今最も足りていないもの

「で、善は急げでエリア31に向かおうと思うのだけど」


 私はパーティーに加わった散々NANA拍子と向かい合う。

 ナナは眠そうな瞳をパチクリとさせて、視線を交わらせてきた。そして頬を赤らめながらモジモジとする。なにその反応、こわい。


「あー……あんた、車持ってたりしない? 出来れば最大四人乗りの車」


 エリア31がピースフルレイクからどれだけ離れているかは知らないが、徒歩で移動するより車を使った方が時間効率が良いのは火を見るよりも明らかだ。

 私とフユとナナ。それから帰りにサラサが増えることを考えるなら、四人乗りの車両があれば重畳。最悪三人乗りでも構わない、帰りはナナを置いていけばいいのだから。


「車は持ってない」


 マジか、つかえねー。


「でもバイクならある」


「お」


 バイクか……。


「サイドカー付いてる?」


「付いてない」


「じゃあ付けてきてよ」


「え……今?」


「うん、十分以内に」


「えっと……まあ、アキネが言うなら」


 良いんだ。ダメ元だったけど言ってみるもんだね。


「知り合いのメカニックに頼んでくる。ちょっと時間掛かるかも」


「じゃあ北側の出口らへんでフユと待ってるから、そっちにバイク回してね」


「ナナねーちゃ、よろしくたのむぞ」


「うーん……」


 全然釈然としない様子でナナが背を向けて走っていく。協力者が思いのほか協力的で助かる。

 というかナナねーちゃだと? おいおい、この世でフユにねーちゃと呼ばれて良いのは、私ともう一人上の姉だけだぞ。あの女許せん、そのうち潰す。




 それから20分後。

 北側のゲート付近で待ちぼうけていると、古びたバイクが排気音を唸らせながら走ってきた。要望通りのサイドカーオプション付きだ。やったね。


「いやー、なんか悪いわね。いつかお礼はするから」


「別に私はアイテムさえ返してくれればそれで……あの、出来ればスナイパーライフルだけでも返して欲しい。逃げたりしないから」


「だーめ。不意打ちで頭撃ってくる女の言うことなんて信用出来ないわ」


「正論すぎて反論出来ない……分かった、ひとまず代わりの銃で我慢する」


 そもそもスナイパーライフルは重たかったから拾ってない。どうしよう、バレたらバレたで粘着されるのは間違いない。ま、後のことは後で考えよう。


「じゃあ出発しましょう、フユはサイドカーに乗ってね」


「やったー!」


 サイドカーに飛び乗るフユ。かわいい。


「アキネはどこに乗るの?」


「私はここしかないでしょ」


 私は、バイクのハンドルを握るナナの後ろに座ってタンデムする。そして断りなくナナの腰に手を回した。


「ん……っ」


「変な声出すな」


「だって腰弱いから」


「ふーん……」


 試しに腰をいっぱいつねってやると、ナナがクネクネと身悶えてあんま子供に聞かせたくない声を出した。


「フユもやる!」


「楽しいわよ」


「ちょ、やめ……! あっ……!」


 大抵のフルダイブゲームはなまじ五感をリアルに再現してるから、こういう擽りが苦手なプレイヤーは、ゲームの中でも本当に弱かったりする。

 この手の感覚設定はゲームによってはオフに出来たりもするものだが、コンフィグを見る限り……ギアーズベルトはオフに出来ない仕様のようだ。


「あんた、擽りが効かなくなるように訓練しといた方が良いわよ。プロゲーマーなんかは、そういう感覚をセルフシャットアウト出来るようみんな訓練してるんだから」


「ハァ……ハァ…………アキネは、プロゲーマー、なの?」


「私はそんなんじゃないけど」


「じゃあ一体何者なの?」


 またこの質問か。

 屋上で戦った時も似たようなことを言ってたなコイツ。


 私は、今は普通の女子高生だ。それ以上でもそれ以下でもない。


「つまらない詮索はやめなさい。突いてもなんも出てこないわよ、それよりほら、アクセル」


「……分かった」


 三人を乗せたバイクがゆっくりとした初速で走り出した。

 街の外は全体的にガタガタと地面が歪んでいるが、幸いにも走れそうな道路も残っていると言えば残っている。

 ナナはそれなりのドライビングテクニックで、亀裂や障害物を避けながら北へ北へと進んでいく。


「真っ直ぐエリア31に行っていいの!?」


 バイクの排気音と風の音に負けないよう、ナナが少し声を張り上げてそう聞いてきた。後ろの私も、腹に力を込めて声を出す。


「基本的にはね! でもある程度寄り道しながらになるかも! あっ、バイク止めて!」


 言いながら、私はバイクが停止するのを待たずに飛び降りる。


「ちょ、アキネ!?」


 バイクがターンをかけて止まる音を耳に入れつつ、私はバイクから飛び降りた勢いのままハイジャンプを発動した。

 左脚部で機械が鋭く噛み合う感覚。次いで私の身体がハイジャンプの推進力によって前方に射出される。

 私の進行方向には、ゾンビ型のアンヘルが数体佇んでいた。


[サベージアンデッド:LV3]


 ゾンビたちは私にまだ気付いてすらいない。

 私は勢いのまま、ゾンビの一体に不意打ち飛び蹴りをかました。


 豆腐のよつに弾け飛ぶ頭部。

 わお、グロテスク。


 仲間がやられてようやく私の存在に気付いたゾンビ達が殺到してくる。

 コイツら走るタイプの俊敏なゾンビか。だけどそこまで強くはないな。脳みそ腐ってるからか、組み付いて噛み付く以外の行動をしてこないみたいだし。

 私は手早くゾンビを蹴りで片付けていく。


「アキネ! 大丈夫!?」


「ずるいぞアキねーちゃ! フユも戦いたい!」


 二人が駆けつけて来る頃には、サベージアンデッドは全部土に還っていた。


『Level up 5 → 6』


 よしっ、レベルアップした。

 そろそろだと思ってたのよね。


「アキネ、アンヘルを狩りたいなら狩りたいって言っといてくれたら良かったのに」


「言ってなかったっけ? ごめんごめん。フユもごめんね、次は一緒に戦おうね?」


 ナナに平謝りしてから、ぷりぷり怒っているフユのご機嫌取りもする。


「アキねーちゃがぬけがけするの、フユは分かってた。だから許そう」


「お、おう、ありがと」


 どっちがお姉ちゃんなのか分からなくなりそうな器の広さを見せつけられてしまった。流石は私の妹だ。

 それはそれとして。


「道中、狩れそうなアンヘルは積極的に狩っていく方向で行くわ」


「それはどうして?」


「どうしてもこうしても、レベルが足りてないからよ」


 これから一勢力相手に喧嘩売りに行くのに、こっちはゲームを始めたばかりの低レベルが二人もいる。

 いくら私のプレイスキルが神がかっていたとしても、今のステータスではプレイヤー1人を倒すのだって一苦労だろう。全員が全員、ナナのような間抜けの下手くそというワケじゃないだろうし、複数相手だといくら私でもほとんど無理ゲーになる。だからこそのレベリングなのだ。


 そう、サラサ救出に必要な四つ目の要素にして、最も重要と言っても過言じゃないのが『レベル』なのである。

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