第12話 染々 その3

 広瀬氏からきたメールはこうだ。

「先日見ていただいた壁の顔の後ろにもう一つ顔が出てきました。これはMの顔です。どうしたらいいのでしょうか?」

 ん?もう一つの顔?Mとは誰だ?

 するとスマホに着信が出た。出ると俺の名を呼ぶ声。両川からだった。

「大変です!昨日の壁の顔に顔が、一つ増えてるんですよ!」

「落ち着け両川。昨日壁の顔は絵だ。壁になんらかの塗料を使って描き込まれたものだ。怪奇現象なんかじゃないぞ」

「昨日スマホで撮ってたじゃないですか!アレに写ってるんですよ!」

 一体何を言っているんだ?

 一旦、両川との電話を切り、スマホの中の写真ホルダーを確認した。

 結果、目ん玉をかっ開いてスマホ画面を凝視する事になった。

 なんだこりゃ…。

 昨日スマホで撮影した壁の顔。その後ろにもう一つの顔が写り込んでいた。

 手前の顔の絵と違い生々しく、一目で男の顔と認識できるほど鮮明に浮かび上がっていた。

 昨日撮影した時にはこの様な顔は浮かんでおらず、撮影後に画像をチェックした際にも、こんなものは写り込んでいなかった。

 俺は広瀬氏にメールを返信し、両川に電話をかけ直した。

「両川、すぐ広瀬氏の自宅に伺うぞ。準備しておけ」


 早速、広瀬氏のマンションに両川を伴ってきた。玄関ドアの前まで来ると、ドアの横に置かれていた植木鉢が数個割れている。気になったが、とりあえずドアのチャイムを鳴らした。

 ドアが開き広瀬氏が顔を出した。特別昨日と変わった様子は無さそうだ。

 俺は簡単な挨拶を済ませると、本題のメールの件を伺った。

「何のことですか?」

 予想外の答えが返ってきた。

 広瀬氏は俺に送ったメールの事など、知らないという。

 状況を再度説明し、スマホのメールを確認して頂こうとした、が。

 送られてきたはずのメールが発見できない。消えている…。

 もう一つの顔が浮かび上がった画像を見せようとしたが、画像のデータが開かない。

「両川、お前のスマホの画像は」

「あたしのも開きません!でも確かに見たんですよー!」

 ここに来る途中のタクシーの中で、両川のスマホの画像は確認できたのだが…。

 やむを得ない。俺は広瀬氏にもう一度壁の顔を見せて欲しいとお願いした。何故か両川も一緒に頭を下げている。

 広瀬氏は戸惑って様子ではあったが、了承していただいた。そのまま壁の顔があるはずの風呂場に案内していただいた。

 風呂場の壁には、例の描き込まれたと思われる顔が一つだけであった。

「なんですか、これ…」

 思わず両川が声を出した。仕方がないとは思うが、両川をなだめる。

 しかし、一体これは…?

「あの、さっきのお話のMという人なんですが」

 落胆する俺たちに広瀬氏が声をかけてくれた。

「Mという名前の方をご存知なんですか?」

「同じ人かどうかはわかりませんが、私の交際している男性と同じ名前なんです」


 交際者の名前は赤堀Mという。

 I県のK市に二人で旅行に行き、帰宅後音信不通になった。それが一週間前の出来事なのだという。

 K市は赤堀の故郷だそうで、実家に寄ったり、観光で古い寺などに行ったそうだ。

 当然、広瀬氏は赤堀の実家にも電話をかけたが、赤堀は不在だとの事。

 そして旅行中の赤堀の画像を見せていただいた。

 両川と目が合う。

 あの画像に写っていた、二つめの顔に似ていたのだ。

 あのメールにはMだ、と書かれていた。広瀬氏は忘れてしまったのか?それとも広瀬氏以外の人物がメールを送ったのか?そもそもそのメールは何故消えてしまったのか?

 いろいろ疑問が頭を過ぎるが、今はどこにも答えは無さそうだ。

 昨日セッティングした盛り塩が、無残に風呂場に散らかっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る