第8話
〜シャフマ 最西の駅〜
「これからストワード中央に向かう電車に乗るからね」
「デンシャって何?」
「あんたの大陸にはないの?」
「ない」
「……まあ、見た方が早い。長旅になるから、中で食べるものを買おう」
「わ、分かった」
ここまで何も無く来ることが出来た。ツザール村から電車のある駅まで歩くのは長く生きているルノルドにとってもあまり経験がなかったが、道を間違えなくて良かった。
「これは何が入ってるの?」
「魚とか野菜だな」
「ふーん。何でもいいか」
「嫌いなものがないなら、何でもいいんじゃない?」
「うん」
駅弁を買い、電車を待つ。長旅になるため、寝台列車を選んだ。
「……」
ルノルドはリイコに何も聞けずにいた。
(別の大陸から来た以外は全く分からない。謎の女……)
目的地が同じだから一緒に行動しているが、そもそも彼女は何故この大陸に来たのか。リイコ自身は語りたがらない。
(俺が知る必要は無い。それはそうなんだがなァ)
「あ!アレがデンシャ?」
「おお、そうだ。これに乗ればストワード中央まで行けるぜ」
「すごい!写真撮ってもいい?」
「写真?あんた、カメラなんて持って……」
リイコが両手の指を使って四角をつくる。ピピッと音がした。ジャケットを捲る。
「うお!?」
「この服、お腹に小さいポケットがついてるんだけど、ここに現像した写真が出てくるの。ほら、出来た」
リイコが下に着ている謎の服にはこんな機能があったのだ。
「ルノルドもできるよ」
「そ、そう?後でやってみるぜ……。おっ!ドアが開いた」
慌てて電車に乗る二人。
(地肌じゃないことが逆にそそるのか?そんな性癖はなかったはずだが)
捲って出てきたのは肌では無い。だからドキドキするなど有り得ない。そうだろう?と言い聞かせるルノルド。
「ねえ、ここに座ってご飯食べていい?」
「……あぁいいぜ」
向かい合っている席が空いていた。そこに二人で座る。
リイコが駅弁を開ける。
「全部見た事ない。これはこの大陸では普通の食べ物?」
「見た感じそうだな」
「ふうん……いろんな形や味があっていいな」
「食べ物はみんなそうじゃないの?」
「ううん……」
リイコの返事は曖昧なものだった。ルノルドはこれに弱い。これを聞くと、強く質問できなくなってしまうのだ。
「あー……リイコは、大陸ではどんな生活してたの?」
「どんなって?」
「いや、たとえば……あんたはまだ若いだろう?学校とか行ってたの?」
「ガッコウ?よく分からない。昔はそういうのがあったかもしれないけど、私が大陸にいた頃はなかった」
「じゃあずっと家にいたの?」
「家……そうだと思う。兄さんと一緒だったから」
(文化が違うのか、リイコが特殊な環境て生きてきているのか分からないなァ)
無言でご飯を食べるリイコ。ルノルドはそれをただジッと見つめる。
「……食べない?」
「あっ。そうだな。俺も食おう」
自分の分の駅弁を机に置く。3つ。
「そんなに食べるの?」
「まあ、ひとつじゃ足りないからね。イタダキマス」
「何それ?」
「ニチジョウ……大陸の東の方の風習さ。俺はシャフマ人だが、親戚のニチジョウ人がやっていたから真似している」
手を合わせて「イタダキマス」と唱える。こうするとご飯が美味しくなるらしい。魔力が使われている感覚は無いが、たしかに美味しくなる気がする。
無言でご飯を食べる二人。リイコが先に食べ終わり、椅子の背もたれに体を預ける。
「……眠い」
「結構歩いたからな。寝ていていいぜ。どうせ終点さ」
「うん」
リイコが目を閉じる。
ルノルドもご飯を食べ終わった。伸びをする。自然と出る欠伸。
「俺も眠ろうかね……」
どこまでも続く砂漠の景色。長い電車の旅が始まる。
「隣、いいかな」
「ん……?」
微睡んだ意識の中で、声がした。ルノルドはゆっくりと目を開ける。辺りはすっかり暗くなっており、夜になったのだと分かった。
ルノルドの隣に男が座る。暗くて顔が見えないが、細身で美形だと分かった。
「彼女は元気そうだね」
「リイコが?ああ、元気だろう」
「それなら良かった。少し気難しいところがあるが、根は良い子なんだ」
「あんたはリイコの知り合いなの?」
「……」
男が困ったように笑った気がした。
「まさか、リイコと同じ大陸から来たとか?」
「それ以上は、すまない」
そうだと言っているのと変わらない返事。ルノルドの口角が緩む。
「ふふっ、俺はリイコと目的地が同じだから一緒にいるだけだ。だからコイツとあんたがどんな関係かはどうだっていいさァ……」
「君は、リイコの人生に関わらないつもりなんだね」
「そりゃあそうだろう。俺には俺のやることがあるからね。こんな電車に乗って、わざわざ長旅をするんだぜ?」
「なら良かった。君のやることを見失わないようにしてくれ。リイコの人生には、関わらない方がいい」
「え、何故……」
「これから君たちが体験することは、リイコが望んでいることだ。だから、手出しはしないでくれ。リイコを、否定しないでくれ」
「あんた、何を知っている?スケールがデカくて話が見えないぜ」
「それでいい。君たちは……トルーズク大陸の人間は、ただ進化をするだけでいい。それがリイコの望みだ」
目の前の男の体が薄くなっていく。ルノルドは驚いて立ち上がった。
「『永遠』が、もうすぐそこまで来ている。君たちは『永遠』を、ただ享受してくれ」
ジジッ……声が、音が、途切れる。男はただの映像だったようだ。まるで目の前に人間がいるかのような立体感だった。
「……また変な技術か。なんの話しだったんだ。全く分からなかったが……『永遠』?……ああそうだったぜ!俺は『永遠』の機械をぶっ壊しに行くんだったぜ!」
「ん……何?うるさい」
「おっと、起こしちまったね。すまない」
「お兄ちゃん……?また『永遠』の話……?」
リイコは寝ぼけているようだ。
「おお!そうだぜェ!俺はオジサンじゃあない。お兄さんさァ!」
嬉しくて下品な笑いが出そうになる。ルノルドは年齢を気にしているのだ。
「うん……はやく、『永遠』がほしいね……お兄ちゃん」
「……!リイコ、『永遠』なんてないさァ!俺が証明してみせるって、前に言っただろう?俺はね……機械一筋!この道200年のプロなのさ。だから、『永遠』の機械なんてつくれないと知って……おいおい、寝ちまったのか……」
ベラベラと演説していたら完全に眠ってしまったようだ。リイコが寝息を立てている。
「はあ……。全く。どいつもこいつも『永遠』なんて、さ」
「あったら苦労していないだろうね。俺だってそう思うさ」
「だが。……うん」
ルノルドはリイコの寝顔をじっと見つめる。
「夜は明けるから、魅力的なんだぜ」
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