語るなら肉体言語で、心が通じ合うかは別として
ピースフルレイクの街の外に広がるのは、荒廃した大地の寂しげな景色だった。給水塔の上からぼんやりと見えていたものの、実際に足を踏み入れてみると、その光景があまりにも生気を失っていることに、考えさせられることがなくもない。
かつて栄華を誇った文明の名残と思しきハイウェイは、今やその面影をわずかに留めるのみ。所々に深い亀裂が走り、道路はまるで大地が呑み込もうとしているかのようだ。無残にも引きちぎられ、路上に散乱したガードレールの残骸が、かつてここを多くの車両が行き交っていた事実を物語っている。
視界の先、錆び付いた無数の車の残骸が、まるで時の流れに取り残されたかのように点在している。それらはあまりの荒廃ぶりに、もはや車とは呼べないほどにぐずぐずに歪んでいた。
折れ曲がった道路標識、横倒しになった錆だらけのドラム缶、そしてピースフルレイクから流れ出たかのようなゴミの数々。遠くにはかつての建物の骸骨のようなシルエットもぼんやりと見える。
その全てが、この世界がいかに過酷な状況に置かれているかを雄弁に物語っていた。
「ザ・終末って感じね」
そんな光景を前にしても、私の口から出てくるのは簡素な感想だけだ。この程度の光景はゲーマー的には見慣れたものだし、一々驚いてたり感動してたら心が保たない。そういう通過儀礼はとうの昔に終わらせてきた。
「さて、フユはどこかしら」
荒野故に、視界はそれなりに開けている。近くに動くものがあれば直ぐに気付ける程度には。
「当たり前だけど、そこらにプレイヤーっぽいのが沢山いるわね。フユらしき影は見当たらないけど」
背の低いプレイヤーが居ればそれと分かるのだが、少なくとも見える範囲にはフユはいないようだった。いったい一人でどこまで遠くへ行ったというのか。
「フユが行きそうな場所……やっぱあっちよね」
私の視線の遥か彼方。数km先には、ビルや建物が立ち並ぶ一角が薄らと蜃気楼のように見えている。分かりやすいランドマークだ。
何よりあそこは、フユがフェンスを強引に抜けてきたポイントから、真っ直ぐ正面に歩んだ先にある。とても偶然とは思えない。
「街の中からあのビルなんかが見えて、それで行ってみたくなった、と。間違いない。フユの思考回路はトレース出来た」
私は確信を持って走り出す。
直線距離だと道がデコボコしてて走り辛いが、そこはレッグギアの機動力でどうとでもカバー出来る。やはり脚部をギアにしたのは正解だった。
もしフユが途中で目移りしてルートを外れでもしてない限り、いずれ追いつけるはず。
「っと……またEN切れね」
素のジャンプで進路上にある古びたバスの上に乗ろうとするが、ギリギリ足が掛からない。
「ハイジャンプのないレッグギア単体の性能だと、今はまだ2.5メートルくらいが限界か」
仕方なく、腕の力を借りてバスの上によじ登ると、間髪入れずに反対側へと飛び降りた。
「こういうところで地道に性能を把握していくのって大事だと思うのよね」
着地の瞬間、私は直感的に上体を大きく逸らした。遅れて鋭利な刃が頭上を通り過ぎていく。飛来したトマホークは、バスの車体を易々と貫通し、無残な傷跡を残していった。当たっていたら、下手すりゃ即死だったかもしれない。
「次はギアの攻撃力も把握しておこうかな?」
トマホークが放たれてきた方向を見やると、そこには忌まわしげな豚のバケモノが立っていた。投擲の体勢から静止した姿勢に戻り、獰猛な面持ちでこちらを睨みつけている。
その巨躯は、高さ2.5メートル、幅は1.5メートルほどだろうか。二本足で立つ、巨大な豚だ。充血して赤く爛れた目と、怒りに歪んだ表情が特徴的。 口からは鋭い牙が覗き、皮膚は分厚くて衝撃に強そうだ。
[レイジーオーク:LV2]
注視するとネームウィンドウがポップしてくれた。随分と捻りのない名前で実に分かりやすい。
「さっきのNPCじゃ試せなかったけど、ようやくギアの破壊力を堪能出来る。じゃあ……どこからでもどうぞ?」
私の言葉をレイジーオークが理解したかは定かではない。しかしまるで挑発に乗せられたかのように、レイジーオークは一心不乱にこちらに突っ込んできた。
「おっと」
突進攻撃をひらりと躱す。レイジーオークは勢いのままバスに突っ込んだが、バスの方が粉砕して横倒しにぶっ倒れた。
「ちょ……すごいパワーね。初期エリアのmobとは思えないくらい」
ただしスピードはそこまでじゃない。よく見てれば回避は容易い。
もう一度距離を取って様子を窺ってみると、またもバカの一つ覚えみたいに突進攻撃をしてきた。
「物を投げてきたのは最初だけ? まあ、突進攻撃の方が避けるのは楽だから、それならそれでいいけど」
多分距離があると突進ばかりしてくるよう行動パターンが設定されているのかもしれない。単純な攻撃方法だが、この質量でのタックルはハッキリ言って脅威だ。迂闊に手を出せば痛い目を見るかもしれない。こういう場合の正攻法は一つ。
私はレイジーオークに近接戦を挑みにいく。
「ブモアァ!!」
案の定、レイジーオークは突進を止め、巨大な両手で私を掴もうと躍起になる。だが、その手は虚しく空を切るばかりだ。
「うすのろ」
側面に回り込みつつ、レイジーオークの丸太のような腕に手を掛ける。それを支点に逆上がりの要領で足を高く上げ、渾身の力を込めて鋼鉄の踵を豚野郎の横っ面にめり込ませた。
「ピギャァ!?」
レイジーオークが苦悶の叫び声を上げ、よろめく。一番弱点っぽかった頭部を狙ったのだが、効果覿面だったようだ。
直ぐさま追撃。今度は頭部ではなく、腕や足、胴体に容赦なく蹴りを浴びせる。
「どこも硬いわね。肉の鎧で物理攻撃が通りづらいの?」
問うても返ってくるのは悲鳴じみた鳴き声と、怨嗟の籠った豚語だけ。私とこの豚の間には、肉体言語しか共通の言葉がないのだ。哀しいね。
そこから30秒ほど攻防を繰り返したところで、ようやくレイジーオークは力尽きて崩れ落ち、その身体は光の粒子となって消え去った。
「無駄に硬かったけど、あの巨体で打たれ弱いってのも反応に困るしこんなものか」
若干のメタ目線で感想を呟いていると、視界にシステムメッセージが浮かんできた。
『Level up 1 → 2』
どうやらレベルが上がったらしい。デカめのファンファーレとかはデフォルトで無し。いいね。
レベルアップボーナスでステータスに割り振れるポイントが5貰えた。これをAGIとPERに2ずつ振り、少し迷ってからWILにも1だけ振っておいた。
後々のことを考えると、もう一箇所くらいはギアを増やしておいた方がいいと思ったからだ。WILの値がどれくらいになれば次のギアを増やせるようになるのかは知らないが、今の1振りは間違いなく私の心の正直さが出てしまっている。
後々のことってなによ。これじゃまるで、私がギアーズベルトをこれからも継続してプレイしたいと思ってるみたいじゃない。
それはダメだ。ダメ。
「あっ、ドロップアイテム落ちてる。拾わなきゃ」
それはそれとしてドロップアイテムは拾う。
ゲーマーの悲しき習性だ。
[ピッグスキン]
[マテリアル]
[レアリティ:黎明級]
[ピッグミート]
[フード]
[レアリティ:黎明級]
ドロップしたのはこの二つだ。
「豚の革と肉ね。マテリアルってことは革は装備かなんかの素材で、肉の方は……肉も実質素材よね」
生でも食べられることは食べられるだろうが、切羽詰まった状況じゃない限りあまり食べる気にはなれない。そもそもポストアポカリプスの世界の食べ物って汚染とかされがちだけど、この肉も怪しいものだ。異次元生命体の肉だし。というか豚肉の生食はイカンでしょ。
それよりも気になったのは、レアリティの表記についてだ。
「ずっと気になってたけど、レアリティの黎明級ってなに? ティアなんだろうけど、随分と独特な表記の仕方ね」
アイテムヘルプのレアリティ部分を注視すると、例によってレアリティに関するヘルプがポップする。
[ヘルプ:レアリティ]
[ギアーズベルト内の全てのアイテムにはレアリティが設定されています。レアリティは、アイテムの希少性や性能を表す指標であり、5段階のティアに分類されます。上位のレアリティになるほど、アイテムの性能はより優れたものになります]
[レアリティは、低いものから順に以下のように分類されます]
[1. 黎明級(Dawn Tier)- 最も一般的で基本的なアイテム]
[2. 変遷級(Transition Tier)- より希少で、黎明級より優れた性能を持つアイテム]
[3. 黄金級(Golden Tier)- 高い希少性と性能を兼ね備えたハイクラスのアイテム]
[4. 薄暮級(Twilight Tier)- 非常に稀で、卓越した性能を誇るレアアイテム]
[5. 終末級(Eschaton Tier)- 究極の希少アイテムであり、最高峰の性能を持つ]
「なるほどね……時代の移り変わりをイメージして付けられたレアリティなのかな」
黎明期、変遷期、黄金期……そして薄暮を迎えて終末に至る、と。ノスタルジックでちょっとエモさを感じる命名規則だ。嫌いじゃない、こういうのは。
ともかく今私が抱えてるアイテムは、全部黎明級の低レアだけということだけは分かった。出だしはまあ、誰だってそんなものだろう。
アイテムをインベントリに収納して先を急ぐことにする。フユはもうそう遠くはないはずだ。
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