第7話 凹々 その7

 正直、驚いた。

 会うかもしれないとは思っていたが、こんなタイミングとは。

 川畑S子は薄ら笑いを浮かべていた。相変わらず、目蓋はひん剥いている。乾かないのだろうか?

「川畑さん。ちょうど良かった。お話があるのですが、腕を離して貰えませんか。」

 離さない。握る力が強くなった。どういうつもりなんだ。こいつは?

 仕方ない。俺は今日の取材の結果を伝えた。そして、顔が凹んでる女の噂話の存在は確認できず、川畑S子個人の体験した怪談でしかない事を結論し、強調して伝える。

「ですから、川畑さん。今回のお話は都市伝説の特集のネタとしては、残念ですが採用できないです。しかし、真夏の怪談特集などの企画の際には利用されていただきたいです。その時には追って連絡させていただきますので、それでよろしいでしょうか?」

 これでこの話は終わりさ。

 川畑S子の表情は変わらなかった。少し行きを切らしている感じが見られる。いい加減、手を離してくれないかな。右手のタバコを携帯灰皿に突っ込んでしまいたい。

 川畑S子は俯き、小声で何か喋っていた。

 聴き取れない。俺の話が伝わったのか?

「すみませんが、腕を離して貰えませんか?それと、今後は事務所の方には直接来なくても大丈夫ですよ。まず電話連絡を…」

「イヤーーー!!」

 いきなりの金切り声。

 そのあと、何かを喋っている。

 あ、何かをという言い方はわかりづらいな。川畑S子は叫び声の後、俯き加減で喋っている。凄い早口とボリュームが低いせいで、何を言っているのか全く聴き取れないんだ!

「Bが●●を…」「存在を認める●●…」

 これが辛うじて聴き取れた言葉の断片だ。

 俺の左腕を掴んでいる手の力がどんどん強くなっている。

「おい、離せ…!警察に突き出す…」

 俺が喋っている途中で、川畑S子は勢いよく顔を上げた。

 ん?! 川畑? 人違いか。こんな顔だったか?

 見開いた眼が、左右に開いた様に見えた、いや、次の瞬間には眼が中央部に寄っていく。違う! 鼻、口、顔のパーツが中央に集まっていく!

 顔面中央部にいつの間にか、黒い穴の様なものがあり、そこに顔のパーツが吸い込まれて…。

 が、顔面が凹んでる女だ……!!


 「お前、は、離せっ!」

 俺は情けない声をもらしながら、川畑S子の拘束を振りほどこうとしているが、びくともしねぇ。

 川畑S子は、俺の左腕をゆっくりと顔面中央部の黒い穴に近づける。

 黒い穴から左手に伝わる妙な感触。左手は穴の中に挿入され始めた。

 ヤバイ、これは絶対的にヤバイやつだッ!

 俺は反射的に、空いている右手で川畑S子の顔面部外側をブン殴った。

 瞬間感じる2種類の感覚。

 痛えっ、熱ッ!

 川畑S子の顔面部外側の異様な硬さ、且つ右手にタバコを隠していたのを忘れていた。痛みの勢いついでに、タバコを顔面部に擦り付けてやった。

 その瞬間、川畑S子から変な高い声? 音の様なものが漏れた。

 俺の左腕を解放し、奇妙な動きを始めた。そして地面に潰れ込んだ。例えるなら、ヘビ花火に火を着けて、ウネウネ動きながら地面に潰れていく。そんな動きに似ている様な気がした。

 こんな事を書いてはいるが、俺は冷静などではなく、馬鹿面をさげて呆けていた。

 信じられない、異常な状況だった。が、まだ終わった訳ではなかった。目の前で起こった事を順に記していく。


 地面に潰れ込んだ川畑S子の顔面部黒穴は、少しずつ大きくなっていった。

 顔面のパーツだけではない。黒穴は拡大。度に川畑S子の身体を少しずつ飲み込んでいたのだ。

 全ての身体が黒穴に吸い込まれた時、黒穴と川畑S子は消滅した。

 俺はあのまま吸い込まれていたら、一緒に消滅したのか? 或いは俺だけが消滅し、川畑S子だけが存在し続けたのか?

 その時、自分の間抜け面が視界にはいってきた。

 ありゃぁ、駅の自殺対策用の鏡。つまり川畑S子は、駅の鏡で自分の顔を見て…。

 頭の中が混乱している!

 気が付いたら俺は、走り出していた。

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