vs散々NANA拍子

 私がビルの屋上に着いてから10分後。

 ようやく追跡者が屋上に姿を現した。階段に繋がるドアを蹴り開け、肩にスナイパーライフルを担いで堂々と私に対峙する。


 私は屋上の室外機に腰をかけ、マフィアのボスのように気取った態度で足を組みながら、散々NANA拍子を出迎えた。


「随分遅かったんじゃない? そんなに手間取った?」


 私が声を掛けてやると、ナナはぴたりと立ち止まり、探るような視線をこちらに飛ばしてくる。

 ……ん? 私を見てないな? コイツどこ見てんだ? あ、こっち見た。虫でも飛んでたのかな? ゲーム内で普通の虫が飛んでることがあるのか知らんけど。


「せっかくだから、ご褒美部屋を漁ってただけ。アキネが漁ってなかったみたいだったから」


「ご褒美部屋?」


 なにその甘美な響きのする部屋名は。


「……この手の廃墟の一番奥には、物資が大量に保管されてる部屋が必ず一つはある。それのこと」


「あー、なるほど。廃墟探索は最後まで頑張れば絶対に報酬があるってわけね」


「まあ、基本的にはボス格のアンヘルが居るから、どのみちアキネには無理だっただろうけど」


「ああ、最上階に居たレベル29の[グロテスクアマルガム]とかいうアンヘル?]


「そう、そいつがここのボスだった」


「ふーん」


 なるほどね。

 下でドンパチ暴れてると思ったら、そんなことをしてたわけだ。悠長というかなんというか。

 私はなんたらアマルガムを視認した瞬間、踵を返して窓をぶち破り、ビルの外壁を伝って屋上に昇ったので、そいつとは戦っていない。トレインしてたアンヘルたちも、その時にお別れした。


 そんなことよりも、粘着ストーカーPKとの感動のご対面である。私はナナを改めてマジマジと観察する。

 黒髪、赤マフラー、ライダージャケット、ホットパンツ。ふむふむ、なかなかの美的センスじゃない? 私、カワイイものには目がないけど、そこんとこナナは良い線いってると思う。


 ただし、執拗に私を追いかけて殺そうとしてきた部分に関しては最高に可愛くない。あとプレイヤーネームが、PKであることを証明するかのように血の色に染まって表示されているのも可愛さ減点だ。コイツのせいでフユの捜索が大幅に遅れている。責任を取ってもらわなくては。


 だがその前に、いくつか聞いておきたいことがある。


「ボスと戦ったり、ご褒美部屋を漁ったりしてる間に、私が逃げちゃうとは思わなかったのかな?」


「上で待ち構えてるのは気配で分かったから。私、PERにかなり振ってるもん」


「あ、そう」


 スナイパーだからそんな感じのステ振りだろうなとは思っていたが、案の定だったらしい。とはいえ、階下から屋上にいるプレイヤーの気配を感じられるのは相当だなあ。


「アキネこそ、どうして私がボスと戦ったりしてる間に逃げずに待ってたの?」


 ナナが私に質問し返してくる。つーかこの女、さっきからアキネアキネって馴れ馴れしいな。友達かよ。


「待ってたのは、ここにアンタを連れて来るのが目的だったから」


「?」


 首を傾げるナナ。

 察しはあまり良くないらしい。好都合だ。


 私は室外機から立ち上がり、ナナに背を向けて屋上の縁まで歩いて行った。


「落ちるよ」


「落ちないわよ、私そんな間抜けに見える?」


「分からない」


 ナナが可愛いことを言う。


「分からないってのは?」


「私、あなたのことを何も知らないから。あなたは何者なの? 私はそれを知りたくてここまで追って来た」


「そりゃご苦労様。でも残念、私はどこにでもいる普通の人間ってのをキャッチコピーにしてやらせてもらってるの。何を期待して追って来たのかは知らないけど、とんだ無駄足ね」


「嘘吐き」


 背後でナナがスナイパーライフルを構える気配。

 ムズムズが来る。


「化けの皮の下を見せて」


 轟音。

 超至近距離での狙撃銃。


 だが撃つタイミングと、弾の飛んでくる方向さえ分かっていれば避けるのは容易だ。

 私は身を翻して弾を避け、発電設備の影へと避難する。ビルの屋上は何気に遮蔽物が多くて助かる。


「今腰だめで撃ってた? よく反動でぶっ飛ばないね」


「STRに振ってるから」


「そうなんだ。でもそういうの、戦ってる相手にほいほい開示しない方がいいんじゃない?」


「……それはそう」


 遠距離ではナナの独壇場。

 近距離戦でも攻撃を喰らえば多分ワンパン。それくらいのステータス差はあると思った方がいい。


 反面、階段での攻防でダメージが通っていたことから考えるに、防御面へのステ振りはそこそこと言った所なのだろう。あるいは皆無で、防具の性能だけで誤魔化しているのか。いずれにせよ、そこが唯一の付け入る隙だ。


 勝負は一瞬でケリが付く。

 作戦開始だ。


「行くよ」


 遮蔽物の影からスタートダッシュを切って走る。

 待ってましたとばかりに号砲が轟くが、単純な銃撃じゃ私は殺せない。弾丸を軽く避けて、さらに加速を付けて全力で走り抜ける。


「っ!」


 想定よりも早く二発目が放たれた。

 走る私の進行方向へ向けての完璧な偏差撃ち。もう少しブレーキが遅れていたら、こめかみに風穴が開いていたところだ。……腕がいいな。


「ってか、この距離でスナイパーライフルってどうなの!?」


「心配には及ばない。近距離スナイプは得意」


「履歴書にも同じこと書いとくといいよ」


「……その軽口もすぐに聞けなくなりそうで残念」


 おっと、昔のクセでお口が軽くなってた。気を付けよう、過去の私から少しずつ脱却していかなくては。


 再度物陰から姿を見せ、ナナのスナイプを誘発する。今度は適度に緩急を織り交ぜ、動きにも変化を持たせる。


「くっ……当たって!」


 残念、またハズレ。

 三発目を余裕を持って回避し、ここでようやく一気に間合いを詰めていく。そう広くない屋上だ。私とナナの距離は一瞬でショートレンジの間合いになる。


「ほら、近距離スナイプは?」


 立ち止まり、わざと銃口の真ん前に額を持ってくる。私の頭と銃口との距離は、僅か10cmほどの隙間しかない。


「バカ!」


 ナナの引き金にかかる指に力が込められる瞬間、レッグギアで銃身を真下から蹴り上げる。


 四発目の銃弾はどこか遠くへ消えていった。

 バカはどっちかな?


「あちゃー、こりゃ履歴書にも書けないね」


「しまっ……!」


 ナナは咄嗟にスナイパーライフルから手を離し、近接武器を取り出そうとする。が、私の蹴りの方が数倍速い。


「ファーストアタック頂き」


 後ろ回し蹴りが綺麗決まり、鳩尾を突かれたナナが小さく仰け反った。

 硬い。石でも蹴飛ばしたみたいだ。多少レベルが上がったとはいえ、やはり私の攻撃じゃダメージは微量か。


 すぐに怯みの解けたナナが、インベントリから取り出したハチェットで私の頭をかち割ろうと凶器を振り回す。この子、スナイパーとしての腕は優秀だけど、近接戦闘はお粗末だな。


「武器に振り回されてるけど大丈夫?」


「当たればワンパン!」


「当たればね」


 ハチェットの刃を避けつつ幾度となく蹴りを浴びせる。

 ダメージこそ少ないだろうが、ナナは相当ストレスを感じていることだろう。表情には焦燥感がありありと浮かんでいる。まあ、焦ってるのはこっちも同じだけど。思ってたよりもステ差の影響が大きい。どこを蹴っても全くノックバックが発生しない。クリーンヒットしなくちゃ怯みもしないし、格ゲーのスーパーアーマー持ちと戦ってる気分になってくる。


 このままだと時間が掛かり過ぎる。

 今のところ流れは私にあるが、ナナが私の速度に対応し始めたら形勢は瞬時に逆転するだろう。そろそろ勝負を仕掛けなくてはなるまい。


「怒った」


「まだ怒ってなかったんだ――」


 ナナの発言に茶々を入れようとした瞬間、戦いが始まってから初めて、私は驚愕のあまり息を呑んだ。ナナが素早くインベントリを操作して、幾つかのアイテムを屋上にバラ撒いたのだ。バラ撒かれたのは、フラッシュバン、スモークグレネード、そして転がるようにして私の足元に迫ってきた――手榴弾!!?



 閃光、煙、そして爆発がほとんど同時に巻き起こる。

 咄嗟に近くの室外機の裏に逃げ込めたものの、1割ほどダメージを喰らってしまった。ノーダメ攻略ならずか。やっぱ3年のブランクは大きかったかな。というか、あんな近距離で手榴弾を投げたのだから、絶対あっちもダメージ喰らってるよね。だったら回復される前に攻めたいとこだけど……。


 フラッシュバンのせいで耳がキーーンとしてるし、煙のせいで視界が悪くて困る。PERの感知能力にまで支障が出ているらしく、ナナの位置を見失ってしまった。だがそれはあちらも同じことだろう。私とナナの距離は再び離されてしまい、勝負はふりだしに戻ってしまった。


「まあ、煙が晴れるまで待てば問題ないんだけど……!!?」


 ムズムズ!?

 しかも攻撃は真横方向から!?

 いつの間に側面に回り込まれていたんだ、ヤバい。


 ワケも分からないまま、ローリングで攻撃を避ける。何かが高速で、私がコンマ秒前に居た空間を貫いて行った。なんだ今のは。煙で攻撃の正体が見えない。マズいな、ここに来て攻守が逆転するとは。さっきの勢いのまま押し切りたかったのに。


 ナナが私の位置を把握出来ている理由は、恐らくPERの値がそもそも違うのが原因だろう。ナナはPERにかなり振っているようなことを言っていたし、フラッシュバンとスモグレの影響で多少PERにデバフが掛かっていたとしても、それでもなお私の位置を特定する程度の感知能力は残っていたに違いない。 

 だが、今の攻撃でこちらもナナの位置は掴めた。徐々に晴れてきた煙の中、攻撃の飛んできた方向に、薄っすらとシルエットが浮かんでいる。


 私は次の攻撃が来る前に、煙の中に見える人影に肉薄し、蹴りを――



 ぼよよんっ



 蹴りを当てて返ってきた感触に、私は顔を引き攣らせた。

 これはナナじゃない。ナナのアバターを模した、ただのゴム風船。


「デコイ……だとぉ!?」


 またもシックスセンスが警報を鳴らしてくる。

 ズドンとスナイパーライフルの射出音。

 まんまとデコイに騙された獲物を狩るために、真鍮色の凶弾が空を貫いて飛来する。


「当たってたまるか!」


 煙の動きで弾の飛んでくる正確なポイントを把握。しつつ、身体を無理な方向へと捻って回避を強引に成功させる。無理に身体を捻りすぎたせいでHPにダメージが入った。判定厳しいな、おい。


 だがこれで窮地は脱した。

 デコイに引っかかったのは恥ずかしいが、これで今度こそ振り出しに……。



 ムズムズ。



 背筋が凍りつく。


 予想外の連続攻撃。

 今の私は、変な姿勢のまま。

 とてもじゃないが回避が間に合わない。


 そして何より、攻撃が飛んで来る方向からしておかしい。

 直前に弾丸が飛来した方角とは、90度別の角度から攻撃が向かってきている。


 バレエ教室体験入学一日目みたいな不格好なポージングの私は、せめて攻撃の正体だけは見破ろうと、視線だけを攻撃の方向に動かした。そして視界に飛び込んできたそれを見て、私はナナが何をしたのかを悟った。


「拳――」


 煙の中から現れたのは、ナナの右拳だった。

 より正確な表現をするならば、ナナが右腕に装着していたギアだけが、どういう理屈かひとりでに宙に浮いて移動していたのだ。さながら大昔のロボットアニメに出てくるロケットパンチのように。


 メシリっ


 加速を付けたロケットパンチが、右頬にめり込んで頭蓋骨を軋ませる。


 肉を穿つ快音がビルの屋上に響き、私は錐もみ回転しながら、ビルの屋上の外側へと吹っ飛んで行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る