今日の友はいつかの敵に

 レイジーオークを倒したあとも、大型ネズミやらゾンビやらの雑魚に絡まれかけた。だが今は急いでいるので、ひたすら逃げて逃げて先へと進む。

 つい楽しくなっちゃって色々寄り道しちゃったが、そろそろ真面目にフユを見つけなくては。お姉ちゃんと一緒に遊びたいという妹の愛らしいお願いを、まだ私は叶えられていない。


「ん? プレイヤーかな?」


 使命感に駆られて進軍していると、火のついたドラム缶の側でたむろってる人影が目に留まった。


 数は三。

 一人は私と同じ左脚がギアになっている。もう一人は右腕。あと一人は、なんと両腕がギアになっていた。

 どう見ても始めたての私より高レベルのプレイヤー達だ。しかも全員アサルトライフルで武装している。


 このゲーム、PVや公式サイトではPvEを称していたが、治安の悪さや世界観を鑑みるに、恐らくPvP要素も普通にある。となるとPKみたいな輩も当然のように存在しているはず。


 一気に緊張感が高まる。

 対人戦はNPCや敵性モブを相手にするのとはわけが違う。それに低レベルプレイヤーが高レベルプレイヤーに勝てる見込みはあまりないのも問題だ。ステータス次第では1ダメージも与えられないこともあるだろう。


 相手がその気なら、私はあっという間に蜂の巣だ。……まあ、10分くらいなら持ちこたえられる自信もなくはないけど。


「おい! そこのあんた!」


「やばっ」


 気付かれてしまった。

 三つ分の銃口がこちらに向けられる。マズイな。こんなところで死んで、ピースフルレイクにリスポーンしてる場合じゃないのに。


 いや、それ以前に……。

 もしフユが私と同じ道を通ってきてたとしたら? 彼らは何か知っているのでは? 知ってるどころか、最悪コイツらにフユは……。


 話を聞く必要がある。


「待って! 撃たないで!」


 遮蔽物の影に隠れながら、両手だけ見えるように上げて声を張り上げる。こういう時、女の子相手だと油断してくれる事が多いから、女の子であることは超アドだ。

 フルダイブゲームはボイチェン機能がないことの方が多いし、リアル性別だけは誤魔化せな……くもないのか、このゲームの場合。脳裏にスロートギアのことを思い浮かべながら、私はボイチェンギアなんてものがこのゲームに存在してるのかどうか、割と大真面目に考察する。

 結論、分からんがなんかありそう。


「出てこい! 顔を見せろ!」


「わ、分かったから撃たないで! 殺さないで!」


 うわー、今の怯えてる演技かなり真に迫ってた感ある。声の震え具合とかヤバすぎ。将来役者ってのもありかな。動画に撮っときゃ良かった。録画機能なんてあんのか知らんけど。


 とかアホなことを考えつつ、両手を上げたままゆっくりと顔を覗かせる。三つ分の銃口がこちらに向いていることを確認。大丈夫、引き金に掛かる指の動きにさえ注意しておけば、不意打ちで撃たれて死ぬことはない。こっちにはシックスセンスもあるし。


「えーっと……これでいい?」


「……アキネって書いてあるな」


「じゃあこの女が?」


「多分そうなんじゃね?」


 要求通り顔を出した私を見て、三人組はなにやら小声でヒソヒソと囁き合う。なに? なんなの? 私の名前がどうかした?


「あの……もしもーし? 私いつまでこうしてたらいいのかな?」


「ああ、すまん。一つ質問したいことがあるんだが」


 と、真ん中の両腕がギアの男が、私に銃口を向けたまま問うてくる。


「もしかして、あんたが『アキねーちゃ』か?」


「――え?」


 アキねーちゃ。

 この世で私のことをそう呼ぶのは、妹の真冬ただ一人だけ。まかり間違っても出会ったばかりの他人から呼ばれるなんてありえない。つまりこれはアレだ。


「フユと会ったの!? あの子は今どこ!?」


 ◆◆◆◆


「――なるほど、やっぱりフユはあそこに向かってったのね」


 男たちによると、フユはつい数分前にここを通過したという。

 で、道すがら元気よく男達に挨拶をして「アキねーちゃが来たら、フユはあっちって言っておいて!」と一方的な言伝を残して走り去って行ったそうな。


「正直面食らったよ。このゲーム、殺伐が基本だからあんな無邪気な空気感のプレイヤーってなかなか見ないからさ」


「そもそも女の子のプレイヤー自体希少だしな」


 フユの愛らしさは万人に通用する特効薬だからね。荒んだ心に一服の清涼剤ってやつだ。

 なにはともあれ、フユがここを通ったのが数分前の出来事なら、もうあの子は目と鼻の先ということになる。


「ありがとっ、これですぐに合流出来る」


「あー、いや、すぐにとはいかないかも」


「え? どゆこと?」


 私の脚なら間違いなくフユに追いつけるけど……。

 まさか何か問題があったのか? 予想外のやつが。


「いいか? まずよく見てくれ。ここから廃墟街までの道のりを。開けていて見通しが良いよな?」


 廃墟街というのは、フユが目指しているビル群のある街のことを指している。

 ここから廃墟街に至る道程には、障害物がほとんどない。かなり走りやすそうな道のりだ。


「うん、いいね、さっきまで私が通ってた道とは大違い」


「よく見たか? これだけ道が開けているのに、フユちゃんの姿はないよな?」


「……あれ?」


 言われてみれば、そうだ。つい数分前にここを通ったのであれば、ここからでもフユの後ろ姿くらい見えても良さそうなのに。

 首を傾げる私に、両腕がギアの男(プレイヤーネームによるとアントという名前らしい)は、遥か彼方に向けて指先を伸ばす。

 

「じゃあ次に、あそこを走っている車が見えるか? 廃墟街に向かって走っているあの車だ」


 目を凝らしてみると、廃墟街へと向かう車両が、土埃を上げながら走っているのが見えた。かなり遠い位置にあり、しかもどんどん小さくなっていく。


「あの車がどうかしたの?」


「あれにフユちゃんが乗ってる」


「はぁ!? どうしてそうなったの!? まさかヒッチハイクでもしたっての!?」


「そのまさかだな。俺達に伝言を言った直後、あの車が通りかかってな。廃墟街に向かうプレイヤーだったみたいなんだが、乗せて乗せてと大声でお願いして乗せてもらってた」


 なんでそうなるのよ。

 やっと追いついたと思ったら、ここに来て一気に距離を稼がれるなんて。


「ともかく分かった……頑張って追いかけてみる」


「気を付けてな。あー、そうだ、アキネ……さんは回復アイテムとかちゃんと持ってるか?」


「アキネでいいよ。回復アイテムとかは持ってきてないかな、買い物してる暇もなかったし」


「だったらいくつか融通してやるよ。あそこに行くのなら、せめてまともなフードアイテムくらいは持ってたほうがいい」


「フード? そういえばレイジーオークがお肉落としたけど、このゲーム空腹パラメーターがあるのね」


「ある……というか、レイジーオークを倒したのか? もしかしてゲーム結構得意だったり?」


 あんな雑魚を倒した程度で得意を名乗るのもなんだかな。

 そう思ったけど、この三人組と最初に会った時、自分がか弱い女の子を演じていたことを忘れていた。そんな私がレイジーオークみたいな圧の塊みたいなモンスターを倒したことが、素直に驚きだったのだろう。


 あまり得意だと思われるのも私にとっては利にならない。

 かつての私に繋がるような臭いは、極力消していくべきだろう。

 黒歴史はゴミ箱にポイだ。


「えーっと、やられそうになったけど、他のプレイヤーに助けてもらって……」


「……まあ、そういうことにしておこう」


 アントは全然納得してなさそうな顔のまま聞き流してくれた。

 流石にちょっと苦しい嘘だったかもしれない。


「で、空腹状態になるとどうなるの? それだけ教えて」


「ENが自動回復しなくなる。システム的には、空腹ゲージを消費して、ENを回復してる感じかな。だから食い物は定期的に摂取しとかないと、いざという時に――」


 グゥ~~~。

 っと、アントの説明を遮るように私のお腹が鳴った。


「…………食料分けるか?」


「…………お願い、します」


 いくらか食料を分けてもらった。

 乙女にあるまじき醜態だった。最悪。







「じゃあね! 情報と食料ありがと!」


 アキネが廃墟に向かって走り去っていく。

 その背中を、三人組は名残惜しそうに見送っていた。


「可愛い子だったなぁ」


「なんだ? ソープはああいう感じのがタイプなのか? どうせアバターが可愛くても、リアルの方はお察しだぞ。こんなゲームやってる女にまともなのがいるわけがない」


「アントくんさぁ、夢のないこと言うなよ。仮想現実での見た目が良けりゃあ、俺はそれでいいの」


「ならフレ申請すりゃ良かったのに」


「それはハードル高いっていうかなんていうか……あー、でも折角の出会いがー」


「だったら今から追いかけて、廃墟デートでもするか?」


「いや……それは止めとく。俺達には俺達の任務があるし」


 男達は時刻を確認するために、腕時計に目を落とした。ギアーズベルトのゲーム内時間は、現実の時間と同期している。だが、だからといってメニューウィンドウに時間が表示されるというわけではない。正確な時刻を知るには、信頼できる時計アイテムが必要不可欠とされている。

 時刻を確認した男たちは、アサルトライフルを背中に担ぎ、アキネとは反対の方角へと歩き出した。


「行くぞ、受け取りの時間だ」


「ちゃんと誘拐に成功してっかなぁ、あのNPCたち」


「失敗してたとしても問題はない。その時はその時だ。指名手配は免れないだろうが、俺達が直接攫えばいい。他の奴らに知られる前にな」


「ったく、スカベンジャーのガキ一人攫うくらいで、指名手配はねえよな」


「余計な口は閉じとけ。誰が聞いてるか分からない」


「平気だって。誰にも聞かれたくないし見られたくないから、こんな何も無いポイントに集まってたんじゃん」


「あの女の子二人といい車両といい、今日はやたらと人通りが多いがな」


「はいはい、っと。そういや、そのガキ名前はなんつったっけ? あと写真とかある?」


「それ今確認するのか? ったく、ほら、これがターゲットの写真だ」


「どれどれ……あん? 随分と身なりがいいけど、コイツほんとにスカベンジャーか?」


「スカベンジャーになる前の写真なんだろう。それで、その子供の名前だが――サラサ・コイルというらしい」








「いやぁ、会ったのが友好的なプレイヤーで良かった。こういうのがMMOの醍醐味よね。あの三人の名前もちゃんと覚えておかなきゃ……[じゃがパラ]と[ソープボーイ]と[アント]ね。今度会ったら、ちゃんとお礼しよう」


 この時の私はまだ知らなかった。

 ギアーズベルトのプレイヤー達の倫理観がそこそこ終わってることを。

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