守れない約束はしないし嘘も吐かない

 サラサ奪還がゲーム内の正式なクエストとして処理されたことによって、私のモチベは3割増くらいで上昇していた。

 何故なら、クエストということは攻略したあかつきには報酬が約束されたようなものだからである。

 報酬は大事だ。見返りがあるからこそ、人はどんなにつまらないお使いクエストだろうと反復横跳び出来るし、誰か一人でも乙ったら終了の大縄跳びみたいなクソレイドボスとも無限に殴り合える。


「楽しみだなー、何がもらえるんだろ」


「アキねーちゃ」


「はっ!?」


 フユに声を掛けられて正気に戻る。振り向いて見てみれば、妹がジト目を向けてきていた。やだ……可愛い……じゃなくって!


「あはは……さぁてと、気を取り直してサラサ奪還に向けてのブリーフィングをするわよ!」


 とりあえず、サラサを連れ去った連中が、解放軍とやらに所属しているのは分かった。だからといって解放軍そのものが敵だと決め付けてかかるのは早計だろうが、少なくとも行動指針は決まったようなものだ。


「とにかくエリア31に行ってみるしかないわね。そこでアントたちを探す。本人達がいなかったとしても、軍の中ならアイツらを知ってるギアーズか誰かは居るでしょ」


「せんにゅー任務だ!」


 フユが楽しそうで何よりだ。

 このクエストが、フユと私とのゲーム内での初の共同作業となる。サラサを助けることも大事だが、私も楽しむ心を忘れてはならない。これは昔からゲームをする上で私が心掛けているポリシーのひとつだ。


「で、エリア31ってどこにあるのかしら?」


「ピースフルレイクから真っ直ぐ北に進んだ方角じゃな。ワシは行ったことがないが」


 ゼインが大まかな方角だけ教えてくれる。欲を言えばどれくらい距離があるのかとか、道中にどんな危険があるのかとかも教えてくれたら嬉しかったのだけど、そこをスカベンジャーのお爺ちゃんに期待するのは少々酷というものか。


「うーん……ギアーズの協力者が欲しいわね」


 それもゲーム内の情勢や攻略情報にある程度精通しているプレイヤーの味方が欲しい。


 それこそが、サラサ奪還に必要な三つ目のファクターだ。


 誘拐犯がプレイヤーだということは最初から分かっていた。しかし、敵の規模感が解放軍とかいうゲーム内の一勢力だというのは想定していた中でも悪い方のパターンである。

 集団ってのは厄介だ。個人の力だけで勝つには入念な準備と時間が必要なのに、今の私には過去の経験と恵まれた天才的なゲームセンス以外何もない。……今のは自虐風自慢ってやつね。


 そこで必要となるのがNPCではなく、プレイヤーの協力者だ。

 私がまだ知らないこのゲームの仕様や、解放軍や他の勢力にある程度詳しい人間の知恵を借りたい。それからついでに、軍と事を構える事になった場合戦力になってくれるような好戦的なプレイヤーだとなお嬉しい。そんな都合のいいヤツが居るのかは知らんけど。


「アキねーちゃ、ぎあーずならボルボルがいるぞ」


「ボルボルねえ……フレ申請してないから探すの面倒だし、あいつ犯罪者プレイヤーと関わるの嫌がってたから協力してくれなさそうなのよね。しかもこれから天使討伐するつもりだろうし、こっちには来てくれないでしょ」


 アッシュポリスに天使が出たという噂は既に広まっているらしく、買い物中に街中でギアーズたちが大声で騒いでいるのを何度か見かけた。ボルボルくんもどうせ今はスケアード・ビジョンしか眼中にないだろう。


「とはいえ、他にギアーズの知り合いもいないし、ダメ元で当たってみるしかないか……」


「今度はギアーズを探せばええんじゃな? ワシらも手伝うぞ」


「うん、ありがと。でも我が儘言わせてもらうと、もっと他のプレイヤーに対して好戦的で、尚且つ私に快く協力してくれそうなギアーズがいると助かるのだけれど」


 まあ、そんなプレイヤーが都合良く存在しているはずが――


「アキネ!!」


 と、不意に誰かが私の名前を大声で呼んで来た。

 誰だ、白昼堂々と私を馴れ馴れしく呼ぶ輩は。

 ……いや、ちょっと待った、この声は聞き覚えがあるぞ。


 声の方へと振り返る。

 黒髪ホットパンツの少女が、鬼気迫る表情で私のことを睨んでいた。

 散々NANA拍子だ。


「やっと見つけた! ピースフルレイクで張ってて正解だった!」


 興奮した面持ちでこっちに歩いてくるナナ。

 私はフユを背中に庇いながら、逃げずにナナに向かい合う。逃げようと思えば逃げられるだろうけど、その場合またフユと別行動になってしまうので却下だ。


「アキネ! 私のアイテム返して! いきなり襲ったのは謝るから!」


 どうやらロストしたアイテムを取り返すために私を探していたらしい。私がビルから突き落とした時は、生に縋らず引き分け狙いのロケットパンチをしてきたのに、後から冷静になってアイテムが惜しくなったのだろう。

 全ロスする覚悟もないのにPKなんかするなと言ってやりたいが、ここはとりあえず軽口は封印だ。


「いやぁ、ナナじゃん。元気してた? なんか雰囲気変わったわね。あ、プレイヤーネームが真っ白だ。いいね、そっちの方が似合ってるわよ」


「軽口はいいから返してアイテム!」


 今ので軽口になっちゃうのか。難しいなぁ。

 というかヤバい。スナイパーライフルとかの重たくて持てなかった一部アイテムは、ナナが死んだ場所にそのまま置いてきてしまっている。そして持ってこれた一部のアイテムのうち、貴重そうな素材アイテムは加工屋に売り飛ばしてしまった。

 PKを返り討ちにして手に入れたアイテムをどうしようと私の勝手だけど、今の状況でしつこくまとわりつかれるのは困る。端的に言って邪魔だ。


 ……いや、待てよ?

 考えようによっては、コイツ使えるな。


「アイテム返してもいいけど、条件があるわ」


「……条件?」


 いる所にはいるものね、私にこころよ~く協力してくれそうなプレイヤーは。






「――っていうわけなの。勿論手伝ってくれるわよね?」


「う~ん……」


 軍に誘拐されたNPCの女の子を連れ戻したい。そのために協力しろ。じゃなきゃアイテムは返さない。


 私の条件を聞いたナナは、分かりやすく難色を示した。


「なによその『う〜ん』は。アイテム返して欲しくないの?」


 返すアイテムはほとんどないけど、そこは黙っておく。


「私、アッシュポリスに湧いたっていう天使の方に行きたかった……」


「ああ、そういうこと」


 よく知らないNPCのことなんかより、レアエネミーの方が大事って気持ちは分かる。しかも天使とやらは、ギアーズベルトにおいて特殊な役割を担っていそうな節がある。このゲームにのめり込んでいるプレイヤーなら、そっちの祭りに参加したいと思うのは当たり前だ。


「じゃあアイテムはいらないんだ?」


 意地悪なことを言ってやると、ナナは血相を変えて首を横に振った。


「いらないとは言ってない、アキネを手伝わないとも言ってない」


「お」


「むしろそんな話を聞かされたら、配信者としては行かないわけにはいかないというか、なんというか……」


「あ? なにボソボソ言ってるの?」


「な、なんでもない」


 ゴホンとナナがわざとらしく咳払いをした。


「分かった、条件を飲む。そのサラサって子を助けるのを手伝う。だから約束は守って」


 よし言質取った。


「ええ、勿論。サラサを無事助け出せたら『私が今持ってる』元ナナの持ち物を全部返すと約束するわ」


「交渉成立」


 くくく……バカなやつ。


「アキねーちゃが悪い顔してるぞ」


 フユは余計なこと言わない。


「さっきから気になってたけど、この小さい子は?」


「コレはフユ。私の心のマスコット」


「よろしくな、ナナ」


「えっと……よろしく?」


 散々NANA拍子が仲間になった!

 これで三人パーティーだ。


 サラサを助けるために必要だった三つ目『ギアーズの協力者』はこれで確保完了。

 残る足りない要素は一つだけだ。


「ところでアキネ」


「なによ?」


「フレ申請していい?」


「……」


 フレ申請も、サラサ奪還が成功したらということにしてやった。

 なんで私コイツにこんな気に入られてるんだか。

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