第6話 凹々 その6

 K駅に着いたのは夕方になってしまった。

 俺はもう一度、駅周辺での聴き込みを開始した。聴き取れる情報は多ければ多いほどいい。もちろん、顔面が凹んでるなどの誘導は一切無しの、特徴的な人物の目撃談としてだ。

 これにより、川畑S子の話と似たような情報が出て来なければ、今回の件はK駅の噂話、都市伝説などではなく、川畑S子個人の怪奇体験談(怪談と言った方が手っ取り早いかな)という事だ。オカルト雑誌のライターではあるが、生憎、今回は真夏の怪談特集の取材では無いんだよな。実話怪談作家にでも話を聞いてもらった方が、ネタは有効にいかせるだろ。


 前回の聴き込みは昼、今回は夕方。聴き込みの人物はほとんど被らなかった。

 で、結果は0件。まあ予想通りではあるが。

 それで次の行動だ。川畑S子は夕方から夜の時間帯で駅に凹み女がでると言っている。それも毎日。ここで張り込みをしてみる。

 おそらく凹み女は出ない。いや、間違いなく出ないだろう。

 俺はこのK駅での聴き込み、張り込み調査の結果を川畑S子本人に突きつけてやる。それで今回の件は終わりさ。川畑S子にももう事務所に来るな、奴自身にも来る理由が無くなる、それを言ってやる。

 これで紹介してきたBにも筋が通せるだろう。

 ま、今日一日の張り込みのみでの終了調査だが、川畑S子本人にも出くわす可能性も十分にあるな。それはそれで話が早いが。


 K駅には北口と南口がある。とはいっても、反対側から見通せる程度だ。

 北口側は大通り方面となっていて、人通りが多い。南口側は植え込みなどが多く、住宅街へと続く道だが、比較的人通りが少ない。

 というわけで、俺は南口側に陣取ることにした。

 当然、北口側も見通せるわけで、どちらでも大きな差は無いと思われるが、万が一、万が一、凹み女が出るとするのであれば、目撃情報が全く無い、人目に付きづらい南口側ではないか、と考えたからだ。

 俺は南口の近くの植え込みのレンガに腰をかけた。人との待ち合わせのフリをして。まあ、北口側もそうなんだが、入り口付近を見渡せる位置に喫茶店やらファミレスが無いんだよな。

 出る可能性はほぼない。しかし、やるからには僅かでも可能性の高い選択をした!、…つもりなんだが、今日一日だけの事はいえ長いなぁ。終電近くを目安に粘ってみるか。


 夜も更けてきた。時刻は22時をまわり、帰宅中のサラリーマンの姿も減ってきた。

 当然、特別な事は何もなかった。

 なんとかスマホを弄りながら時間を潰し、もとい張り込みを続けてきたが、流石に疲れた。

 長いこと座っていたので尻が痛い。尻が痛い事もだが、何よりヤニが切れた。これがキツイ。

 ああ、タバコ吸わない人には分かりづらいかな。タバコ吸う人は一定時間吸っていないと、ちょっとした禁断症状が起こる。少し大袈裟な表現かもしれないが、ヤニが切れる、とは大体こんな感じだ。

 困ったな。駅周辺だけかどうかは知らないが、歩きタバコ禁止の条例があるみたいだし。

 まあ、少しだけ、ね。携帯灰皿も持ってるんしね。

 植え込み側、駅方向から真逆に顔を向ける。これで人目につかない。タバコに火をつけ、煙を吸い込んだ。

 …うまいっ!

 いい時間だし、この一服が終わったら帰るか。

 その時、左腕を掴まれた。

 しまった。見つかったか?俺は咄嗟に右手にタバコを持って隠す。

 振り返ると見覚えのある顔が、そこにあった。

「見つけた…!」

 川畑S子だった。

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