レッツファッキンゴー

 プレイヤー三人組と別れた私は、フユを乗せた車両を追って再び荒野を駆けていた。

 走りながら、譲り受けたフードアイテムを口に運ぶ。お行儀が悪いので、フユの前ではやらないように気を付けよう。


「もぐもぐ……うーん……この[調理済みのグリズリーラットの肉]クソマズイわね。一瞬味覚エンジンがバグってるのかと思ったわ」


 人から頂いたご飯にケチを付けるのはどうかと思うが、私が文句を言ったのはあくまでもゲームの運営に対してだ。もしギアーズベルトにこんなマズイご飯しか存在しないのだとしたら、これは由々しき問題である。


 たとえゲームの中とは言えど、我が妹にこのような獣臭くて美味しくないご飯ばかり食べさせられない。かくなる上は、私が料理関連のタレントを取得していってそこら辺をサポートしていかなくては。


「さて、と。ようやく着いたわね」


 そうこうしている内に、目的地の廃墟街に到着した。



[廃墟街:アッシュポリス]



 遠くからでも見えていたので分かっていたが、廃墟街には背の高い建物が多く立ち並んでいる。かつては人類の繁栄を象徴するかのように、ビルの群れは雄々しく天を突くほどに聳え立っていたのだろう。だが今や、その全ては過去の栄光の残滓でしかない。


 街を覆う建物の多くには、激しい戦闘の痕跡が生々しく刻み込まれている。見渡す限り、戦火を免れて完璧な姿を留めている建築物は皆無だ。視線の先には、崩れ落ちて道を塞ぐビルの残骸が横たわり、瓦礫の山が街に無秩序に散らばっている。所々に有毒な煙を吐き出す地面の亀裂も見受けられ、まるで街が最期の息を漏らしているかのようだ。


 この無機質な光景からは、かつてここに充満していたであろう活気を感じ取ることはできない。まさに色褪せた街――アッシュポリス。その名が示す通り、街は死灰に覆われているのだと、私は勝手に納得しながら、口の中に残っていたグリズリーラッドの骨を地面に吐き捨てた。


「車は……見当たらないわね。もっと街の奥まで進んでったのかな」


 アッシュポリスには他のプレイヤーがそこそこ集まっているらしく、あちこちから銃声やバケモノの雄叫びのようなものが聞こえてくる。

 このエリアはギアーズベルトのプレイヤーにとって、絶好の狩場なのだろう。ビルの中も探索しがいがありそうだし、時間が許すなら私だって隅から隅まで探索してみたい。


「う……ともかく全てはフユを見つけてからだよね。さぁて、あの子を乗せていた車はどこに停まってるのかなっと」


 誘惑を振り切るように、早足で廃墟の街を歩む。そして数歩進んだところで、イヌのアンヘルが尻尾を振りながらこっちに猛ダッシュしてきた。

 かわい……くはない。イヌを思わせる外見をしているものの、全身の毛は抜け落ち、生々しい地肌がむき出しになっている。そのグロテスクな様相に、思わず目を背けたくなる。見開かれた白目は不気味そのものだし、鋭く尖った牙は齧られたら痛いじゃ済まなそうだ。


[デスハウンド:LV.2]


 枕詞に死を冠した犬コロが、私に向かって飛びかかってきた。


「ワンちゃん、ステイ」


 噛みつこうと大きく口を開けたデスハウンドに、私は迷わず顎の下から強烈な蹴り上げを叩き込んだ。強制的に口を閉じさせられた衝撃で、自慢の牙が粉々に砕け散る。目標を外したデスハウンドの体は、勢いそのまま宙を舞って私の背後へと通り過ぎていく。振り返ってみれば、すでにその身体は光の粒子となって消えていた。

 カウンターが綺麗に決まったとはいえ一撃か。どうやらレイジーオークが特別タフなだけで、同レベル帯のモンスターはこの程度の耐久力しか持ち合わせていないらしい。


 だが戦闘の余韻に浸る間もなく、デスハウンドが二匹、三匹と集まってくる。どうやら数で押してくるタイプの雑魚だったようだ。

 しかも騒ぎを聞きつけて、他のアンヘルまで近寄ってくる気配も感じる。いいね、知覚力が抜群に冴え渡ってる、このゲームのPER仕事するなあ。


「むっ」


 直感に身を委ねて姿勢を低くする。

 頭上を何かが掠めていって、近くのアスファルトを撃ち砕いた。どうやら狙撃されたらしい。流石に冷や汗ものだ。


「あっぶな……シックスセンスがなかったら頭パーンッだった」


 レイジーオークの不意打ちトマホを回避出来たのも、半分はシックスセンスのお陰だし、地味にこのタレント人権だなあ。


「つーか、今のスナイプってプレイヤーからの攻撃よね。弾の飛んできた方向的に……あのビルのどっかからか――ハウス!」


 一斉に飛び掛かってきたデスハウンドの爪と牙との合間を縫って蹴りを一発。二匹目の死の猟犬が天に召された。続け様に三匹目……また狙撃!!


「こなくそ!」


 三匹目の鼻先を蹴飛ばしながら、上半身だけを無理矢理捻って弾丸を躱す。鉛玉が頬を掠め、HPがドットで削れた。


「クソPKめ……地味に狙いが正確なのがムカつくわね」


 私は狙撃手の位置に当たりをつけて、思いっきり睨み付けてやった。






「また躱された、というかこっち睨んでる」


 アッシュポリスのとある廃墟ビルの上層階。割れて吹き抜けになった窓のへりに、スナイパーライフルを構える女プレイヤーの姿があった。

 プレイヤーネーム[散々NANA拍子]は、スコープ越しに標的と視線を交わらせながら、口元に緩やかな笑みを浮かべていた。


「面白い。……みんなはどう思う?」


 NANAは、スコープから目を離して虚空に向かって問い掛ける。彼女の周囲には、他のプレイヤーの姿は見当たらない。かといって、無線機の類すらも彼女は所持していない。


 彼女が問い掛けたのは、自分の配信を見ているリスナーに対してだ。

 NANAはストリーマーで、現在ギアーズベルトをプレイしている様子をライブ配信していたのである。


 NANAの質問に対し、彼女にだけ見える特殊なチャットウィンドウに次々メッセージが寄せられる。



:どんな反応速度してんだこのプレイヤー

:シックスセンス持ちかな?

:俺はかわいいと思う

:よく戦いながら回避出来るなあ

:ヘッショ狙いがバレてるだけじゃね?

:フルダイブゲー熟練者の動きしてる

:すげえガン飛ばされてて草

:怒らせちゃったね



 ギアーズベルトは地味にライブ配信をサポートしており、動画配信サイトのアカウントと、ギアーズベルトのアカウントを紐付けさえすれば、こうして配信のコメントを見ながらプレイすることが可能となっている。


「シックスセンス持ちなのは確定だろうけど、でもあのタレントはそこまで万能じゃない」


 NANAは再度スコープを覗き込む。

 デスハウンドをあらかた始末した標的が、今度は[トータスフロッグ]に絡まれていた。甲羅を背負った蛙と言えば見た目の説明は十分だろう。中距離では長い舌で拘束を狙ってくるし、近付けば甲羅に籠って回転攻撃を仕掛けてくる面倒なミュータントタイプのアンヘルだ。


 赤毛のプレイヤーは、近距離戦でトータスフロッグを仕留めようと試みているが、堅い甲羅に阻まれてダメージを与えられていない様子だった。


「見てて」


 甲羅に攻撃を弾かれ、硬直した瞬間を狙っての狙撃。それすらも回避されてしまった。


「すごい、流石に今のは当たると思ったのに」


 まるで達人技だ。もし彼女のギアが左脚じゃなくて片腕のどちらかだったのなら、きっとアームギアで銃弾を弾いていたことだろう。

 NANAは関心しながらライフルに次弾を装填しておく。ただし、もう狙撃をするつもりはない。どうせ弾の無駄だろうからだ。


「さっきの話の続きだけど、シックスセンスは一部じゃ人権だって言われてるけど、実際はそこまで万能じゃない」


 リロードを終え、それから周囲に広げていたキャンプ用のアイテムをインベントリに放り込んでいく。


「シックスセンスが発動しても、一瞬ムズムズっときて、攻撃の来る方向がなんとなく分かるだけ。しかも今みたいな状況だと、私が引き金を引いて、弾丸が射出されたタイミングでそのムズムズが発生してるはず」


 NANAの使用している変遷級スナイパーライフルの弾速は800m/s、そして標的までの距離はおよそ280mほど。


「つまり、私が引き金を引いて、あのプレイヤーがムズムズを感じて、弾が着弾するまでの猶予は0.35秒程度しかない」


 人間の反射速度の平均が0.2秒から0.3秒だと考えると、そこまで現実離れした数字とも思えなくもない。だが物事は単純な数字の計算だけで成り立っているわけではないのだ。


「こっちに気付いてた二発目、三発目はともかく、一発目は完全な不意打ちだった。目の前のアンヘルに気を取られてる時に、いきなり狙撃されて、0.35秒以内に適切な回避を取れるプレイヤーはそう多くない」


 そんなことが出来るのは、常に狙われている可能性を考慮して生きている常在戦場型のプレイヤーか、そうでなければ回避行動を脊髄反射で行えるほど体に戦いの染み付いてるプロクラスのプレイヤーか……或いはその両方を兼ね備えたバケモノくらいなものだろう。


「興味が湧いた。今日はmob狩りとPKをしながら雑談だけするつもりだったけど、ちょっとあのプレイヤーを、追いかけてみようと思う」


:いいね

:ストーキングするか

:回避出来ない距離で確実に仕留めなきゃな

:芋タイム終了のお知らせ

:どっちが強いか分からせてやれ


「レッツファッキンゴー」


 NANAはビルの窓から飛び降りた。






「このカメ……カエル? 結構面白い敵ね」


 タートスフロッグは、近距離では硬い甲羅に身を包み、物理攻撃を完全に無効化してしまう。ギアを用いた打撃すらも、甲羅を前にしては無力だった。

 攻撃の機会は、カメカエルちゃんが甲羅から顔を出している時のみ。だが、遠距離からの攻撃手段を持たない私には、その隙を突くことができない。頭の使いどころだ。


「ゲコ」


 タートスフロッグの舌が、私を絡め取ろうと真っ直ぐに伸びてくる。


「鉄の味はいかが?」


 私は敢えてレッグギアを餌として差し出し、タートスフロッグの長い舌に絡ませた。

 獲物を捕らえたと思ったカメカエルは、まるで掃除機のコードを巻き取るように、舌を引き戻し始めた。かなりの力だ。今の私のSTRではどう足掻いてもこの綱引きに勝てそうにない。最初から力勝負をするつもりはないけど。


「何回転まで耐えられるかな?」


 引っ張る力に抵抗しながら、自身の身体をスピンさせる。昔やってたVRダンスゲームで身に付けたブレイクダンスの応用だ。……まあ、私にはダンスの才能がないようだったので、他のゲームほどやり込まなかったけど。


「ゲ、ゲ……!?」


 タートスフロッグが苦しそうな呻きを上げだした。もう舌は捩れに捩れて変色している。

 耐えかねたタートスフロッグが舌を離そうとしたその瞬間、私は素早く両手で舌を掴み、更なる捩れを加えながら背面に向かってハイジャンプを発動した。


 ブチっ



 イヤな音が聞こえて、タートスフロッグの舌がねじ切れる。


「あーもう、気色悪い」


 切れた舌を地面に投げ捨てて、苦しみもがくカメカエルちゃんに近づく。そして頭を踏みつけて、鋼の足の裏にこびり付く汚れに変えてやった。


『Level up 2 → 3』


「苦労の割にはレベルアップは1だけかぁ」


 というか、苦労の原因はアンヘルのせいではなく、どっちかというと余計な横槍が入ったせいだけれども。


「あのスナイパーは……って、なにあれ!?」


 スナイパーの狙撃位置から、三角形の翼を広げた物体が一直線にこちらへ向かってくる。よく目を凝らせば、その下に人らしきシルエットがぶら下がっているのが見てとれた。


「グライダー……! なになになんなの!? そんなに私のこと気に入っちゃった!?」


 何が悲しくてPKに粘着されなきゃならないのか。


「冗談じゃない。無視よ、無視。あんなのに構ってらんない! フユが私を待ってるってのに!」


 スナイパーを撒くために、ビルとビルの隙間に逃げ込んで逃走を開始する。

 ったく、どこに居るのよフユは!

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