多くの言葉で少しを語るのではなく、少しの言葉で多くを語るべし。

 今日だけはリアルよりも仮想現実を優先する。

 フユに説得されて、そう考えを改めた私は、脳みそを切り替えてサラサ奪還へと本腰を入れることにした。


 その前段階として、まずは本当に誘拐されたのがサラサなのかどうかしっかりと裏を取る必要がある。今のところ私の勘と推測以外の根拠がないからだ。


「ねえ、ちょっと話を聞きたいのだけど」


「悪いが他を当たってくれないか……ギアーズは信用出来ない」


 サラサのことならスカベンジャー仲間に聞くのが一番早いだろうと思い、とりあえず近くにいた浮浪者のオッサンに声を掛けたが、いきなりコレだ。殴ったら口も軽くなるかもしれないが、妹の前だしここは我慢。


「ギアーズに誘拐されたっていう子供のことを聞きたいだけなの。お願い」


「……」


 無言で去っていくオッサン。

 キレていいか?


「まあまあ、落ち着けアキねーちゃ」


「落ち着いてるけど?」


 落ち着いてますとも、ええ。

 冷静に考えた結論だが、どうにもこの街のNPCはギアーズプレイヤーにあまり良い印象を持っていないらしい。検問でもそんな話をしていたし、それは確かだろう。


 それほどまでに発売からの一ヶ月間で、ギアーズたちがNPCに対して悪さをしてきたせいなのかもしれない。そうじゃなければプレイヤー全体に波及するほど好感度は下がらないはず。


「サラサもこの街じゃ人攫いなんて珍しくもないって言ってたし、つまりはそういうことよね」


「せちがらい世の中だな」


「意味分かって喋ってるのかな、この妹は」


 フユの語彙力はともかく。

 私はその後も何人かのNPCに声を掛けてみたが、結果は同じようなものだった。

 スカベンジャーたちはみな一様にギアーズお断り感を出していて話にならない。


「うーん……せめてジミニーが見つかれば助けになってくれそうなのに」


「じみにー?」


「フユを探すのを手伝ってくれたオジさん」


「なるほど?」


「まあ、見つからないものは仕方がないか。次はプレイヤーに声を掛けてみよう」


 こっちは閉鎖的なスカベンジャーたちとは違って、多少は話を聞いてくれるだろう。というのは甘い考えでした。



「はぁ~? サラサ? 誰それ?」


「姉ちゃん……俺といいことしねえか? へへ……」


「その質問に答えて俺になんか得あんの? つか知らねえし」


「黙れ女、消え失せろ」


「誘拐? ああ、さっきのアレね。どこのバカか知らねえが自警団のNPCぶっころしやがってふざけんじゃねえって話だよ、なあ? あ? 犯人? さあな? 誘拐された子供? あ~、ガキ狙いか~、ちくしょ~、ガキはイイよな~、まあ攫ったところでこのゲームにゃそういう機能はねえんだけどよ。ところでそっちのちっちゃいのは? ん? おい! 何処行くんだ! 話の途中だろうが! クソ女!」







「このゲームのプレイヤーってカスしかいないの?」


 プレイヤー相手に聞き込みすること30分。

 私はあまりのクソっぷりに反吐が出そうになっていた。


 なんで話しかけるプレイヤー全員ろくでもない野郎ばっかなんだか。やっぱりポストアポカリプスなんて世界にどっぷり浸かる奴らなんて、ああいう精神性のカスしかいないのだろう。


 一応ここに至るまでに、ボルボルみたいな気のいいヤツや、アントとソープボーイとじゃがパラのような親切なプレイヤーにも出会えているが、今思えばあの出会いは奇跡みたいなものだったのかもしれない。他はこの街に巣くってるダニみたいな世紀末ロールプレイヤーや、散々ナナ拍子のような偏執的なプレイヤーキラーしかこのゲームにはいないに違いない。


「もう……こんなことならボルボルとフレ登録しとけば良かった」


 別れ際に余計なことを言ってきたボルボルに、あの時私はちょっとだけムカついてしまっていた。それでフレ申請もせずに見送った結果がこのざまだ。短気は損気とはよく言ったものである。お陰で大幅なタイムロス。私が今こうしている間にも、サラサが大変な目に遭っているかもしれないのに。


「アキねーちゃ! アキねーちゃ!」


 粗大ごみに腰掛けて頭を抱える私を、フユがバシバシと叩いて現実に引き戻す。


「なに? どうしたのフユ」


「あれ!」


 フユが指差したのは、重そうな台車を引くみすぼらしい身なりの老人だった。

 台車には大量のスクラップが乗せてあるが、老いぼれが引くには随分と重量のある荷物のように思える。それに老人は片足を引き摺っていた。もっとよく見てみると、引き摺っているほうの足はギアになっているのだが、どうも機械が故障しているらしく正常に機能していない様子だった。


「あのおじいちゃんがどうかしたの?」


「助ける!」


「あ、ちょっとフユ!」


 私の制止も聞かずにフユが老人の方へと走っていく。

 老人に声を掛けたフユは、何事かをぎゃーぎゃーと喚いた後で、老人と台車を引くのを交代していた。


「な、なんて優しい妹なのかしら……!」


 あまりの美しい光景に涙が零れそうになる。

 掃き溜めに鶴とは正にこのことだろう。

 しかしこんなところで、暢気に人助けなんかしている場合では……いや、そうでもないのか。


「こうなったら地道に好感度稼ぐしかないわね」


 立ち上がって、フユとジジイの元へと駆けていく。


「おじいちゃん、私も手伝うわよ」


「おぉ……おお、そうかい。ありがとうな、若いの。ワシなんかのためにこんな……」


「まあ、いいからいいから。ほら、スカベンジャーは助け合いでしょ?」


「ほほ……ありがとうな」


 サラサの受け売りを口にして、台車を押すのを手伝う……振りをする。

 実際はSTR極振りにしてるフユだけで十分だったらしく、私が力を入れずとも台車はすいすいと淀みなく進んでいった。でもほら、こういうのは気持ちが一番大切だってよく言うでしょ?


 ほどなく目的地に到着したらしく、なんだか見覚えのある斜めった看板を掲げた店の前で台車は止まった。


「どこかと思ったらジャンクショップか」


 フユの足跡を追っている時に目印にしていたお店だ。

 ここの裏手のフェンスをよじ登って、フユはピースフルレイクから大脱走したのである。ほんの数時間前の出来事なのに、もう随分と懐かしくすら感じる。


「ここにスクラップを持ってくると、多少のクレジットに変換してくれるんじゃよ」


「ふーん」


 私もお金に困ったらこの街のゴミを漁ってみようかな。

 ついでにピースフルレイクの美化活動に繋がるかもしれないし、それは普通に有りかもしれない。ゲームの仕様的に、この街からゴミを消し去れるのかどうかは別の話として。


「ありがとうのぅ、二人とも」


「困ってるひとを助けるのはとうぜんだって、おとーさんが言ってた!」


「そうかいそうかい……良い両親に恵まれたんじゃな。その気持ち、ずっと大事にしておくんじゃよ……」


「うん!」


 ちなみにお母さんは、困ってる人間が困り果ててるのを見て高みから嘲笑するタイプの悪役だ。どうしてあの母があの父と結婚出来たのかは、我が家族の永遠の謎として子々孫々まで語り継がれるであろう。


「ねえ、おじいちゃん。実は私たちも困ってることがあるの」


 満を持して、私は下心を表に出す。

 こんな世の中だからこそのギブアンドテイク。

 助けてやったんだから、ちょっとは私の事も助けてくれの精神だ。


「なんじゃい? こんな老いぼれが、助けになれることなんてないとは思うが……」


 ちゃんと話を聞いてくれる。

 それだけでちょっと感動して涙が出そうになって来る。

 やっぱVRMMOでNPCの好感度稼ぎをしとくのは大事なんだな。久しぶり過ぎて、そういう基礎的な部分が頭から抜け落ちてた。サラサの時だって、誘拐され掛けていたところを私が助けたからこそ、フユを探すのを手伝ってくれたわけだし。


「人を探してるの、スカベンジャーの子供なんだけど」


「……スカベンジャーの、子供……」


 老人の表情が険しくなる。

 何か知っているという顔だ。


「アンタらもあの子を狙っているのか……?」


 疑心。

 疑っているのだ、私を誘拐犯らと同程度の輩なのだと。


 好感度が下がる音が聞こえる。

 しかし『あの子』という言葉を使ってきたということは、この老人は誘拐された子供が誰なのかまでを知っているということに他ならない。


 私は慎重に言葉を選ぶ。

 ここでのロールプレイをミスれば、また好感度稼ぎからやり直しだ。


 大丈夫。

 こういう場面は他のゲームで何回も経験してきた。

 難しい言葉や、言い訳じみた説明なんていらない。

 紡ぐ言葉はシンプルなほど心に響く。


 多くの言葉で少しを語るのではなく、少しの言葉で多くを語るのだ。


「友達なの」


 この場において、これ以上適切な言葉なんて存在しないだろう。


「フユも! フユもともだちになりたいの!」


「お願い、おじいちゃん。あの子を……サラサを助けるために、力を貸して!」


「じーちゃん、お願い!」


 フユと一緒に頭を下げる。

 老人は少しの間沈黙していたが、やがて戸惑うように声を漏らした。


「おかしなギアーズじゃな……ワシみたいなロートルを助けてみたり、スラムの子供を友達と呼んだり……」


 声からは、先程まで漂っていた疑心が感じられない。

 よし、上手くいった。


「スカベンジャーは助け合いか……そういえば、あの子の口癖がそうじゃったな」


 しかもサラサの受け売りがそのままクリティカルヒットしていたようだ。

 やっぱ引用はしとくもんだね。


「おじいちゃん、力になってくれるの?」


「……ええじゃろ。とは言っても、こんな老いぼれに出来ることなどたかが知れとるが」


 言質頂きました。

 これでようやく一歩前進だ。


「ふぅ……というか、騒ぎになってる誘拐事件で攫われた子供って、やっぱりサラサのことなの?」


「そうじゃが……なんじゃ、サラサだという確信もなしにこんな話をしとったんか」


「だって誰に聞いてもまともに答えてくれないんだもん。どうなってるのこの街」


「う、む。そうか、ギアーズ相手だとこの街の人間は口が固くなるからのぅ。いや、どこの街でもそうなのかもしれんが」


「お陰で苦労したわ」


「ほっほ……小汚い老人の手伝いをしてやったりとかのう」


「うっ」


 見透かされてしまった。

 まあ、それ込みで力になってくれるというのだろうから、それならそれでだ。


「じゃあ早速動いて欲しいのだけれど」


「ワシはなにをすればええんじゃ?」


「スカベンジャーのネットワークを活用して、サラサを誘拐した犯人を特定して欲しい。犯人が誰か分からなくても、せめてどこに連れて行かれたのかくらいは知りたい。じゃないと話にならない」


「分かった、ワシの知り合い全員に声を掛けてみよう」


「ありがと、おじいちゃん」


「ワシはゼインという名前じゃ」


「私はアキネね。で、こっちは」


「フユ!」


「そうかそうか、よろしくなアキネ、フユ」


 小汚い老人改めゼインの協力は取り付けることが出来た。

 あとは出来得る限り時短を心がけるとしよう。


「フユ」


「んぁ?」


「気の抜けた返事も可愛いわね……じゃなくって、フユはゼインをおんぶして移動してあげて。ゼインの足だと、声を掛けて回るのにも時間が掛かるだろうし、そっちの方が効率的よ」


「わかった!」


「いやだが……こんなちんまい子に、人一人を背負わせるのは……」


「この子私よりパワフルだから大丈夫。ゼインくらいなら片手で持ち上げられるはずよ」


「そ、そうなのか……? ああ、だがギアーズならそれくらい出来てもおかしくはないのかのう……」


 これで情報収集の速度は上がるはず。

 あとは……そうだ、もっと大事なことがある。


「あと、この街のショップやらなんやらに詳しいガイドが一人欲しいわ」


「あ! ずるいアキねーちゃ! ショッピングするつもりだ!」


「買い物はするかもだけど、サラサ救出のために必要なものを揃えるだけよ」


「そうなの?」


「そうなの」


 そうだとも。

 だって、戦争をするには武器や道具が入用だからね。

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