刻限は破るためにある、私の場合はやむを得なく
「うぅ……妹の可愛さに勝てない私が憎い……!」
「アキねーちゃはなんぎな性格だな」
「やかましい」
ギアーズベルトは一ヶ月ほど前に発売したばかりの新作VRMMORPGだ。
運営は『Beyond Dream』とかいう名前も聞いたことのない海外のデベロッパー。インディーズ上がりの若手企業だそうが、ネットでの評判は上々。一部のマニア受けするジャンルや世界観のゲームばかり作っているところがウリなのだそうだ。
という情報をインストールの合間に仕入れたが、ギアーズベルトがアクの強いゲームになりそうだという感想以外湧いてこなかった。
まあ、このギアーズベルトがどんなゲームだろうと、どうせ真冬が飽きるまでの付き合いだ。このゲームに私が深入りすることは絶対にない。嘘だったら桜の木の下に埋めてもらっても構わないよ。
「じゃあゲームを始めるけど、ベッドに寝転がってからバイザーの電源を入れるのよ。分かった?」
「うん!」
「で、ゲームが始まったらキャラクリがあるから、15分以内に終わらせること」
「えー」
「えー、じゃない。お姉ちゃん忙しいから、そこに時間使いたくないの」
「時間におわれる、げんだいじんの闇をかいまみたぞ」
「変な言葉ばっかり覚えてこないの! 全く……で、キャラクリが終わったらホームタウンを選べるらしいの」
「ほーむたうん?」
「プレイヤーが最初に降り立つことになる町……まあ出発地点のことね」
ネットによるとギアーズベルトには全部で5つのホームタウンがあるらしい。
ここでどのホームタウンからスタートするのかを決めておかないと、私と一緒に遊ぶという真冬の目的が達せられない。それでは何のためにギアーズベルトをプレイするのか分からなくなるので、ここで予めホームタウンを示し合わせておく必要があるのだ。
「ピースフルレイクって町が一番安全らしいから、ホームタウンはそこにしてね」
「わかった!」
「よろしい、じゃあゲームの中でね」
本当はキャラクリエイトで気を付けるべき点とか教えておいた方が良いのだろうが、真冬にも手探りでゲームを楽しむ感覚を味わって欲しいので余計な口は挟まない。最初はビルドに失敗したりもするだろうが、それも初心者の間しか楽しめない貴重な経験だ。後は野となれ山となれ。
ログインするにあたって、私も真冬も自室へ戻って各自準備を整える。デバイスを身に付けて、身体はベッドの上に横たえるのがフルダイブゲームの慣わしだ。最近ではフルダイブ専用のゲーミングチェアなんかもあって使い心地がえらく快適らしいが、恐ろしく高価なので流石の私も持っていない。
「ダイブ」
デバイスの起動コールを口にすると、途端に意識が深い闇の底へと沈澱していった。物理法則に縛られた現実から切り離され、電気信号が形造る仮想の世界へと誘われる。懐かしい、慣れ親しんだフルダイブの感覚だ。帰ってきたという実感が込み上げてくる。やばい、自制が効かなくなりそう。気を付けなきゃ。
数秒間ほどデータ読み込みのため身体が無かったが、今日の献立を考えている間にロードが終わって、VRマシンのホームエリアに入っていた。
「さてと……ライブラリ、ギアーズベルト」
時間も惜しいのでゲームライブラリを呼び出して、即座にギアーズベルトを起動した。
重厚なSEと共にタイトルロゴが表示され、やたらと退廃的で終末感のある光景が視界に映しだされる。赤錆びた空、太陽光を遮るスモッグ雲、崩壊した街並み、あちこちで燃え盛る炎と変な臭いのする濁った風。
「わー、分かりやすくポストアポカリプス」
あんまり真冬のようなお子様にはオススメ出来ない世界観だ。
世界広しと言えども、小学二年生の女児でこんなゲームをプレイしようと自発的に思い至ったのは、我が妹が人類史上初なのではないだろうか。そう思いたくなる程度にはギアーズベルトはアダルティな気配が漂っていた。
「ゲームスタート」
キャラクリ画面に移行すると、カスタマイズ項目がずらっと列挙された三次元構造のツリーウィンドウが複数並列して表示された。
その中からプレイヤーネームの入力ボックスを手繰り寄せ、名前を《アキネ》と打ち込む。本名とニアピンしているが、これはゲーム内で真冬が私のことをアキねーちゃと呼んでくるだろうことを予期しての対策である。対策というか、対応か。
「アキネちゃん爆誕っと、お次はアバターかな」
うわー、アバター関連の項目は流石に弄れる部分が多くて目が滑る。それでもぱっと見、アバターの容姿が人間の範疇を逸脱しないよう設定箇所に制限が設けられているのは分かった。
アバタークリエイトの自由度が高過ぎると、クリーチャーじみた化け物が容易に作れてしまうからね。それで何が不都合があるのかと言うと、当然色々なプレイヤーが悪ふざけでクリーチャーを量産する訳だ。結果、オーソドックスな剣と魔法のファンタジーMMORPGの街中を、モンスターよりもモンスターしてるイカれたヤツらが闊歩する地獄が誕生する。それでNPCのAIが無駄に高機能だったりしたらもう最悪。プレイヤーを見た目でモンスターと判断したNPCが、怯えて逃げたり襲いかかってきたりして世界秩序が無茶苦茶になってしまう。
以前本当にそれをやらかしたゲームがあったが、あの時は本当に楽しかっ……じゃなくて、本当に酷かった。今思うと、泣く泣くロールバック対応してユーザーに謝罪までしていた運営が可哀想だ。悪ノリでクリーチャープレイして最初の街のNPCを一人残らず惨殺した当時のプレイヤーたちは皆ごめんなさいするべきだよね。ごめんなさい。
「えっと……あった、現実の容姿を反映っと」
お目当てのボタンをタップすると、本当に実行していいかの是非を問う確認ダイアログがポップしてきた。まあ、現実と同じ顔でプレイするのは何かとリスクを想起しがちだからね。でも真冬が混乱しないように今回はお互いにリアルに近しいアバターでプレイすると事前に決めていたのだ。なのでこれでいい。
確認ボタンを押すとアバターが現実と同期した。これをベースにプチ改造して完成だ。
「目付きがキツい印象だから優しい感じに修正して……身長下げて……胸を少しだけおっきくして……」
なんか悲しくなってきた。
画像編集ソフトで整形してるのと大差ないぞ、これ。
目付きの悪さと身長の高さは母親譲りだ。うちのお母さんは美人だけど悪役令嬢みたいな容姿だから、娘の私も見た目悪役だ。おのれ遺伝子。ちなみに真冬はお父さん似なので悪役遺伝子は受け継いでいない。良かった良かった。
さて、コンプレックスを取り除いたけど後はどうしようかな。髪の色とか目の色とかも弄るか。髪色はオレンジっぽい赤色にして、瞳の色はアメジストにしよう。髪型はおさげツインテにでもするか。
「はい可愛いー」
熱い自画自賛が漏れてしまった。実際可愛いし多少はね?
他にも変更しようと設定項目を開いていくと、服飾に関する項目を見つけた。
「へー、好きな見た目の防具を貰えるんだ」
選べるのはトップス、ボトムス、シューズの三箇所のみ。それぞれは百種類くらいの中から自由な組み合わせを選んで良いらしい。性能に差はないようなので、好きな服を選んでゲームを始めて問題ないようだ。
お、ネコミミフード付きのパーカーあるやんけ。それとギンガムチェックのミニスカートと、靴は適当に走りやすそうなスニーカーを選んで決定と。
「……スカートの中身はスパッツ標準装備か」
ヴィジュアライズモデルを縦回転させて大事な部分を確認する。パンツじゃなくてスパッツなのは些か気に入らないが、まあこれはこれで有りだ。局部が謎の暗黒に包まれているよりはマシ。
これでアバターは完成だ、次へ進もう。
『ギアに置換する部位を選択してください』
『注意! 一度ギアに置換した部位は二度と生身には戻せません』
「おっと?」
何やら謎の選択肢と警告文が表示されて、動きを思わず止めてしまった。
ギアとは、ゲームのPVでも説明されていた機械の義肢のことだ。
そして選択肢は右腕、左腕、右脚、左脚の全部で四つ。
「ギアへの換装は不可逆的なのね……これは流石に慎重に考えないと……」
真冬は確か腕をギアにしたいとか言ってたから、ほぼ間違いなく右腕か左腕をギアにしてくるだろう。なら私はバランスを取って脚部にするべきか。
「脚部は機動力への補正とか高そうだし、こっちにしようかな。真冬が勝手にどっか行っても、直ぐに追いつけそうだし」
そんな理由で利き足である左脚をギアとして選択した。
アバターの左脚が鋼鉄の義足へと変わった。
「うーわっ、太腿の付け根までガッツリ機械だ。お尻は辛うじて生身だけど」
その手のフェチシズムを持った方々が喜びそうなゲームだ。
これでアキネというキャラの左脚は、永続的に機械の義足となった。随分と攻めてるシステムだが、私個人の意見としてはこういう尖ってるのは嫌いじゃない。鉄臭いのがそこまで好みじゃないのはともかくとして、開発者の強いこだわりはいちゲーマーとして真摯に向き合うべき点だろう。
「さて後は……キター! ステータス割り振り!」
やっぱVRMMOといえばコレよね!
テンションあっがるぅー!
現在の私のステータスは以下の通り。
―――――――――
[NAME:アキネ]
[LV:1]
[HP:170]
[EN:100]
[STR:10]
[VIT:10]
[MND:10]
[AGI:10]
[INT:10]
[DEX:10]
[PER:10]
[LUC:10]
[CHR:10]
[WIL:10]
[Equipment]
[レギュラーレッグ・レフト/レッグギア]
[AGI+10]
[ギアスキル:ハイジャンプ]
[レアリティ:黎明級]
――――――――――
このSTRからWILまでの各種パラメーターに、30まで自由にポイントを割り振れるらしい。
こいつぁ悩みますね……。
「いやいや、落ち着け私。時間ないんだから悩んでる暇ないって!」
キャラをクリエイトする時間は15分だけというのが真冬との約束だ。
どうせ真冬のことだから、こういう数字が沢山並んでいる画面は適当にすっ飛ばすに決まってる。例えば何も考えずにSTRに全振りしちゃったりとか。
「と、とにかくもう時間が5分くらいしかないから速攻で振らないと……! えー……なんか見慣れないパラメーターがあるわね。CHRはカリスマのことだろうけど、WILってなに?」
ステータスウィンドウのWILに視線をフォーカスすると、ヘルプウィンドウがポップしてきた。
[ヘルプ:WIL(Will)]
[WILは、キャラクターの精神的な強さと決断力を表すステータスです。WILの値が高いほど、キャラクターは自身の肉体をギアに置き換える決意を固められます。つまり、WILの値によって、キャラクターがどれだけ多くの身体部位をギアに変えられるかが決定されるのです]
「つまり、WILを上げさえすれば、両手脚全部ギアみたいなことも可能ってこと? うーん……」
正直あんまし惹かれない。
こんなにカワイイ女をキャラメイクしたのに、何が悲しくて戦いのためにヒトの身体を捨てて行かなくてはならないのか。いや、そういうゲームなのだろうけども。
「まあ、そこまでやり込むこともないと思うし、他のパラメータを優先的に上げてく方向でいっか」
私はWILを選択肢から除外した。
「折角脚部がギアになってるんだから、機動力を活かした戦い方をしてみたいよね。となるとAGIに多めに振って、あとはSTRと……DEX辺りかな?」
AGIは敏捷値、STRは筋力値、DEXは器用さを示すパラメーターだ。
この辺はWILと違って他のゲームでもよく見かける数字なので、わざわざ確認するまでもない。3つとも大抵は戦闘に関連する数字だ。
「VIT(耐久値)は敵の攻撃に当たらなけりゃ問題ないし、プレイヤースキルでカバー可能な範囲よね。うーん……でもちょっとはPERに振ったほうが良いかな」
PERは感知力。ゲームによってそこそこ解釈が変わりがちなパラメーターだ。
ヘルプによるとギアーズベルトにおけるPERは、高ければ他のプレイヤーやNPCを検知しやくすなり、隠されたアイテムやトラップを発見しやすくなるらしい。経験上、これらはフルダイブゲームではそこそこ重要な要素だ。
「LUC(運)は……まあ、リアルラックに頼るとしようか」
リアルラックが開花した試しなど皆無だけれども。
そんなこんなで結局時間ギリギリまで悩んだ結果が以下のパラメーターである。
――――――――――
[NAME:アキネ]
[LV:1]
[HP:186]
[EN:100]
[STR:18]
[VIT:10]
[MND:10]
[AGI:21]
[INT:10]
[DEX:14]
[PER:17]
[LUC:10]
[CHR:10]
[WIL:10]
[Equipment]
[レギュラーレッグ・レフト/レッグギア]
[AGI+10]
[ギアスキル:ハイジャンプ]
[レアリティ:黎明級]
――――――――――
こういう具合になった。
若干器用貧乏感は否めないが、これならある程度は色々な場面に対応出来るだろう。あとは状況に応じて足りない部分を伸ばす方向性で行けばよい。
「よしっ、これであとはホームタウンを決めるだけよね!」
もう約束の15分を若干過ぎている。
私は焦りながら決定ボタンをタップした。
『取得するタレントを最大3つまで選択してください』
そして現れる新たな刺客。
「タ、タレント……だと!?」
タレントというワードに視線を集中させる。
[ヘルプ:タレント]
[タレントとは、キャラクターの秘めた潜在能力や専門分野を表す指標です。ギアーズベルト内の全てのキャラクター(プレイヤーとNPCの両方)は、固有のタレントを持っています。
各キャラクターは、獲得したタレントに応じて、以下のような効果が得られます。
関連するギアスキルの威力や効果などに対するボーナス
特定の行動や判断に対する成功率の向上
キャラクターの個性や特徴を際立たせる専用の能力
新しいタレントを獲得するには、各地に点在する「アポカリプスターミナル」と呼ばれる特殊な端末にアクセスする必要があります。アポカリプスターミナルを活用し、キャラクターを的確に成長させることが、ギアーズベルトを生き抜く鍵となるでしょう]
とのことらしい。
つまるところ、Perkやパッシブスキルの類らしい。
「おいおい……こんなの……」
恐る恐る、タレント一覧のウィンドウを全展開してみる。
視界中に広がる数百を超えるタレントの数々。
ダメだこりゃ。
「こんなの15分じゃ無理ーーーーーー!!」
結局私は、そこから更に15分かけてタレントを3つ選んだのだった。
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