思考を巡らせ足跡を辿れ
「じゃ、私はこれで。ギアーズのお姉さんも達者で」
「待てい」
「きゃー!」
悪党NPCをぶん殴って救出した女の子NPCは、拘束を解いてやるなり、これで用は済んだとばかりに走り出そうとした。その後頭部を鷲摑みにして引き留める。叫び声に、路地の入り口で立ち止まる人影があった。チラリと覗き込んでくる視線が、私と少女の間を行ったり来たりしている。
だが、誰もこの路地に足を踏み入れようとはしない。揉め事に巻き込まれたくないのか、はたまた日常的な光景に見慣れているのか、通行人たちは皆、足早にその場を立ち去っていく。救助された少女が、助け人に無理矢理連れ去られそうになっているというのに、誰一人として止めようとしない。
なんとも薄情な光景だが、この街ではこんなことが当たり前なのだろう。私は心の中で舌打ちをしつつ、少女の後頭部を掴む手に力を込めた。折角の現地人とのファーストコンタクトだ、逃がしてたまるか。
「本当に何も持ってないの? じゃあなんで攫われそうになってたの?」
「そりゃ人は金になるからだよ! ここらじゃ人攫いなんて日常茶飯事! そんなことも知らないの!? ねえ放してってば! 助けてくれたのは感謝してるけど、私身体以外に渡せるものなんてなんもないよぉ!」
ジタバタと女の子が暴れるが、レベル1の私以下のSTRなのだろう。全く持ってビクともしない。女の子の右腕はギアになってるが、後頭部を掴む手をそのギアに引っ張られても全くパワーを感じない。もしかして女の子のギアは戦闘用じゃないのかもしれない。もしくは粗悪品か何かなのか。だっていかにもジャンク品の寄せ集めって感じの装甲だし。スカベンジャーだと自称していたし、案外自分で集めたゴミで作ったギアって線もあるか。
「じゃあ身体で払ってもらおうかな」
「えっ」
私が意地悪心でそんなことを言うと、女の子がビクリと身を固めた。
このままでは私がそこで伸びてる悪党どもと同類にされかねないので、もうちょっとだけ情報を付け加える。
「妹を探してるの。私と妹はこの街に来たばかりなんだけど、速攻で逸れちゃって」
「その妹を探すのを手伝えってこと?」
「うん、そう」
私は害意がないことの証明に、後頭部を放してやった。
女の子は逃げようとせず、今度は正面からこちらに向き合ってくれる。
交渉成立ってことだろう。
「どんな子なの?」
「世界一カワイイ」
「そういう抽象的なんじゃなくって、どんな見た目なのかを聞いたんだけど……」
「こんくらいの背の高さで、超元気いっぱいの無邪気っ子?」
「なんで疑問形なの? なんか見た目の情報が曖昧だし……その子本当に妹……?」
またも胡乱な眼差しを向けられてしまった。
だって、見た目の情報って言っても、真冬がどんなキャラメイクをしたか知らんし。現実の容姿を反映したアバターなのは間違いないが、多分私のようにプチ整形くらいの変化は付けてるはず。だから安易にリアル真冬の容姿を伝えるわけにはいかない。
にしてもこのゲームのNPCはなかなかどうして良く出来てる。
AIがお粗末なゲームだったら特に深く考えずに協力してくれたりするのに。
「ま、いいや。お姉さん悪い人じゃないみたいだし、あんまり詮索しないでおいてあげるよ」
かと思いきや、やっぱり協力してくれる気になってくれたらしい。助けてもらっておいて恩着せがましいことを言う女の子は、鋼鉄の右手で自分の胸をドンと叩いた。
「スカベンジャー仲間にも手伝ってもらって、妹さんの捜索を手伝ってあげる。大丈夫、この街ってあんまし子供がいないから、すぐ見つかると思うよ」
言うが早いか女の子は路地の出口に向かって走り出す。私は今度は引き留めなかった。が、女の子の方から足を止め、忘れ物をしたみたいに慌てて振り返ってきた。
「あ、お姉さんの名前は?」
「私はアキネ。妹はフユ」
事前の打ち合わせにおいて、真冬はプレイヤーネームをフユにすると言っていた。あの子が気紛れを起こしてなければその名前で通じるはずだ。
「私、サラサ。よろしくアキネお姉さん! フユのことは任せておいて!」
そう言い残し、サラサは再び走り出した。
サラサとスカベンジャー仲間とやらがどれくらい頼りになるかは知らないが、少なくとも私より土地勘と情報網に優れてることだけは間違いない。助けたのが真冬じゃなかったのは残念だが、結果的に良い拾い物をしたとも言える。人助けはするものだね。
「さてと、人任せにばっかしてられない。私もフユを探さなきゃ。ったく、一体どこで遊んでるんだか…………まてよ?」
何か大事なことを忘れちゃいないか?
真冬はそもそも何がしたくてこのゲームを始めたのだったっけ?
「そうだ……あの子、怪獣と戦いたいって……! 忘れてた!」
探すなら中じゃない。
外だ。
「サラサー! ちょっと待ってーー!!」
全力疾走で路地裏を飛び出る。
周囲を瞬時に確認すると、ちょっと離れたところに早足で歩くサラサの後頭部が見えた。さっきまで私が鷲掴みにしていた後頭部だ。見間違えるか。
「ハイジャンプっ」
普通に移動するよりこっちのが速い。ハイジャンプで距離を詰め、更にもう一度大跳躍をしてサラサの眼前に。
「サラサ! 待ってってば!」
「うわああああ!? アキネお姉さん!? ど、どっから降ってきたの!?」
「空から! そんなことより、フユの向かった場所が分かったの! スカベンジャー仲間に言って、街の外に出てった子供がいないか情報集めて! 早く!」
「わ、分かった!」
くそ、なんてことだ……私としたことがフユの行動パターンを見誤るとは……久々のゲームに浮かれ過ぎてた。頼むから無事でいてくれ……!
◆◆◆◆
「アキネお姉さん! 街の外に出てく子供を見たって人が見つかった!」
それから数分ほどで、あっさりと目撃者が現れた。給水塔の上から街の外に目を光らせていた私は、サラサに呼ばれて一目散に地面に飛び降りた。若干の落下ダメージが入るが、そんなの知ったこっちゃない。
「どこ!?」
「このオジさん」
サラサが自分の隣に立つ浮浪者の小汚いオッサンを指差す。ニット帽もマフラーもボロボロで変な汚れが付いてて、しかもこの距離からでも変な臭いがする。しかし今の私にとっては救世主だ。
「どこ!?」
今のどこは、フユはどこって意味のどこだ。
勿論それで意味は通じてくれたようで、オッサンはニカっと愛想良く笑って、遠くを指差して方向を示してくれた。歯が黄色い……。
「アッチ、ナントウ、フェンス、ヨジノボテタ」
「え? なんて?」
オッサンの声はガビガビな上にカタコトだったので、何を言ってるのか聞き取れなかった。大丈夫かこのオッサン。怪訝な顔をする私に、サラサがハハハと仕方なさそうに笑った。
「ジミニーさん、またスロートギアの調子悪いの? さっきまで大丈夫だったのに」
「スロートギア?」
「これのこと」
耳慣れない単語を反芻する私に、サラサがスロートギアの正体を教えてくれた。
浮浪者のオッサンもといジミニーのマフラーの下には、無骨な機械で覆われた喉元が隠されていた。
「これも……ギアなの?」
「そうだよ。初めて見る?」
初めて目にしたに決まってる。私はこの世界に降り立ってからまだ一時間と経っていないのだから。
スロートギアと呼ばれるそれは、おそらくジミニーの失われた発声機能を補助するためのギアだ。だが、整備の行き届かない代物だったためか、耳障りな音声しか発することができず、会話の理解を困難にしている様子だった。
「ギアって腕と脚以外にもあるんだ」
「まあね、みんなアンヘルのせいで、身体のどっかしらを欠損したりしてるから」
「……」
私はサラサの右腕に改めて目をやった。彼女もいつかどこかでモンスターに襲われて片腕を失ったのだろう。いや、他にもきっと多くの物を失ってきたに違いない。じゃなきゃ、この幼さでスカベンジャーなんかになってないだろう。
「強いね、サラサは」
「どうしたの急に?」
「いや……ただちょっと感情移入しちゃっただけ」
「ふーん?」
本当に良くない。
私今、サラサをめちゃくちゃ守ってあげたくなってた。過度の干渉はNGだ。私ももう高校生なのだから、自制心を養わなくては。このままだと本当に戻って来れなくなる。VRMMOの世界から。かつての私がそうだったように。
「ごめん、何でもない。フユを探そう。悪いけどジミニーさん、もう一回教えて。出来れば筆記で」
ヒアリングの結果、フユらしき女の子は、ピースフルレイク南東のフェンスをよじ登って外に出てったらしいことが分かった。
フェンスというのは、ピースフルレイクを守るように外周を取り囲む金網のことだ。それなりの高さがあり、一番上には有刺鉄線も張り巡らされている。そんなフェンスを無理やりよじ登る真似をするなんて、正にフユのやりそうなことだ。見た目の背格好もリアル真冬と合致している。間違いない、今度こそビンゴだ。
「ありがとう、サラサ、ジミニー!」
「スカベンジャーは助け合いがモットーだから気にしないで! それよりも気をつけてね、アキネお姉さん! 外はアンヘルだらけだから!」
「任せといて。こう見えても私、何度も世界を救ってきたんだから」
もちろん、それはゲームの中での話だけれど。
大言壮語を吐いた後、私はハイジャンプを繰り出し、一気にその場を後にした。目指すは街の南東、フェンスの外側。フユはきっとそこにいるはずだ。
屋根から屋根へと飛び移りながら、最短ルートで目的地に向かう。
南東のフェンスは直ぐそこだ。とはいえ、南東のフェンスと一口に言っても、かなりの広さがある。だが、ジミニーから聞いた情報のおかげで、目的の場所を特定することができる。
「確か、看板が傾いているジャンクショップの裏手だったはず……あっ、あった!」
ありがたいことに、『JUNK』と書かれた看板が不自然なほど傾いている建物が見えてきた。その裏手に、街を守るはずのフェンスが続いている。注意深く目を凝らすと、有刺鉄線の一部が無残にも引きちぎられているのが分かった。
間違いない。これはフユの仕業だ。
「待っててね、フユ。お姉ちゃんが今行くから」
私はフユの残した足跡を追うように、ハイジャンプでフェンスの上を軽々と飛び越えていった。
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