二人分ご提示いただけますでしょうか」


 冒険者証を鞄から取り出し、ジルコに手渡す。

 銀色に輝く二つの星が、窓口に置かれた。


「銀級冒険者のエリアーナ様と……ジルコ、様」


 エルフ職員はジルコの冒険者証を見て動きを止めた。

 何か気になることがあるのだろうか。


「もしや『カルーク』という名に覚えは?」


「……知らん」


「それは失礼しました……。ではお問い合わせの内容を伺います」


 その後は特にエルフ職員におかしなところはなく、普通に話している。

 さっきのは何だったのだろう。

 

 ジルコが職員とやり取りしている間、手持無沙汰になったので後ろの壁に貼ってある大きな地図を見た。

 この地図はノーガスの図書館でも見たものだ。


(ミューグランド共和国全体の地図だよね。何か細かく書いてあるような……)


 小さな文字を読もうと地図に触れた。

 すると、地図が指に合わせて動く。

 まるで、スマホだ。

 親指と人差し指で拡大や縮小もできた。


(これ、ただの紙の地図じゃない!スマホみたいに操作できる)


 その地図はタウンマップの機能もあり、町中の情報も見ることができた。

 表示する情報を『宿』に絞る。

 分かりやすい★で評価がされていた。

 この国へ来て最初の宿だ。

 手持ちもあることだし、それなりにいいところへ泊まりたい。

 ★3以上で口コミを見た結果、おいしい夕飯が食べられるという宿を見つけた。

 ギルドからは結構離れているが、旅客ターレーに乗ればいいだろう。

 この国の料理がどんなものなのか、とっても気になる。

 まだ夕飯の時間ではないが、すでに少しお腹が空いてきた。


(んー、食べ物のことを考えるのは一旦やめよう!お腹がすくだけだし……)

 

 地図で他の情報を調べるため、表示をリセットした。

 国全体の地図がでる。

 先ほどは気にならなかったが、島の真ん中広範囲に灰色の場所があった。

 そこを拡大する。

 『立ち入り禁止区域(エルフの森)』と大きく書かれていた。


(あー、たしか18年くらい前から許可ないと入れなくなったんだっけ?図書館で見た気がする)


 エルフの森はその名の通り、エルフが住む自然豊かな森らしい。

 18年前までは、他種族も入ることができたが、今は許可のあるエルフ以外入れないとミューグランド共和国の紹介をする本に書いてあった。

 

(キリア村はこの島の、真反対にあるんだよね……。森が通れれば楽なのに、迂回しなきゃだからかなり遠回りだ)


 キリア村までは、森をまっすぐ抜けられるなら10日というところだろうか。

 でも迂回をする必要があるので、倍くらいの距離を行く必要がありそうだ。


(たしか、ミューグランドって急な大雨が多いんだよね。天候が不安定な、よく知らない国を歩いて20日も旅するとか……うん、がんばろう!)


 王都からグラメンツへの旅なんてものではないくらい、大変そうだ。

 でもそこまで憂鬱ではなかった。

 ジルコとだったら、どんな道のりでも楽しいに違いない。


「エリアーナ」


 振り返ると、少し眉間にしわを寄せたジルコがいた。

 怒っているわけではなさそうだ。

 その様子は、ダンジョンで見かけたことがある。

 周囲に気を配って、警戒している状態だ。


「……何かあったんですか?」


 気持ちを瞬時に切り替えた。

 声を落とし、小声で聞く。


「ここを出たら話す。……行こう」


 手をつかまれ、足早にギルドを去った。

 無言で歩き続ける。

 ジルコはしきりに後ろを気にしていた。

 海岸沿いまでやってきて、やっと歩みを止めた。

 周囲には誰もいない。

 白い砂浜と青い海が広がる。


「ジルコさん、ギルドで一体何があったんですか?」


 見上げた先の目がこちらを向く。

 美しい景色とは裏腹にジルコの表情は険しいままだ。


「……あいつ、ギルドにいたあの男が言った『カルーク』は俺の父親の名だ」


「お父様はこの国の出身でしたよね?昔のお知り合い、とか?」


 ジルコの父親の知り合いにしては、若そうだった。

 おそらく、30歳前後だろうか。

 エルフは若く見えると聞くし、もしかしたらもっと上かもしれない。


「わからん……。ただ、親父が死ぬ直前、俺に言ったんだ。

 『ミューグランドには行くな。行けば大変な目に合う』って。

 だから、知り合いだとしても、碌なもんじゃねーだろ」


 重大なことを初めて聞いた。

 なぜ、それを、今言ったのだ、この男は。


「そ、その情報はこの国へ来る前に、教えてほしかったです……」


「変なのに絡まれるまでは、そんな大事だとは思わなかったんだよ。

 まさか入国した初日に、親父知ってる奴に会うとか思わないだろ。

 そんな狭い国でもねーし……。

 とにかく、この町は早く出た方がいい。

 でも今からじゃ、近くの町へ着く前に夜だ。

 さすがによく知らん国で、いきなり夜の移動は避けたい。

 あいつが勧めてきたギルド近くの宿は避けて、適当なとこへ泊まろう。

 しかし、宿の当てはないからな……」


 何と間のいいことだろう。

 エリアーナは先ほどギルドで泊まりたい宿を見つけていた。

 

「フッフッフッ……。こんなこともあろうかと、すでにギルドから距離のある、いい宿を見つけてあります!」


 宿の名前は憶えている。

 黄金スマホで検索してジルコに見せた。

 

「アンタ、ポンコツだけど、こういうとき頼りになるよな」

 

 一瞬けなされた気がするが気のせいだろう。

 揚々と旅客ターレーを呼ぶべく、手を上げた。

 でも中々気づいてもらえない。


―― ピーヒュィ!


 大きな笛の音がした。

 音の出どころを見れば、ジルコだった。

 指笛を吹いてくれたようだ。

 それに気づいた旅客ターレーが近くに停まった。


「ジルコさん、ありがとうございます!」


「今度指笛教えてやるから、もうフーフーするなよ」


 そうからかうジルコを軽く睨みつけながら、座席に乗り込むのだった。

 





 

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