逃げれば逃げるほど夢中になって追いかけてくるおっかないタイプ
廃墟の街を駆けずり回る。
今私がやるべきことは二つある。一つ目は、このアッシュポリスのどこかで遊んでいる妹のフユを見つけ出すこと。そしてもう一つは……。
私は足を止めずに、背後にチラッと視線を送る。
「ねえ、待ってー」
二つ目はあのスナイパーを撒くことだ。危険なPKをフユの元まで案内するわけにはいかない。……っていうか、どこまで追っかけてくるのよコイツ! どんだけ粘着質なの!?
「待てと言われて待つ馬鹿はいないって、常識でしょうが……!」
あのスナイパーストーカー女――プレイヤーネームは[散々NANA拍子]となっている――は、AGIにステータスをそこまで割り振っていないらしく、レベル的に格下のはずの私に全然追いつけないでいる。速かったのは、ビルから飛び降りてグライダーで追ってきてた時だけだ。地面に降りてからはノロノロと着かず離れずの速度しか出ていない。もしかしたら芋砂特化ビルドなのかもしれない。なら全然撒ける。
「っ! ムズムズ!」
シックスセンスが危険を報せて来ると同時に、前方にジャンプしながら両足を折りたたむ。背後から飛んできた銃弾が、私の真下を目にも留まらぬ速度で通り過ぎて行った。
「チっ! 意地でも私をぶっ殺そうってわけ? 上等じゃない……!」
だったらこっちにも考えがある。
私はレベルが2から3になった時のボーナスポイントを、全部AGIに割り振って加速した。
「すごい、今のも躱すんだ」
NANAから標的までの距離はおよそ100m。射撃から着弾までの時間はおよそ0.125秒ほどだ。記録を大幅に更新。ビルの上から狙撃した時の半分以下の猶予しかなかったにも関わらず、逃げ回る赤毛のプレイヤーはまたもや銃弾を回避してみせた。驚異的な反応速度だ。
「足を撃って動きを止めるつもりだったけど、どうやらそれは難しそう。あ、ジンメンさん、ギフトありがとう」
投げ銭をくれたリスナーに対し律義に礼を挟みつつ、どうやって追いついたものかとNANAは少し考える。足の早さはほぼ同速、機動力の面を考えるならレッグギアのある相手側が遥かに有利だ。
NANAのギアは、右腕の代わりに生えてる鉄腕ただ一つだけ。
あるいはこのギアの能力を使えば、前を走るあの[アキネ]というプレイヤーを止められるかもしれないが、どうせ使うのなら必中の場面で使用しなければ意味はない。あのプレイヤーなら、多少の初見殺し程度は初見殺しにならないだろう。そういう予感があった。
だったらどうするか。どうしよう。
面白そうだからという興味本位だけでアキネを追いかけるNANAは、ノープランのままとにかく足だけは止めずに働かせる。そんなNANAの視界の先で、アキネが不意に動きを変える。
「ビルの中に逃げ込んだ」
これまでひたすら街中を走り続けていただけのアキネが、吸い込まれるようにビルの中に消えて行った。当然NANAも後を追う。
アッシュポリスは街中全体がダンジョンのような扱いになっている特殊なエリアだ。だから通常のフィールドに比べて、建物の外にも多くのアンヘルが獲物を求めて彷徨っている。そして建物の中はもっと面倒だ。屋内という逃げ場の少ない空間に、大量のアンヘルが密となって襲い掛かって来る仕様になっている。なので基本的にはスニーキングをして、見つからないように少しずつ数を減らしていくか、もしくは
それがこんな風に、ドタバタ走りながらビルの中に突入したらどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだ。
「すっごいアンヘルに絡まれてる」
NANAが中に入ってみると、アキネが大量のmobに追われているのが見えた。アキネはビルのだだっ広いエントランスからエスカレーターを駆けあがり、2階のギャラリーへと侵入している途中だった。1階のアンヘルの多くもそれに続き、更には2回のアンヘルをも新しい行列に加えて、どんどんとアキネは奥へ奥へと入っていく。
「私に追いかけられたせいで、混乱して血迷った? もしそうなら期待外れだけど」
このままアキネを追いかけても、下手をすれば二人仲良くアンヘルの餌になるのがオチだ。NANAは現在レベル48。アッシュポリスの攻略レベル的には全然余裕。しかしビルの内部は、奥へ進めば進むほど厄介なアンヘルが湧く傾向にある。このゲームにおける廃墟探索は、どれだけレベルが上がっても油断してはいけないというのがベテランギアーズの心得なのだ。
その程度のことは、ゲーマーならば教えてもらわずともある程度察せていなくてはならない。知らずに飛び込んだのであれば期待外れ。知ってて飛び込んだのだとしても、とんだ無謀の大間抜けだ。
疑問に思いながらもNANAはアキネを追いかける。
配信的にもここで追跡を止めるのはアウトだ。
アキネを追うのを諦めたアンヘルの内の数匹が、縄張りの中に入って来た新しい獲物に襲い掛かって来る。
「邪魔」
NANAはインベントリから取り出したハチェットで、コックローチのアンヘルを手早く片付けて後を追う。NANAが2階に上がる頃には、フロアの反対側に見える階段からアキネが3階へと上がる直前だった。
このビル、1階から2階まで吹き抜けになっているので、どこに居ても様子が見えていたが、3階からは姿を追うのが困難になってくる。差を広げられたら容易に見失ってしまうだろう。
いっそアキネが窓から飛び降りて逃げてくれれば、こちらとしても楽だったのだが、NANAがグライダーを持っていることは既に知られてしまっている。そうなれば追いつかれるのは確定なので、窓から逃げるという手段は最後の最後まで取らないだろう。
ともかく見失うのはダメだ。
NANAは壁になるアンヘルたちを蹴散らしながら3階への階段に辿り着き、
「よっ!」
「――!?」
階段の最上段から降って来たアキネのレッグギアが、腹部に深々と突き刺さった。
「っしゃあ! クリーンヒット!」
確かな手応え……というか足応えを感じて、私はビル内に反響するほどの大声で喝采した。まさか私が折り返して攻撃してくるとは予想していなかったのだろう、ナナは無防備な腹にもろに蹴りを受けていた。
私とナナの間にどれほどのレベル差が存在してるのかは知らないが、恐らくダメージ自体はほとんどない。普通なら背後に吹っ飛びそうなものを、両足でしっかりと踏ん張ってるのがその証拠だ。だがゼロじゃない。僅かにでもダメージは通っているし、怯んでもいる。ダメージエフェクトらしきものが発生していたのを、私はちゃんと見逃さなかった。
「これ以上追って来るなら殺す」
しっかりと脅しつけてから、ナナのお腹を踏み台にしてハイジャンプを発動。降りて来たばかりの階段をひとっ飛びで駆け上がる。
私がトレインしてきたアンヘルが階段の上で行列を成しているが、関係ない。中空で縦回転しながら踵を落とし、最前列に居た[バッドバット]とかいうデカイ蝙蝠アンヘルの脳天を砕く。そのバッドバットの頭を踏み台に更にハイジャンプ。天井に頭をぶつけないよう角度を調節して跳躍し、階段の踊り場で壁を横に蹴ってもう一度ハイジャンプ。異形の群れの頭上スレスレを通り抜け、私は行列の最後尾まで難なく到達した。
そして私は待ったなしに走り出す。今度はビルの4階へと向けて。
ナナは、間違いなく追って来るだろう。あの程度の脅しで引き下がるようなやつがPKなんてするはずがない、むしろ俄然やる気になったはず。だがそれで良い。
「追ってきてよね、てっぺんまで」
私は逃げてるのではなく、誘ってるのだから。
◆◆◆◆
「――面白い」
NANAの声は歓喜に溢れていた。
「面白い、面白い、面白い!」
瞳を爛々と輝かせ、NANAはアキネの後を追って3階へと突入する。
NANAはそこそこフルダイブゲームをプレイしている方だが、それでもプレイヤー相手にあんな風にドラマチックに挑発されのはこれが初めてだった。しかもあの卓越したプレイスキル。なんだあの動き! 階段の上から飛び蹴りしてくるところまでは普通だが、そこから蹴った相手の腹を足場にハイジャンプ。そこからグルグル回転して空中踵落とし、からのハイジャンプ。そんでもって、空中で体の向きを変えて今度は壁を横に蹴っての大跳躍。びっくりするくらいのアクロバティック。とんでもない身のこなしだ。
:なんだ今の変態アクション
:すげー
:ハイジャンプであんなエグい動き出来るもんなの?
:追ってきたら殺すだってよ、こえーww
:何者だよあいつ
:カッコ良すぎて漏らした
:絶対逃がすな! 追え!
リスナー達も大盛り上がりだ。
無論逃がすつもりはない、あんなとんでもない取れ高製造機みたいなプレイヤーを。もうむしろ殺してくれるのならそれでもいい。それはそれで超取れ高だ。切り抜きが100万再生くらいは余裕で突破するくらいのパワーを感じる。
「アキネ……アキネぇええええええええええ!!」
最早NANAは本物のストーカーと化していた。
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