地獄へと駆け上る

「数多すぎ! ソロプレイヤーに優しくないんじゃないの! このゲーム!」


 行手を塞ぐ異形の群れとの接触を極力避け、ビルの上階へと向けて全速力。覚悟はしていたが、廃墟街のビルの中はアンヘルの巣となっている様子だった。一瞬でも立ち止まれば囲まれて袋叩きにされるだろう。


 そもそもこの手の閉所に攻め込む時は、地道にモンスターを間引きながら進んで行くのがダンジョン攻略のいろはのいだ。こういう無謀な特攻は、ある程度準備と勝算がなければ時間を無駄にするだけ。少なくともゲームを始めたての、手数もリソースも何もかもが足りてない時にやるようなプレイングではない。


 そんなことは百も承知。さっきの文句が逆ギレだってのは分かってる。だが人には、時に自ら困難に首を突っ込まなくてはならない状況がある。今がその時だ。


「通して! 退いて!」


 飛び蹴りで[スケアゴブリン:LV.2]の首根っこを叩き折る。次いで、フェイスハガーを仕掛けてきた[テリブルローチ:LV.1]をキモいけど裏拳で叩き落す……最悪、ネチョってした。倒せてないし。


 それからハイジャンプで斜め前に飛び上がり、こちらに押し寄せていた雑魚の群れの頭上を通過する。天井が高いとはいえ、力加減を誤ったら頭をぶつけかねないのでハラハラだ。これで挟み撃ちから一旦逃れたので一安心……なわけがない。私を挟み込もうとしていた雑魚達が、一塊になって私を押し潰そうと殺到してくる。休んでる暇が微塵もない。即座に駆け出して百鬼夜行の先頭を行く。


 部屋から飛び出て来た骸骨――[ポーンボーン:LV.8]の斬撃をかわ……す! もっかい躱す! からのカウンターキック……を盾で防がれた。なんだこの骨!? コイツだけなんか強くない!?

 構ってられないので適当にあしらないながら先へ進む。曲がり角でテリブルローチを踏みつけたところで、次のフロアへの階段を見つけた。


『Level up 3 → 4』


 またレベルが上がった。ボーナスポイントをSTRに2、AGIに3振りながら階段を上がる。

 階段を上る途中、上から飛び降りてきたゴブリンを腕で受け止め、勢いのまま階段下へと投げ飛ばす。そのゴブリンをポーンボーンが一刀両断に斬り伏せた。


「わぉ、ナイス連携」


 骸骨君と心が通じ合った。と思った矢先、ズドンと銃声が轟いてポーンボーンの頭蓋骨が木っ端みじんに砕け散った。散々NANA拍子の狙撃だ。


「流石に来るのが早いわね。ちょっとみんな! もっとしっかり足止めしてよ!」


 背後のアンヘルたちに理不尽な要求をぶつけながら5階へ。

 そこからまた似たような逃走劇を繰り返しながら6階、7階へと歩を進めてゆく。

 

 その間、私は各階でモンスタートレインの補充を行い、ナナに追いつかれないよう障害物として間に入ってもらう。高レベルのナナにとっては雑魚なのだろうが、それでも完全に無視して進むことは不可能らしく、私を追うために最後尾から順番にアンヘルを仕留めていってるらしい。それはPERへのステ振りが功を奏しているのか、気配でなんとなく察することが出来た。


 私を追いかけるアンヘルの群れが、私を追いかけるナナにとって非常に邪魔な存在になっているわけだ。ややこしいがそういうこと。特にポーンポーンはナナにとっても厄介らしく、骨戦士のシルエットを見つけるなり最速で頭蓋骨をズドンしていた。


 一方私は、倒せそうな敵だけを確実に左脚の錆にして、8階到達時点でようやっとレベルが5になった。ボーナスポイントはSTRに2、AGIに2、WILに1振っておく。PERはとりあえず現状の数字でもう十分だろう。今の所は。


「もうちょいレベル上げといても良かったかな。いやでも倒しすぎたら壁が薄くなるし……うーん」


 ステータスが上がってきたことで、ある程度考え事をしながら逃げる余裕くらいは出てきた。やっぱAGIが上昇すると逃げ易さがダンチだ。



 ビルの内部では、ある程度決められたテーブルに従ってアンヘルが配置されているらしく、遭遇するのはそろそろ見慣れた顔ばかりになってきた。

 スケアゴブリン、バッドバット、テリブルローチ、ゾンビ型アンヘルの[シビルウォー]、それとポーンボーン。出てくるのはこの5体が主で、たまに外でも遭ったデスハウンドが紛れている感じだ。もしかしたらイヌは外から入って来たのかもしれないけど。


 この中で脅威になりそうなのはポーンボーンくらいなもので、あとの雑魚は行動パターンも大体把握出来たので片付けようと思えば出来なくもないだろう。まあ、ナナとの間の壁がなくなると困るのはこっちなので、状況的に倒したくとも倒せないのだが。


 そんなこんなで10階まで上がってきた。そこで初めて、アンヘルの出現テーブルに変化が生じた。


[ブルークローラー:LV.13]


 人間を丸呑みに出来そうな巨大なイモムシが、通路を塞ぐようにしてこちらを見ていた。

 階下から姿を現した私を見て、イモムシちゃんは首を傾げて「誰?」みたいなモーションを取った。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。


 のも束の間、ブルークローラーが口から糸を吐き出してくる。


「うわっ! かわいくない! ってかローチといい、蟲系のクリーチャーとこんな閉所で戦わせないでよ!」


 糸の射出速度はハッキリ言って遅いので躱すのは容易だが、問題は糸がその場に残り続けることだ。この狭いビルの中で糸を吐かれ続けたら、あっという間に身動きが取れなくなる。というか現状既にヤバい。


 糸を掻い潜り、イモムシを避けて他の通路に逃げ込む。そっちはそっちでまた新顔のアンヘルが待ち構えていた。


[レイス・スクリーム:LV.7]

[ナイトボーン:LV.16]


 青白く発光しながらフワフワと宙を彷徨う、上半身だけの人間型アンヘルがレイス・スクリーム。

 で、ナイトボーンはポーンボーンの上位個体っぽい見た目をしている。剣と盾がちょっと豪華になっており、頭に兜を被っている。ヘッドショット対策だろうか。


 片方の通路は糸を吐くイモムシが塞いでおり、もう片方には今まで遭った中で一番強そうなアンヘル。さらに階段下からは階下の雑魚アンヘルとナナが追ってきてる。

 なかなかヒリつく状況に追い込まれてきたが、だからと言って立ち止まってる場合じゃない。私はナイトボーンと相対する。


「騎士道精神で女の子は見逃してくれたりしないの?」


 軽口に返答はない。無言で剣を構えられた。死人に口無しってヤツだ。


「シッ!」


 骸骨騎士の鋭い上段斬りに合わせて、レッグギアの蹴りを放つ。火花が飛び散り、金属同士が擦れる耳障りな音が生まれる。

 今の蹴りは攻撃のためではなく、ナイトボーンの剣撃を逸らすための一撃だ。成功するかは微妙なところだったが、なんとか初見でパリィに成功。力のベクトルを私に誘導されたナイトボーンは、体勢を崩して露骨な隙を晒してくれる。


 その脇を通り過ぎようとしたところで、残るレイスが大きく口を開けた。


「キョエェエエエエエエ!!!」


「うるさっ」


 スクリームの名の通り、レイス・スクリームは叫び声で攻撃してくるタイプのアンヘルだったらしい。咄嗟に耳を塞いだので被害は軽微だが、若干HPを削られた。


 これでダメージになるの!?


 そう文句を付けようとしたが、口が開かない。っていうか全身金縛りにあったみたいに動かない。どうやら叫び声の効果はダメージだけじゃなかったようだ。


 視界の端でナイトボーンが動く。

 あ、これヤバくない?


「っ! ハイジャンプ!」


 全身が硬直していても、辛うじてギアだけは駆動させられた。

 不格好な態勢で上に跳び、すんでの所で横薙ぎに振るわれた剣を避ける。ギアスキルを発動出来ると気付くのに、あとコンマ秒でも遅れていたら、レイス・スクリームの仲間入りをしていただろう。

 天井付近まで跳んだ私に、続けざまに突き攻撃が繰り出されるが、そこはレッグギアで再度パリィして事なきを得た。


「いや死ぬ! これは流石に死ぬって!」


 10階に入ってから出て来るアンヘルは、軒並みなんらかに特化した能力を持っているようだった。一対一ならどうとでもなる相手でも、一対複数な上に追跡者との距離を保ちながらの戦いでは流石にこちらが不利だ。このビルでのレベル上げはどうやらここで打ち止めらしい。あとは死なないように一番上を目指すだけだ。


「外から数えたけど、16階建てのビルだったからあと6階か」


 楽な道のりとは言えないが、私なら多分なんとでもなるはず。

 そんな自信を証明するかのように、私はそこから15分ほど掛けて屋上まで到達したのだった。


 ストーカーの撃退に気を取られ過ぎて、フユを探すという当初の目的を忘れちゃいやしないかって?

 大丈夫、それも込みでの屋上での決戦なのだから。

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